第28話 可能性
俺が戻った時には、応急処置はすでに終わっていた。
朱音の腹部には包帯がきつく巻かれているが、抑えきれない血が赤黒く滲んでいる。そのすぐ近くには、止血に使ったらしい布が大量に散らばっていた。
朱音は全身に汗を浮かべ、苦しそうにうなされている。
雪村さんはその傍らに膝をつき、額から流れる汗を丁寧に拭っていた。
声を掛けようとして、喉が詰まる。
それでも、どうにか掠れたような声を出した。
「朱音は……?」
「手当は済ませました。まだ油断はできませんが、出血量からいっても命に別状はないかと」
その言葉に、俺は思わず膝から崩れ落ちそうになった。
……よかった。本当によかった。
そうだろ、朱音がそう簡単に死ぬはずがない。レベルが上がった体は変に頑丈なのだから、きっと大丈夫だ。近い傷は俺もよく受けてる。
まったく心配掛けさせるなよ、と、俺は安堵の息を吐いた。
しかし、続く雪村さんの言葉に俺は固まった。
「ただ、内臓を損傷した可能性があります。研究途中の薬草も念のため持ってきてはいますが、どこまで効くかわかりません。最悪の場合、後遺症が残る可能性もあるかと」
……俺は今度こそ、ゆっくりと床に膝をついた。
後遺症が……残る。
どこまで、どのようになるのか、俺は分からない。
だが少なくとも、俺はこうなることさえ想像もしていなかった。
雪村さんが動かない俺を見て、軽く息を吐く。
「お嬢様はしばらく安静にして、様子を見るしかありません。それより三橋様も怪我の治りが遅いようですが。少し休まれてはどうですか」
「……外で、警戒しています」
「お待ちください。それなら私が行った方が、」
「雪村さんは朱音を見ていて下さい。俺なら、一晩で元に戻ります」
雪村さんの言葉を遮って、俺はテントの外に出た。
歩いている感覚さえないままに動き、手近な岩に腰掛ける。
……ため息を吐くことさえ、憚られる気がした。
これは、ほとんど俺のせいだ。
ワーウルフの痕跡には気づいていた。なのに一晩様子を見ただけで俺は警戒を解き、通常の探索に戻ってしまった。一晩どころか二晩でも警戒を続けるべきだった。いや、まずは拠点周りの安全確保を最優先にすべきだったんだ。
探索するにしても、ワーウルフの痕跡を避けて動くことはできた。なのにあの時はそれすらしていない。ただ地図を埋めることだけを考えて動いた。レベルアップを優先して。
……俺は気づいていた。
気づいていたのに、考えすぎだと切り捨てた。
確かに二人にも意見を聞いた。だがそれがなんだ?
言い訳にもならない。最終的に決めたのは、リーダーの俺だ。
朱音が刺された瞬間が、壊れた映像のように何度も頭の中で繰り返される。
飛び掛かるワーウルフ。朱音を庇う雪村さん。折れる弓。脇腹を貫く槍。
その全てを、俺は武器を構え直しながら見ていた。
……あの時、武器を下げなければ。
いや、ワーウルフが騒ぎ出した段階で、交渉は既に決裂していた。
俺が和平に固執しなければ、もう一度握り直せたはずなのに。
そうすれば、あの一歩が届いていたのに。
何もできず、いっそ盾になることさえ俺はできなかった。
なんて間抜けで、馬鹿みたいな姿だろうか。
……結局俺は、自分なら何とかできると思っていたのか。
何が起こっても三人なら対処できる気でいたし、最悪俺が前に出れば二人を守れると思っていた。三層のモンスターを順調に倒して慢心でもしていたのか、俺は強いと、心のどこかで油断していたのかもしれない。
それがどうだ。大事な場面でこの有様だ。
何を根拠に、そう思っていたのだろうか。
……昔、戦争映画で見た野戦病院を思い出す。
血に濡れた包帯。苦しむ負傷者。放置されている病人。
ただぼけっと、何の興味もなく眺めていたあの時の自分を、今、なぜか思い出した。
不衛生な医療環境。できる処置は限られている。
……帰りたくても、帰れない。
できなかった「もし」が頭を回る。
今更どうしようもできないことを考えていたら、いつの間にか夜がきて、そして明けていた。
「……」
