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現代ダンジョン黎明期  作者: つくしー
第一部 どこにでもいる高校生
24/40

第22話 ダンジョンフィーバー


 第一期探索者の試験終了からおよそ一ヶ月が過ぎ、季節はすっかり冬になった。雪は降っていないけど、もう厚手のコートを着ないと寒くて外にいられない。


 いつもの通学路を歩いていると、半年前には見られなかった光景が、今では当たり前のように目に入ってくる。


 駅前や駅のホームではダンジョン関連の広告が張り出され、企業とタイアップした探索者の女性がポスターの中でポーズを決める。コンビニには探索者特集と書かれた雑誌が置かれていた。


 何々、『ゼロから始めるダンジョン生活』? やかましいわ。


 それはともかくとして、広告はダンジョンのイメージアップキャンペーンが多かった。朱音の言う通り女性探索者が見事に広告に使われている。


 というかこの人試験で見た気がするな。まぁいいけど。


 電車の中でも、ひそひそと交わされる会話は専ら探索者のことだった。それは電車を降りて学生の姿が多くなるほど増えていく。教室の中に入れば……もう尚更である。


「昨日のテレビ見た? 凛花ちゃんすごかったよね〜」「見た見た! レベルアップってすごいよね!」「見ろよこの動画、ゴブリン戦だぜ!」「ダンジョン専用のサイトだろ? 時代はダイブチューバーだよなぁ」


 そこかしこで話が盛り上がり、熱を帯びている。断片的に聞こえる話題のほぼ全てがダンジョンか探索者のどちらかだった。


 一般人がダンジョンに潜ってから数週間。実に様々な出来事が急速に進み始めた気がする。


 企業とタイアップしたのは言わずもがな、探索者がテレビに出演して半ば芸能人と化したり、ダンジョン専門の動画サービスまで出始めた。といっても新しいサイトではなく、既存の動画サイトに専用ページが作られただけらしいが。


 特に動画サービスの影響は非常に大きく、ダンジョンの様子を探索者を通して知れるせいか、爆発という言葉では足りないほどの勢いで市場を拡大していった。


 チラッと見た限りでは、一番再生されている動画で一千万を超えていた気がする。ただ一層でゴブリン殺してただけなのに。

 

