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現代ダンジョン黎明期  作者: つくしー
第一部 どこにでもいる高校生
23/40

第21話 第一期探索者候補


 次の日から、探索者制度はニュースで連日報道された。


 テレビをつけていると、嫌でもそういった話が目に入ってくる。中でも一番活発なのは、『探索者一期生』の募集要項、それと探索中の禁止事項を解説している情報番組だった。


 未成年の募集はそもそも受け付けてもらえず、日本国籍は絶対条件。長期間の共同生活が可能な者に限り、かつ合格後は身辺調査まで行うという徹底振りだそうだ。そこまでやるかと思ったが、まぁ危険な人物のレベルを上げるわけにはいかない、と考えれば当たり前かもしれない。


 禁止事項に関しては、俺が気にしていなかった細部にまで解説が及んでいた。


 特に「他の探索者が交戦中のモンスターを故意に横取りしてはならない」や、「他探索者の個人情報やステータスを本人の許可なく公開してはならない」など、今からそれを言うかと思う内容にまで話が言及されていて、ちょっと面白い。


 正直ガチガチに縛られるような話ばかりで、これで募集者がいるのかと疑うような内容が多かった。だが、予想に反して応募者数は十五万人。採用予定が百名ほどだから、凄まじいまでの倍率となっている。


 どうやらこれらの条件を課されてもなりたいと思うほど、『探索者』というのはかなりの好待遇を約束されているらしい。


 待遇は国家公務員に準じ、危険手当と成果報酬が別途支給される。結局はお金かよといった感じだが、お金は大事なので別に非難するようなことでもないだろう。


 ……それに、レベルも上がるしな。


 強くなれるというのは、それだけ魅力的ということだろう。俺もダンジョンのおかげで変われたし、気持ちはすごくよく分かるが、よく自分からやろうと思うよね、ほんとに。


 しかし、書類審査と適性試験でその数は半分まで減り、体力試験を終えた一週間後には一万人を切っていた。この頃には選考そのものがエンタメと化し、試験の様子を扱う特番まで組まれるほどの盛り上がりを見せていた。


 誰々が推しだの、あの人は受かりそうだの、学校でもその話題で持ちきりになるほどの社会現象である。ちなみに唯愛も推しがいるそうで、元警察官のかっこいいお姉さんを応援していた。美人だったので俺もついでに応援しておこう。

 

 そしてサバイバル試験を経て残った三百人が、明日、最後の選考に挑む。

 第一期探索者の最終試験が、今……始まろうとしていた。





 

 最終試験日の朝、俺は政府の送迎車に乗せられていた。


 これまでの試験では、適性、体力、判断力、サバイバル能力を主に見られている、と報道されている。最終試験ではあれするこれすると、色々なメディアが予想に華を咲かせていた。


 その中でもっとも有力な試験内容が、個人の戦闘力を見る試験だろうと言われている。戦闘力って……と一瞬思ったが、ダンジョン内では実際にモンスターを倒さなければならない。理に適っていると言えなくもないだろう。どうやって判断するのかは謎であるが。


 そう考えながら車に揺られていると、小一時間ほどで目的地に到着した。

 試験会場は東京都北区の大型施設。俺が遭難から帰還したあと、半月以上隔離されていた場所でもある。


 なんでも既存の建物を政府が接収し、ダンジョン関連専用の施設へと作り替えたらしい。やってることが大き過ぎてちょっと何言ってるのか理解したくなかったけど、少なくとも大学ではなかった。ニアピン賞も出ないほど外れている。


 ……というか、受験者はどこに?


 試験内容は依然不明だが、運動場にすら人っ子一人見当たらない。不思議に思いながらも施設職員に案内されるがまま進むと、着いた先は三階にある一室だった。中に入ると石田さんが俺を待っていて、既に朱音と雪村さんがソファに座って寛いでいる。


 ……雪村さん、こんな時でもメイド服なんですね。


「あ、先輩おはようございます。朝ごはん食べました?」

「……おはよう。食べてないけど」


 朱音がお茶請けのお菓子を俺に無言で寄越してきた。

 とりあえず一つ摘まみ、雪村さんにも軽く挨拶する。

 その様子を見ていた石田さんが、苦笑しながら席を勧めた。


「久しぶりですね、三橋君。ここのところ会えていませんでしたけど、元気そうで何よりです」

「あ、はい、全然元気です。石田さんも相変わらず忙しそうですね」


 そう言うと、石田さんの目が急に淀んだ。


「……ええ、まぁ、そうですね。ダンジョン発生に始まって、新庁の立ち上げ、制度設計に制度新設、募集、試験運営……全てが前例にない速度で進んでいます。正直、今日が何曜日かも怪しいですね」