一晩眠れずに考えていたおかげで、少しは冷静になれた気がする。
起きてしまったことよりも、まずはこれからのことを考えよう。
……ワーウルフは、間違いなく俺たちを狙ってくるだろう。
奴らの狙いがハコブネであることは察しが付く。あれを見た途端態度が急変したのだから間違いない。なぜ欲しているのかまでは知らないが、それはこの際どうでもいい。
最初は確かに敵対していなかったが、一度拗れてしまったからにはもう敵だ。俺も奴らを殺したし、朱音に重傷を負わせた以上交渉の余地はない。見つけ次第殺す方針に切り替えよう。
問題はどう動くかだが、これは一人でやるしかないだろう。
朱音の回復を待っていては遅すぎる。それまで敵が待ってくれるとは思えなかった。
それに、雪村さんには朱音に付いていて欲しい。
「……」
俺は一晩振りに重い腰を上げると、静かにテントを開けた。
雪村さんもずっと起きて看病を続けていたのか、出る前と同じ態勢で座っている。
テントに入ってきた俺を、少し疲れた目で一瞥した。
「……持参していた鎮静剤が効いたみたいです。三橋様が出てしばらくしてから、お嬢様も落ち着かれました」
雪村さんの言うように、朱音の表情は安らかになっている。
毛布のようなものを掛けられているところから見ても、腹部の出血や全身の発汗は落ち着いたのだろう。ひとまずは安定した、と思っていいのかもしれない。
「……よかった」
「ですが、やはり安静にはするべきです。それは三橋様、貴方もですよ。まだ、完全には傷が癒えていないようですが」
少し、咎めるような目で雪村さんは俺を見た。
休まないとМPの回復も遅れるのか、リジェネがうまく機能していない。今も鋭い痛みが体中のあちこちで悲鳴を上げている。隠していたつもりだが、どうやらバレていたらしい。
俺はそれこそ、ゆっくりと首を振った。
「少しずつ治っているので、本当に問題ありません。それより、俺はこのまま偵察に出ようと思います」
「……今、一人でですか。それはさすがに無茶が過ぎるのでは」
「無茶でもやるしかありません。こういう時にこそ敵は攻めてきます。ここじゃ、俺がいても朱音を守れない」
防御力の欠片もないテントで、重傷人を守りながら籠城戦など論外だ。俺と雪村さんだけで数を捌き切れるわけもなく、一瞬でテントはハチの巣だろう。
それだけは、絶対に避けなければならない。
「……つまり、三橋様が囮として敵の目を引きつけると?」
「あくまで偵察ですよ。向こうが何もしてこなければ、俺も何もしません」
本気だと悟ったのか、雪村さんが呆れたように俺を見てきた。
「お嬢様が動けない以上、夜襲の警戒は私一人になるのですが」
「夜には近くで警戒します。その時は合図しますので、雪村さんも休んでください」
「そういう意味ではありません」と、雪村さんが溜め息を吐いた。
何となく居づらくなって、そしてこれ以上何か言われないよう、俺はそそくさとテントを後にしようとした。
「――待って、ください」
後ろから声を掛けられ、思わず止まる。
振り返ると、朱音が顔だけを上げて俺を見ていた。
「……起きていたのか。傷の具合はどうだ?」
「ふふん……先輩のリジェネほどではありませんが、探索者の体は強いのですよ。このくらい、すぐに治ります」
強がっているようだが、その表情は若干青い。
朱音は体を起こそうとして、そこでようやく自分の格好に気づいたらしい。雪村さんを恨めしそうに睨みながら、慌てて毛布を胸元まで引き上げた。
それでも強引に上半身を起こそうとして、すぐに顔を歪める。
「動くな。傷が広がるだろ」
「少しくらい平気ですよ。起きた方が、頭もすっきりしますし」
その言葉に嘘はないのか、朱音がゆっくりと息を吐いた。
そして、すぐに真面目な顔で俺を見る。
「……連れていけ、という願いなら聞けないぞ」
「足手まといになるとわかってるのに、そんなこと言いませんよ」
朱音が呆れたように言って、そのまま続けた。
「先輩、わざと敵に見つかる気ですね」
「……」