 ……というか、ダンジョンの動画ってアップしていいんだね。


 いや、もう今更だけどさ。


「お、暁一! お前も見たかよこれ!」


 席に着いて一限目の準備をしていると、いつものように黒井と城崎が俺に話しかけてきた。 

 城崎がスマホにニュースサイトを映し、俺に見せてくる。


「なにこれ?」

「探索者専門の予備校だよ。昨日テレビでちらっとやってただろ? 気になって調べたら、もう来年には募集始まるみたいだぜ」


 ……マジでなにそれ。


 探索者専門の予備校? と頭にはてなが浮かび続けていると、話を聞きつけた他のクラスメイトが続々と俺の机に集まってくる。


「それ俺も見たよ。結構面白そうだよな」

「だよなだよな! あー俺も将来探索者になろうかなぁ。大学とか行ってる場合じゃなくね?」

「城崎、お前テニスはどうしたよ」

「そんなんレベルアップすれば簡単にグランドスラムだろ! 黒井こそメジャーも夢じゃないぜ?」

「馬鹿だな。ここまでダンジョンが浸透したら、レベルアップした人は参加禁止とか規制されるに決まってるだろ。もしくはボクシングみたいに階級制になるとかか?」

「お、それちょっとありそう。お前頭いいなぁ」


 会話を聞きながら、気になって俺も調べてみた。

 確かにある、探索者予備校。協賛は……どこだここ。聞いたこともない企業が開校準備を進めていた。


 石田さんは二回目の試験があるかも分からないと言ってたし、おかしいと思ったよ。何も分かってないのに予備校だけ作るとか、こんなんほぼ詐欺だろ。


「決めた! 俺卒業したら予備校行くわ。探索者目指す。暁一、お前も一緒に行こうぜ」

「いや、俺はいいよ。というか、探索者はともかく予備校だけは止めとけ本気で」

「なんでだよ! なぁ行こうぜ!」


 ……参ったな、どう伝えればいいのだろうか。


 俺が事実を言えば、なんでそんなこと知ってるんだという疑問が必ず生まれる。いや城崎は馬鹿だから気づかないだろうけど、他の奴らは間違いなく気付くはず。


 ……でも友達を見捨てるのはちょっとな。


「城崎君、三橋君はそんな危ないことしないよ」

「あ、朝倉っ」


 振り向くと、朝倉さんが少し険しい表情で城崎を見ていた。


「それに大事な進路を人に強要するのもどうかと思うな。私は獣医になりたいけど、城崎君一緒に専門学校行ってくれる? て言われたら困るよね」

「マジで? 行く行く!」

「城崎、あんた空気読みなよ」


 朝倉さんの友達、京本さんがため息混じりに呟く。


「あんたはそうやって意見コロコロ変えるけど、他の人はもっとちゃんと考えてるんだから余計なこと言わない。ていうか、進路は人の人生左右するって分かって言ってんの?」

「ぅ゛……悪い暁一」

「いや大丈夫。まだ時間はあるし、城崎もよく考えた方がいい」


 そうだな、と城崎はらしくない顔で頷いた。

 朝倉さん達に助けられた形だけど、何とかなったな。

 ほっと息を吐くと、朝倉さんが何か言いたそうに俺を見ていた。


 ……そういえば、朝倉さん達は唯一ダンジョン関連の話題じゃなかった気がするな。


 こう言うと俺が他人の話を盗み聞きしてるみたいだけど、違う。


 勝手に聞こえてくるだけだ、俺は悪くない。それに詳細は聞かないようにしているし、その証拠に何を話してたかまでは知らないのだから大丈夫。


 そう自己弁護していると、背中を押される形で朝倉さんが前に出てきた。意を決したように口を開く。


「三橋君、冬休みの初日なんだけど、空いてるかな。その、みんなでパーティーするんだ。み、三橋君も来ない?」

「パーティー? みんなで?」


 首を傾げると、後ろにいる京本さんが肩を竦めた。


 ……誕生日パーティーかな?


 かと思ったら、俺の周りにいた男子達が急に殺気立った。どうやら動画の探索者(アイドル)より身近なアイドルの方が気になるらしい。遊びに誘われたくらいで殺気を飛ばすなよ。


「えっと、そうだね。ちょっと予定聞いてみるよ」


 休日はいつもダンジョンに潜っているから、朱音達にも予定を確認しないといけない。そう考えて軽い気持ちで答えたら、朝倉さんの顔が急に固まった。


「……誰に?」

「え、いや、いつも大体一緒にいる人、かな」

「誰? それって私も知ってる人? もしかして、女の子?」

「はいはいストップストップ。詩織、一旦落ち着こうか」


 そう言って、京本さんが肩を抱いて朝倉さんを下がらせる。


 ごめんと一言謝って、「予定分かったら連絡ちょーだい」と自分達の席へと戻ってしまった。遠目からは落ち込んでいる朝倉さんを、京本さんが説教しているようにも見える。


 ……正直すごい気になるけど、盗み聞きは止めとこう。






 いつもなら放課後は大体拠点に行ってるが、今日は何となく気分じゃなかったので直帰した。黒井達から放課後遊ばないかと誘われたけど、それも断っている。


 家に着くと、母さんが「今日は早いのね」と言ってきた。


「うん、まぁちょっとね」


 コートと制服を脱いでネクタイを緩める。シャツとズボンだけになると少しだけ息がしやすくなった。


 毎日繰り返されるどころか、過熱していくダンジョンの話題に気疲れしているのかもしれない。今はどこにいってもその話題が独占しているのだから。


 なら俺も皆と一緒に騒げばいいと思うけど、色々知っている立場というのは本当に厄介だ。発言一つ一つに気を遣うくらいなら、最初からいない方が楽だと思ってしまう。


 ……自分から望んで得た立場だから、誰かに愚痴を言うわけにもいかないしな。


「お、兄ちゃんおかえりー」

「ああ、ただいま」


 リビングで唯愛がRPGゲームをしている。

 俺が画面を見ながらソファに座ると、唯愛がモンスターを倒しながら言ってきた。


「ねぇ兄ちゃん、友達に兄ちゃんのこと紹介していーい?」

「なんでまた」

「んー、その子本気で探索者になりたいんだって。兄ちゃんダンジョンに詳しいし、ちょっとだけでも話してあげてほしーなぁ」


 ……また探索者。


 小学生にも熱がこもっているのかと思うとちょっと嫌になってくるが、小学生だからかもしれない。そういうのに一番純粋に憧れる年頃だからな。


 ただ、答えはもちろんノーだ。


「駄目だ。俺がダンジョンに潜ってるのは秘密だって知ってるだろ」

「うん。でもさ、その、一回目のことは大丈夫でしょ。その時のことだけでもいいから、駄目かな?」

「む」


 厳密にはそれも守秘義務の対象なのだろうが、その線引きはかなり曖昧だったりする。俺がダンジョンに巻き込まれたことは周知の事実だからだ。人の口に戸は立てられないし、調べようと思えば簡単に調べられる。


