第23話 三層へ
次の日は学校を適当に終わらせて、放課後に新宿へと向かった。
新宿は更にダンジョンフィーバーで沸き立っている。
駅前の大型ビジョンでは一期生のインタビューが繰り返し流れ、ダンジョンへと続くゲートには観光客やスマホを構える人がいた。ちょっとした名所みたいになっていて、見ればテレビ局の中継クルーらしき人までいる。
出待ちというやつだろうか。一期生は百人にも満たないのに……大変だな。
俺はそんな喧騒を横目に歩き、拠点へと直行する。特に連絡は入れていないが、大体居るし問題ないだろう。別に連絡を入れ忘れていた訳じゃない。
思った通り、拠点に入ると既に朱音が寛いでいた。雪村さんも当たり前のように朱音の給仕をしている。
「あ、先輩いいところに! 見てくださいよこれ!」
入ってくる俺を見るなり、朱音が雑誌を突きつけてきた。
雑誌には、『探索者特集!』と銘打たれている。
「一期生一人ひとりのプロフィールがびっしり書かれているんですよ。一応取材を拒否できるのか情報が少ない人もいますけど、個人情報も何もあったもんじゃないですねー」
何が面白いのか、朱音が楽しそうに笑った。
「テレビに出たり動画を上げたり、もはや探索者は芸能人といってもいいでしょう。世界がダンジョンに適応している実感をひしひしと感じますよ」
「それ、もう学校で話題になってるよ」
「そうでしょうそうでしょう。私としてはもっともっと世に出てほしいところですね。少なくともレベルアップした人が化け物みたいに扱われるよりよっぽど良い変化です」
朱音が一人で頷いているのを見ながら、俺はソファに座った。
いつ動いたのか知らないが、すかさず雪村さんがコーヒーを出してくれる。これにはもう慣れ、いや全然慣れない。
……美味いな。豆変えた?
「それで先輩、今日はどうしました?」
「ああ、ちょっと話が、」
「ああいえ、失礼しました。ここは私達の拠点なので、先輩が居るのはむしろ自然ですね。それより先輩、学校で話題になっている部分はともかく、これは知っていますか?」
いつになく目をキラキラさせていたので、俺は仕方なく朱音の話を促した。すると怒涛のように次々と口を開いていく。
朱音の話は、主に世間の反応だった。いや、もっと生々しい肉声というべきものかもしれない。
探索者は福利厚生が優遇されていて、なおかつ危険手当や素材売却代があるから非常に高給取りだという。つまり収入がバカ高いから羨ましがられているということだ。会社を辞めて次の募集を待つ、なんて人までいるらしい。
もちろん危険が伴う仕事だから非難する人は一定数いる。
それでも、そう言った声が埋もれる程度には社会が熱狂しているそうだ。
考えてみれば当たり前で、新エネルギーを開拓したダンジョンは既に実生活に良い変化をもたらしている。実際に電気やガス代とかのインフラ関係が安くなっているのだから、ダンジョンは有益だという声が圧倒的多数になるのは必然だった。
「一期生の誕生からまだ一月しか経ってないのに、もう二期生を望む声が出始めているんですよ。それを飛び越えて一般開放しろまで言う過激派までいるんだとか。この想像を越えるほどの変わりようは見ていて清々しいものがありますよ」
朱音が言うには、学生レベルならともかく、前まで世間ではダンジョンは薄気味悪いという扱いが主だったそうだ。それが手の平を返したように意見が変わるのは確かにいっそ清々しい。
「時代の移り変わりを生身で体験できるなんて、とても希少で素敵なことですね、先輩」
「……まぁ、そうだな」
時代の移り変わり、と言われたら確かにそうだろう。
ダンジョンとかいう空想の産物でしかなかったものが実際に現れて、しかも物資として活用できる段階にまできている。世間が沸き立つのも無理もない話だった。
そう肯定したのに、朱音が俺の顔を見てニンマリと笑った。
「んー? そう言う割には、どこか退屈そうじゃありませんか?」
「……っ」
その全てお見通しですとでも言いたげな目に、喉が詰まった。
……やっぱり、分かるもんだな。
「ふふん。ではそんな先輩に、私から更なる新情報を、」
「待て。わかった図星だ。そのうえで話がある」
俺は朱音の言葉を遮ると、朱音と、そして雪村さんを見た。
「三層に行こう」
そう告げると、二人の目が僅かに見開いた。
ただそれも一瞬のことで、すぐに気を取り直している。
「一応理由を聞きましょうか」
「理由か。そういえば、二人はレベルいくつになった?」
「13ですけど? 綾もそうだよね」
「はい。私もレベル13になります」
「そうか。俺は15だ。そこから全く動いていない。レベルキャップ、というものがあるかは分からないけど、モンスターごとに経験値はあると思っている。多分、二層じゃこれが限界なんだろう」