「そ、そうですか。大変ですね」

「仕方ありません。それに忙しいのは私だけじゃないですからね。室長……長官なんかはろくに寝てもいないはずです。とはいえ、これが終われば一日くらいは休めるかな……」


 軽い雑談のつもりだったのに、藪蛇を突いたらしい。


 ……これ以上この話題に触れるのは止めておこう。


「そんなことより、試験はどこでやるんです?」


 朱音がばっさりと切り捨てるように、平然と話を切り替えた。

 今のをそんなことで流せるその神経が、俺は欲しいよ。


「この部屋に案内されるまで、受験者どころか報道陣の一人とも会いませんでした。そろそろ試験の概要くらいは教えてくれてもいいのでは?」

「君達を受験者に会わせるつもりはありませんよ。何も知らない人から見れば君達は場違いすぎます。もし万が一にでも見つかって、憶測や邪推が一人歩きしてはたまりませんので」

「別に構いませんよ、会いたいとも思いませんし。それで試験の概要は?」

「そうですね。では、これからお見せするものは写真や動画を含め、一切記録に残さないと約束してください」


 石田さんの言葉に、俺も朱音も軽く目を見開いた。


「ああ、いえ、そう構えなくても大丈夫ですよ。誓約書もありません、口約束で結構です。御三方のことは信用していますので」

「……それほど危険な試験を行うのですか?」


 雪村さんの非難するような言葉に、石田さんが苦笑した。


「まさか。ただ、少しショッキングな光景が映るかもしれないので、記録には残してほしくないだけです。同様の理由で報道も規制してますけど、口外は禁止していません」


 その言葉に安心して、俺達は記録には残さないと約束する。

 石田さんが一つ頷き、壁一面を覆うブラインドをゆっくりと上げた。

 

「君達には、ここから試験の様子を観察してもらいます」


 ブラインドの向こうは、三階まで吹き抜けになった大きな空間だった。剥き出しのコンクリートで囲まれたその空間を、俺達はガラス越しに見下ろしている。 


 中央に置かれている檻の中には、全身緑色の憎いあいつが拘束されていた。


 ……二度見した。


「ゴブリンじゃん……」


 ……え? ゴブリン? 本物?


 疑った直後、ゴブリンが「グギャ!」と喚き散らして暴れ出した。

 本物だった。着ぐるみであってほしかった。


 ……マジかよ。


「受験者には、最終試験としてゴブリンと対峙してもらいます」


 石田さんが続けて言う。


「受験者には武器や防具を与えていますが、実際にゴブリンと対峙することは伝えていません。もちろんそれとなく心の準備はしてもらってますけどね。制限時間は五分間。その間にどのような行動を取ろうと自由です」

「これは……凄いですね」


 朱音が思わずといったように声を漏らした。


「よく許可が降りましたね。かなり思い切ってませんか?」

「それだけ我々も本気ということです」


 石田さんがどことなく疲れたように言った。

 朱音は感心しているようだけど、俺は素直にすごいと思えない。

 ゴブリンと対峙させられる受験者のことを考えると、特に。


「……いきなりは、ちょっときつくないか?」

「いえ、でも先輩、これは中々だと思いますよ。私達と状況を似せているのでしょうか」


 朱音は一人で得心がいったように頷いている。


「正直試験で何が分かるのか疑問でしたけど、とても分かりやすい試験ですね。合否の判断基準はなんですか?」

「申し訳ありませんが、それは言えません。見方が変わっては困りますからね。君達には率直な感想を聞かせてもらいたいと思っています」

「率直な感想ですか。この人落ちそうとか適当なことでも?」

「もちろん。参考にさせていただきます」


 石田さんが是非と笑顔を浮かべる。

 本当になに言ってもいい雰囲気なので、俺も気になったことを聞いてみた。


「万が一の時はどうしますか? そのまま殺されるとかないですよね」

「安心してください。ゴブリンにはあらかじめ麻酔針を仕込んであります。危険と判断した時点で薬剤が注入されますので、問題ありません。実験でも一秒程度で無力化できることが確認されています」


 麻酔効くのか……というかわざわざゴブリン研究してるのか。

 いや、そもそも奴らって地上に出て来れたのかよ。


 ……ダンジョンには他にも色々な生き物がいたけど、それも全部やってたりしないよな。


 ちょっと怖くなってきたから、これ以上考えるのは止めとこう。


「大丈夫そうですね、先輩」

「……まぁ、そうだな」


 安全が担保されているのなら、朱音の言う通り分かりやすい試験だと俺も思う。そうとは知らずゴブリンと戦わされる受験者はかわいそうだけど、ダンジョンではどうせゴブリンと戦う必要あるし、今の内に経験できるならそれに越したことはない。


 ……というか、むしろずるくない?