 ただ、その話題は家では結構タブー寄りだ。母さんも夕飯の支度を一瞬止めたし、唯愛自身もコントローラーを持つ手が少し震えている。


 俺は小さく息を吐いた。


「そこまで親身になるってことは、親しい子なのか。男か。男だったら危険思想だから縁を切りなさい」

「違うし、女の子だし!」

「なんだと?」


 素で驚いてしまった。女の子だと?


 男だったら大体しょうもない理由だろうし、真面目にさっきの一言で終わりにしたが、女の子だったら話が変わる。わざわざ血生臭いダンジョンに潜ろうなど、何か特別な事情でもあるのかもしれない。


 そう考え込むと、唯愛が仕方ないとでも言いたげに肩を竦めた。


「朝日ちゃんだよ。兄ちゃんも会ったことあるでしょ」

「あの子が? 嘘だろ」


 俺も数回しか会ったことはないけど、大人しい良い子だった印象がある。とてもダンジョンに興味を持つ子には見えなかった。

 あの子は唯愛とも仲が良いし、俺がダンジョンに巻き込まれたことを知っていてもおかしくない。


 それなら今更隠したところで……いや。


「……とりあえず、今は駄目だ。どうせ成人しないと探索者になれないしな」

「そっか。そうだね。うん、わかった」


 納得したように唯愛が頷くのを見て、俺は安堵の息を吐いた。

 本人の意思だけで、軽々しく話していい内容じゃないからな。


「あ、お肉切らしてたわ」


 冷蔵庫を覗いていた母さんがポツリと言う。


「買ってこようか。なんの肉?」 

「いいわよ別に。最近電気代がちょっと安くなったし、その分奮発しちゃいましょ」


 そう言って、母さんは買い物に出かけていった。

 俺は特にやることもないので、ソファに座ったまま画面を見る。画面には、ド派手な演出でモンスターを倒す主人公の姿と、レベルアップを喜ぶ仲間達が映っていた。




 奮発すると言っていた通り、今日はちょっと良い感じのトンカツだった。


 父さんの帰りを待って晩飯を食べ、風呂を済ませて自室へ戻る。早々に電気を消してベッドに潜ると、唯愛が遊んでいたゲームのレベルアップ演出が頭をよぎった。


 ……そういえば、最近レベルが上がってないな。


 今こうしている間にも、一期生はダンジョンに潜って戦果を上げているのだろう。母さんが言っていた電気代が安くなったというのも、ほぼ間違いなく魔石絡みだ。供給が安定したことで実用化が始まったのかもしれない。


 きっと、それ以外にも少しずつダンジョンが生活の一部に組み込まれていくのだろう。他にも色々な面で活用が考えられているだろうし、そう遠い未来の出来事だとは言えない気がする。


 一期生がテレビに出たり動画を上げたりするのだって、探索者という仕事を世間に浸透させる役目があるのかもしれない。その効果は学校での会話を聞けば一目瞭然で、疑いの余地がなかった。


 ダンジョンフィーバー、というやつかもしれない。

 それが良いことなのか悪いことなのかの判断は付かないが、確実に世間は変わっていっている。


 なのに俺だけ、いまだに二層で足踏みしたままだ。


 ……面白くないな。


 レベルは15で止まってしまった。そこから全く動かない。


 経験値効率が著しく悪くなってしまったのか、それとも階層ごとにレベルキャップとやらがあるのかは分からない。どちらにせよ、ステータス的な意味で俺の成長は止まってしまった。


 二層のマップも粗方埋め終わったし、新しい発見も見つかっていない。探せばあるのかもしれないが、散歩のように歩ける二層で必死になれる理由を探す方が難しかった。つまり、ダンジョンに潜っても俺自身得るものが何もない。


 お金は稼げる。それもかなり。

 だけど……興味ないな。


 それより、俺はもっと変わってみたい。

 いや、どこまで自分が行けるのか確かめたい。

 そして――ダンジョンという未知を、誰よりも先に見てみたい。


 俺は暗くなった天井を眺めると、自然とこう思った。



 ……行くか。三層に。



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