ダンジョンはズルを嫌うのだから、ゲームみたいにレベル差がありすぎると著しく経験値効率が悪くなる、といったことが起きても全く不思議じゃない。
「レベルが上がらないのも一つの理由だけど、それだけじゃない。それ以上に、二層で得るものがもう何もないだろ」
そう言って、俺は壁に掛けられた二層の地図を見た。
自動でマッピングしてくれるツールは優れたもので、高低差まで細かく地図に記載されている。一か月以上前は半分も埋まっていなかったそれが、今では八割方埋まっていた。
「もう二層でやれることは大体やった。そろそろ三層に進むべきだと思う」
「……それが理由ですか?」
「これが理由だけど?」
俺としてはこれ以上なく熱く語ったつもりだが、どうやら二人の琴線には触れなかったらしい。
朱音が困ったように苦笑した。
「先輩、私としては好ましいですけど、ちょっと色々あれですね、端的に言って分かりやす過ぎます。もう二層に飽きたから三層に行きたいって気持ちがモロバレですよ」
「……つまり、朱音は反対ってことか?」
朱音が反対するなら、必然的に雪村さんも反対ということになる。そうすると俺はまた一人でダンジョンに潜ることになってしまう。ちなみに行かないという選択肢はもう頭にない。
……でも、あれ寂しいから嫌なんだよな。
「誰も反対だなんて言ってませんよ。まぁ、とりあえず私の話も聞いてください」
そう言って、朱音はノートPCを弄りだした。
いつの間にプロジェクターまで導入していたのか、降りてきたスクリーンにパソコンの画面が映っている。いやほんといつ導入したんだよこれ、聞いてないぞ。
スクリーンには、なんだかよく分からないグラフが映っていた。
「なんだこのグラフ」
「チャートです。正確にいえば、ダンジョン物資の素材価格の推移を表したものですね」
「……はぁ」
それがなんだというのだろうか。三層と何か関係が?
そう思っていたら、朱音がカーソルを動かして一点を指した。
「見て下さい。この日が一期生の合格発表日ですが、ここではまだ価格に変動はありません。ですが一期生が訓練を終え、ダンジョンに潜り始めた一月後には、魔石や他の物資の価値が緩やかに、けど確実に減少していってるのは分かりますよね」
「そりゃそうだろ。供給が増えたら値段が下がるのは当然だよな? 確か真壁さんもそんな感じのこと言ってたし」
というか、どこからこのチャートを引っ張りだしてきたのだろうか。
九重グループもダンジョン物資の売買に一枚どころか何枚も噛んでいるだろうし、別に持っていても不思議ではない。だけどそういうのって気軽に人に見せてもいいものなのだろうか。というかなんで朱音が持ってんの。
……まぁ、細かいことは考えないでおくか。
朱音は俺の言葉に、「そうですね」と軽く頷いた。
「一期生は百名しかいないので、物資の採掘量もまだ全然足りていません。ですが、それでも私達だけだった頃より数十倍の効率はあるでしょう。私の見立てでは、底値はここから三分の一程度でしょうか」
「結構下がるな。それが?」
「一期生の誕生によって、私達の収益も落ちていっている、ということですよ」
朱音は真面目な顔でスクリーンを見ているが、だからどうしたという気持ちしか湧いてこない。そもそも、お金はかなり稼いだと思っている。
俺達の懐に入る分は既に三等分されたあとだが、朱音の発案によってパーティ貯金をこれまでしてきた。俺は八割、雪村さんは全て、朱音は四割を貯金に回している。俺の残り二割はとりあえず銀行へと預ける形にしていた。
朱音の貯金割合が少ないのは、朱音の取り分から拠点の維持費、設備投資を全て賄っているからで、何もおかしなことはない。他にも色々やっているみたいだし、それを言うなら雪村さんこそそれでいいのかといった感じだろう。さすがに少しは気になるけど、デリケートな話題だから興味本位だけで聞く気はない。
ともあれ、毎回預金残高を見ているわけではないが、この貯金額はそろそろ億に近づこうとしていたはずだ。今更素材価格が下がったところで俺はどうとも思わない。
「……朱音は今の貯金額じゃ不満なのか?」
「さて。それは今後次第ですが、種銭はいくらあっても損はないですからね」
そう答えて、朱音は「次にこれを見てください」と画面を切り替える。
画面には、階層別素材の買取量が表として映っていた。
「……二層素材が売られてるな」
二層は一層と違って物資が豊富だ。ダンジョンにしかない木の実や鉱物すらも発見できる。あとはライオンから取れる魔石も単純にゴブリンのものより大きい。その気になれば皮だって売れるだろう。何に使えるのかは知らないが。
そういったものが、この表には記載されていた。
「これは九重グループで買い取った分だけです。大手各社も同じように集めていますから、市場全体ではもっと多いでしょうね。もちろん、私達はこれほどの量を納めていません」