「いえ、今のは言い過ぎました。正確には、敵は必ず私達を探そうとするから、わざと敵に見つかって撹乱しようとしている、ですね」
……どうしてこう鋭いかな。
それとも俺が分かりやすいのだろうか。どっちもかもしれない。
俺は肩を竦めると、開き直るように口を開いた。
「そうだ。それがどうした。合理的だろ」
「ええ。なので止めはしません。ですが、一つ約束してください」
「約束……」、と呟くと、朱音が頷いた。
「それは、決して深追いしないことです。先輩がいなくなれば、私達は本当に終わります。ですから絶対に無理せず、必ず帰ってきてください」
「……絶対に、必ず、か」
「はい。絶対に、必ずです」
……それは、また難しい約束だな。
敵がどこまで追跡してくるのか、どこで引き返すのかも分からない。それに隙があれば可能な限り叩いておきたいとも思っている。こればかりは実際にやってみないと判断できない。
だが、俺は苦笑して頷いた。
「……分かった。決して深追いしないと約束する」
「絶対ですよ」
そう言って、朱音はようやく安心したように小さく笑った。
体力が尽きたのか、朱音はそのままゆっくりと横になる。
……あとは雪村さんに任せよう。
一日でも早い回復には、朱音のそばに雪村さんが欠かせない。包帯や体を清潔に保ったりやることはいくらでもある。それは同性で、気心が知れた雪村さんにしかできないことだ。
俺は、俺のできることをやればいい。
まずは拠点の周りを徹底的に調査し、奴らの痕跡が無いか洗いざらい調べるところから始まった。
そのあとは半円を描くように調査範囲を広げる。先にワーウルフに見つかった場合に備え、移動経路も意図的に散らした。俺の足跡を辿られても、絶対に拠点へは至らせないためだ。
そうして周囲を警戒しながら、あえて足跡を隠さず動くこと半日。
木々の隙間を横切る複数の影を、俺は視界の端に捉えた。
「ガウッ!」
向こうも同時に俺を見つけたのか、即座に反転して迫ってくる。
木々の間を枝から枝へ移動していた俺は、空中で三体のワーウルフと武器を交わした。
「おおおおおッ!」
大斧で槍の穂先を受け流し、肩、膝、頭と比較的硬い部分でワーウルフに打撃を与える。奴らは俺のカウンターに対処し損ね、忌々しい表情を浮かべながら地面に落ちていった。
ワーウルフは一体一体が雑魚ではなく、その上連携までしてくる厄介な敵だ。
一撃で仕留めるのは不意打ちでもない限り難しい。もしくはこちらもダメージを負う覚悟で臨まなければならない。リジェネが万全に使えるのならそれもありだが、今は抑えなければ。
「ガウ、ガウッ!」
地上へ降りてからも数合打ち合い、俺が槍で腕や肩を浅く裂かれた頃、一体が吠える。
いつまで経っても倒れない俺に業を煮やしたのか、三体いたワーウルフが同時に撤退した。
その後を今すぐ追いたい衝動に駆られながらも、じっと耐える。
奴らが完全に姿を消したあと、俺は追跡を開始した。
……奴らは痕跡を消すのがうますぎる。
なぜか臭いもないし、足跡も残らない。だがまったく穴がないかというとそうではない。
奴らの身長は二メートル近くある。どうしたって周囲との干渉は避けられない巨体だ。
腰ほどの高さに生えた枝が、不自然な方向へ曲がっている。折れてはいないが葉の表面には擦れた跡があり、葉に付着した露が不自然な筋を引いていた。柔らかな苔もわずかに沈み、小石の間には新しい土が浮いている。
一つ一つは、気に留めるほどの痕跡ではない。
だが、それらが同じ方向へ続いているとなれば話は別だ。
もっとも、どれも見落として当然と思えるほど微かなものだ。少しでも道を外せばすぐに見失うだろう。追えているというより、かろうじて振り落とされずにいると言った方が正しかった。
……だが、見つけた。
木々が途切れた先に、低い天幕がいくつも並んでいる。
どれも支柱は細く、獣皮を被せただけの簡素な造りだ。周囲に柵はなく、地面も踏み固められていない。荷物の大半はすでに纏められ、いつでも担いで出られるよう一か所に集められていた。
……あれがワーウルフの拠点、か?