「ということは、一期生か自衛隊が二層にいるってことか」
「一期生が二層にはいるのはまだ早い気がしますが、自衛隊は確実にいるでしょうね。ゴブリン集落にしかないような加工品も中にはあります。集落を制圧し、持ち帰るだけの人数と装備が必要ですから、ほぼ間違いなくそうかと」
真壁さん達は、自衛隊をダンジョンへ入れるのに難色を示していた。
けれどよくよく思い出せば否定はしていなかった気がする。まだ制度が追い付いていないみたいなことしか言ってないし、本音ではどう考えていたのか分からない。そこら辺はなんとなく言葉を濁された記憶がある。
……何個か部隊を潜らせていても、全く不思議じゃないな。
「と、まぁ私が共有したい情報はこれで以上です。分かってもらえました?」
朱音が画面を落として、軽く息を吐いた。
少しまとめると、一期生の誕生によって素材価格が下落して、自衛隊が間違いなく二層に進出しているということになる。しかもゴブリン集落を落としたということは攻略目前か、もしくは攻略済みといったところか。
……正直、どうでもいい。
「わかったけど、それがなんだ? 凄いってことか?」
「凄い? ええ、凄いですね。魔石や一層素材の供給量も半端ではありませんし、自衛隊に至ってはもはや二層攻略目前です。死者が出たという報道もありませんし、今ダンジョンに潜ってる人は優秀な人が多いのでしょうね」
「ですが」、と、朱音は続けた。
「敢えて言いましょう。これは誰のおかげですか」
「誰? それぞれ頑張った結果だろ」
「いいえ違います。思い出してください、先輩。私達は107人遭難しました。生き残りは何人いますか」
そう聞かれると、答えに詰まった。
ダンジョンに巻き込まれて生き残った人数など、俺たち含めて十名にも満たない。だがあれと探索者を一緒にしてはいけないだろう。情報や装備など、そもそも前提すら違うのだから。
そこで、朱音の言いたいことが少しわかった。
「……誰というか、情報のおかげか?」
「そうです、全ては事前に情報を得ていたからです。いえ無くてもいずれこうなっていたと思います。ですがこれほど早くは望むまでもなく、そして間違いなく死傷者が多数出ていたでしょうね」
朱音が壁に掛けられた地図を見た。
「モンスターの生態、一層二層での安全地帯、飲水の確保場所、食べられるもの、固定出口の場所、地図データ諸々含めて全て提供しています。こういった情報もなく、彼らが順調に攻略を進められたとはとても思えません」
「……まぁ、そうだな」
情報の大切さというのを、俺は痛いほどに知っている。
あまりこう言いたくはないが、一期生や自衛隊の躍進には俺たちも少なからず関わっているということか。
「……で? なんだ。つまり三層に行こうってことか?」
「つまり三層に行こうってことですよ、先輩」
朱音が肩を竦めるように苦笑した。
色々教えてもらって悪いけど、俺はその結論だけ聞ければ十分だ。
「せっかくアドバンテージがあるのに、ここで一期生に追い付かれても面白くないですからね。今週から冬休みですし、むしろ丁度いいです」
「なんだよ、朱音も最初からそのつもりだったのか」
「いえ、そろそろ先輩が言い出す頃かなと思っていただけです。私だけだったら、それこそレベルキャップまで粘りますよ。それに自衛隊に抜かれるくらいは別にいいと思っていたので」
どうやら少し無理をさせていたらしい。
申し訳ないけど、付き合ってもらうしかない。
「ですが長々と言った通り、情報というのは非常に大切です。三層はいわば未知ですよ。加えてこれまでのルール通りであれば、攻略するまで帰ってこれません」
「ああ、そうだな。というと自衛隊が足踏みしてる理由もそれか」
「恐らくそうです。攻略条件も分かりませんし、どういったモンスターがいるとか、そもそも環境さえ不明です。死傷者を出したくない政府からすれば、二の足を踏んでもおかしくないでしょうね」
「先駆者というのは、どの時代でも貴重な存在です」と、朱音は言った。
「もっとも、私たちも状況は同じです。帰って来れなければただの無駄死にですし、片道切符になるかもしれません。それでも本当に行きたいですか?」
朱音の真面目な顔を見て、少し頭が冷静になった。
帰って来れないかもしれない、というのはその通りだろう。それくらいは俺も分かって口に出している。
だが、自衛隊が二層攻略目前というのは知らなかった。そこまで攻略が進められているのなら、いつかは彼らも三層へと進むだろう。もしかしたら俺たちが攻略するのを待っているのかもしれないが、いつまでも足踏みしているとは思えない。なら、自衛隊が攻略するのを待って、それから行った方が安全じゃないか?
……いや、待っていられないか。
俺は自衛隊や一期生へと情報を届ける為に、ダンジョンに潜っている訳じゃない。
俺は、ダンジョンに潜りたいから潜っているだけだ。
「行こう。三層に」
「……わかりましたよ」
朱音が軽く息を吐いて、椅子から立ち上がる。
「綾、準備をお願い。用意してたチェックリストは古いから、自分で必要だと思ったものは買い足して」
「承知しております。私の方で常に更新しているのでご安心ください」
「さすが。では私はさっさと連絡を済ませてしまいましょうか。色々根回しもしておかないと……」
慌ただしく動き始めた二人を見て、俺はぽつんと座ったまま。発起人なのに「俺はどうすれば?」と聞くのもなんか恥ずかしい。
なるべく縮こまっていると、朱音が俺の様子を見て小さく笑った。
「こういったのは私達に任せてください。先輩はダンジョンで暴れてくれればそれでいいですよ。頼りにしてます、マジで」
「はい。三橋様は現場で指揮を取って頂ければ十分です」
間接的に事務仕事には邪魔だと言われた気がする。
……いや、ここは好意的に解釈しておこう。
その日から週末まで、俺たちは慌ただしく三層準備を進めていった。といっても俺自身は特に何もやることがない。片道切符にならないよう本気で準備を進めている二人を応援するだけだ。
朱音が方々への根回しを済ませたあと、一度だけ真壁さんと面談が挟まれた。「君達の判断を尊重し、全面的に支援する」とまで言ってくれたので、少し肩の荷が降りた気分になる。少なくとも悪いことをしているわけではないのが分かって良かった。
そういえばだが、朝倉さんから誘われていたパーティーは三層に潜るから断った。よく日程を確認してみれば冬休み初日はクリスマスイブだったので、少しだけ罪悪感が湧いてくる。いや、そういったのを見ずに俺を誘ったのかもしれないし、俺がいない方が楽しめると思っていた方が気が楽になるから、そう思おう。
……家族には、きちんと伝えた。
最初は余計な心配を掛けさせまいと伝えるつもりはなかったのだが、雪村さんがこう言ったのだ。
「今後も嘘を重ねる気ですか。いずれ必ず後悔しますよ」、と。
確かにその通りで、なにも言い返すことができなかった。
家族に三層へ行くこと、攻略するまで帰ってこれないと伝えると、当然のごとく猛反対にあった。それでも一日中不退転の覚悟でリビングに黙って居座っていると、夕飯の頃には折れてくれた。
なんだか、駄々っ子みたいで恥ずかしい。
ただ、絶対に帰ってくるのだから、問題ない。
そして当日、俺たちはダンジョンへと続く扉の前に立った。
いつもは常駐している自衛官しかいないのに、今日はなぜか人数が多い気がする。最初に三層へと挑む人を見ようと集まってくれたのかもしれない。「頑張れよ」、と口々に応援してくれるのが結構嬉しい。
「行こうか」
二人が頷くのを見て、俺は足を進めた。
――三層へ。
ここまでお読み頂きありがとうございます。
第一部、大体折り返しになります。