拠点、というにはお粗末だ。これなら二層にいたゴブリンの方が立派なものを作っている。
だが、ワーウルフの数は十分に多い。明確な長は見当たらないものの、集団を取り仕切る個体はいくつか見受けられた。少なくとも、今はここを野営地としているらしい。
鉄鳥に襲われないギリギリの高さまで樹上に登り、奴らを念入りに観察する。枝葉のせいでろくに見えやしないが、おかげで俺の存在もいいように隠してくれていた。
……もどかしいな。
今すぐここから飛び降りて、奴らを片っ端から殺してやりたい。
そうしたい気持ちを、木の枝を強く握り締めることで自制した。
数体程度なら勝てるだろうが、あの集団を相手にすれば確実に負ける。衝動にまかせて勝てない勝負に挑むほど馬鹿なことはなかった。
……それに、朱音と約束したからな。
決して深追いせず、絶対に無茶をしないで、必ず帰ってくると。
リーダーなのだから、仲間との約束を破るわけにはいかない。
その日から、俺はワーウルフを徹底的に観察した。
まず分かったことだが、腰袋を提げているワーウルフは数体しかいない。そのどれもが群れを率い、部隊長のような役目を果たしていた。腰袋の形状や色も、どことなく朱音の持つハコブネに似ている。
もしかしたら、腰袋というのはワーウルフにとって大事な意味を持つのかもしれない。持っている個体はどれも集団を統率していたし、一人前の証、それか狩猟者としての資格代わりの可能性があった。
ワーウルフにしてみれば、それを持っていた朱音は部隊長を殺して奪った簒奪者、あるいは勝手に狩りをする密猟者に映ったのかもしれない。
下らない勘違いで朱音に怪我を負わせたと思うと頭にくるが、我慢だ。
数日観察を続けるうちに、奴らの生活も少しずつ見えてきた。
ワーウルフは定住せず、獲物を追って移動を繰り返す狩猟民族のような生活を送っている。なぜそんなことをしているのかは知らないが、これでお粗末な野営地暮らしをしている理由に合点がいった。
……もちろん、ただ黙って観察を続けていたわけではない。
夜になると数体のワーウルフが群れを離れ、周囲を警戒しながら行動を始める。その進路は俺たちの拠点がある方向と重なっていた。あれは狩りじゃない――俺たちを探している。
俺が偵察に出た一番の目的は、そもそも俺たちの拠点を探らせない為だ。
朱音がいるテントに近づく敵を、俺が許すはずもない。
「ギャウッ!?」
可能な限り闇に紛れ、不意を突いてワーウルフを確実に仕留めていく。
だが、通用するのは最初の一撃までだ。二体目に手を掛ける頃には必ず気付かれ、そのまま乱戦になった。
別にそれで構わない。俺の目的はあくまで撹乱だ。
数体殺したあとに逃げると、ワーウルフは大体俺を追ってくる。
追ってこないのならそのまま逃げて、また奇襲を繰り返すだけだ。
ワーウルフが出ない日は一度戻り、拠点の近くで夜を明かした。
テントから少し離れた木陰で足を止め、短く二度、夜鳥の鳴き声を真似る。
俺が戻り、周囲に異常がないことを知らせるため、雪村さんと決めておいた合図だ。
……これで少しは、雪村さんも休めるといいけど。
俺が拠点に戻って夜番を交代するというのは、残念ながらできない。
ワーウルフは鼻が良い。万が一にも匂いから辿られるわけにはいかなかった。
俺はというと、日中は樹上の安全な場所で数時間ずつ眠り、持ち出した携帯食と水で体力を繋いだ。まとまった睡眠は取れないが、短い休息を繰り返せば動けないほどにはならない。
夜は、敵の数を減らしながら撹乱を続けた。
そうした日々を続けた結果、もう一つ分かったことがある。
ワーウルフは木に刻まれた目印に従ってしか狩りをせず、移動もしない。何日も追い続けるうちに、俺はその目印が示す意味もおおよそ読めるようになっていた。次に奴らが現れる場所まである程度予測できる。
つまり――使いようによっては、奴らの動きを制限できる。
……一度戻るか?
ここ数日の嫌がらせが功を奏したのか、ワーウルフはめっきり夜に出歩かなくなった。
たまに一部隊が出ても歩哨程度で、警戒が強いせいか初撃すら入らなくなっている。今ではお互い様子見が関の山だし、そろそろ拠点に戻っても問題ないかもしれない。
レベルも俺だけ23に上がってしまった。そういった意味でも、あまり朱音達と離れるのは連携上好ましくないだろう。
……けど、どの面下げて戻ればいいのか分からないな。
拠点の安全化には半ば成功している。ワーウルフの数は確実に減らしたし、情報もいくつか持ち帰れている。偵察は成功だと言っていいが、それとこれとは話が別だ。朱音の辛そうな顔を見る勇気が、まだ出ない。
……いや、ちゃんと向き合わないといけないな。
あれから一週間近く経っている。怪我の具合も確認したい。
俺がそう決心してテントを潜ると――
そこには、起き上がって黙々と作業をしている朱音の姿があった。
……なに、してんの?
「……朱音。怪我は大丈夫なのか。いや、それは?」
驚いて声を掛けると、そこで初めて俺に気付いたらしい。
朱音が手元から顔を上げて、目を瞬かせる。
「あ、先輩。おかえりなさい」
「……ただいま。怪我は。あとそれは?」
「怪我の具合はそこそこです。これは、えっと……」
そう黙ったかと思えば、朱音が「ふふん」と得意げに笑った。
「武器を作っているんですよ」
「……武器?」
言われてようやく、俺はテントの中が散らかっていることに気付いた。
何かの骨、蜘蛛の糸、スライムらしき粘性のもの、昆虫の翅、手の平サイズの木材、他にもよく分からないものが至るところに散乱している。
中央には、ワーウルフに壊された朱音の弓があった。
「……弓を、作ってるのか」
「当然です。弓兵は弓がなければ戦えません。壊されたのなら、自分で作るしかないでしょう」
朱音は素材を一つ一つ指差して、俺に特徴を教えてくれた。
巨人の骨は硬いのに、薄く削ればわずかにしなる。蜘蛛の糸は滅多なことでは切れず、縫合にも弦にも使えるらしい。スライムの体液は火で炙ると粘性が増し、冷えれば強力な接着剤として固まる。大きな蝶の翅や鳥の羽はそのまま矢羽として使えるそうだ。
「材料は全て綾に取ってきてもらいました。今は疲れて寝てるので、そっとしておいてくださいね」
微動だにせず横になっている雪村さんの手には、見覚えのないナイフが握られていた。
巨人の骨で作られたらしいその刃は、厚みも握りも綺麗に整えられている。とても素人が作ったものには見えなかった。
……これも朱音が作ったものなのか。
でなければ、雪村さんが大事そうに握っているとは思えない。
「……すごいな。得意なのか、こういうの」
「いいえ。今まで物作り自体そんなに経験ありませんよ。せいぜい学校で習った図工でしょうか」
驚いて言葉を失くしていると、朱音が真剣な目付きで手元の骨を薄く削った。
「不思議ですね。壊れた弓とか物の構造を見ていると、どこを削って、どう組めばいいのかが何となく分かるんです。ステータスの器用さとはてっきり命中精度のことかと思ってましたけど、こういうところにも応用できるのかもしれませんね」
「……そう、か」
「さすがに一発で成功とはいきませんけど」
見れば、作りかけの残骸らしきものがいくつも転がっていた。
どれだけ試行錯誤を続けたのだろうか。俺がいない間にも、いや、重傷を負って動くことすら辛いはずなのに、朱音たちは前向きに自分のできることをやっている。
……素直に、頭が下がる。
「それより」、と、朱音は悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「先輩こそ、どうですか。帰ってきたということは、何か収穫があったんですよね」
まるで収穫があるまで戻ってくるなと言わんばかりの言い方に、俺は思わず苦笑した。
「ああ……朱音こそ、怪我を言い訳に使うなよ」
「当たり前です」
挑発的に笑う朱音に、俺も同じように笑い返した。
ワーウルフの生態はおおよそ掴んだ。
朱音の怪我も回復に向かっている。少なくとも意欲は十分だ。
……準備は整った。
――反撃開始だ。