「正直、全て手探りなので何が正解かも分かりません。ですが、現状これ以上を望むのは難しいとも思っています。次があるかは分かりませんが、試験自体に改善点があると思ったら、そちらの意見もどんどん言ってください」


 俺達が頷くのを見て、石田さんは片耳に嵌めたイヤホンを軽く触る。

 二言ほど誰かと話し終えると、こっちを向いた。


「向こうも準備が整ったみたいですね。それでは試験を始めたいと思います」


 その言葉を合図に、俺達は揃って窓の外を見下ろした。

 なんだか特別な実験を見ている気分で、ちょっとだけわくわくしてくるな。





 

 最初の一人目が、鉄扉を潜って入ってきた。


 受験者の手には、刃を潰した片手剣と丈夫そうな盾が握られていた。頭には顔を出すタイプのヘルメット。全身には防具が着せられている。武器はいかにもあり合わせといった感じだが、防具類は遠目から見ても過剰なほど強そうに見えた。


「防具は公平性を期すために共通としていますが、武器はこちらで用意したものを各自選んで頂く方式としています。どうやら彼は、最も無難な構成を選んだようですね」


 石田さんの解説に軽く相槌を打ち、俺はもう一度受験者を見た。

 ヘルメットから覗く顔は若い。大学生くらいだろうか。髪も長めで茶色に染めている。

 彼は部屋をぐるりと見回すと、ゴブリンに気付いた。


『どぅぇぇえええっ!?』


 ゴブリンは檻から放たれ、手にはこん棒を握っている。

 そして受験者に気付くと、真っ黄色の乱杭歯を見せて笑った。


『グキャ!』

『うわぁぁぁぁうそだろぉ!?』


 ……気持ちはすごいよくわかる。


 敵意を剥き出しにして襲ってくるモンスターとか、恐怖以外のなにものでもない。俺はそれを実体験として本当に身にしみている。


 こういう時、マジで何も考えられないんだよね……。


『ちくしょうふざけんなよ!』


 受験者は怒りの叫びを上げると、襲ってきたゴブリンから逃げた。

 俺の時もそうだったけど、実戦経験がないと戦うという判断はまずできない。


「へっぴり腰ですねー。大丈夫でしょうか」

「最初は皆様あのようになるかと。特別おかしくはありません」

「それを言うなら、俺の最初はあんなもんじゃなかったよ」


 すぐに体が動いただけ、上々だとすら思える。

 過去の自分と重ねて見ていたら、石田さんが興味深そうに俺を見た。


「やはり、三橋君ともなると違いますか」

「え? まぁ、はい」


 適当に相槌を打つと、なぜか納得のいった顔で頷いている。


 ……もっと無様に逃げ回ってただけなんだけど。


 まぁ、特に訂正するようなことでもないかな、うん。


「足は速いみたいですし、逃げ切れそうですね」


 朱音の言った通り、最初の受験者は制限時間まで逃げ切った。

 武器どころか盾すら一度も使っていない。構えすらしなかった。


「どう思いましたか、三橋君」


 石田さんの質問に、俺は首を傾げた。

 どうと言われても。


「ずっと逃げていたので、特には。一人で倒せるかまではちょっと」

「一期生は必ずパーティを組ませることになっています。一人でダンジョンに行かせることは絶対にありませんよ」

「なら悪くないと思います。逃げ続けるのにも根性いりますし」


 そう答えると、石田さんが部屋の隅に控えていた人に目を配る。

 その人は手元のノートに何かをカリカリと書いていた。


 ……え? 今ので決まり? 嘘でしょ。


 いや、参考にするだけだろう。そうに違いない。



 二人目の受験者は、筋骨隆々な大男だった。


 もう防具の上からでもその鍛えられた筋肉がわかる。体型は俺と似ても似つかないが、明らかな脳筋顔に加え、武器に大ハンマーを選んでることからもちょっと親近感が湧いてきた。


 大男はゴブリンを視界に入れると、挑戦的に笑った。


『ハハハハ! やっぱそうだと思ったぜ!』


 戦い慣れているのが一目で分かる動きで、大男はゴブリンに突撃する。そして重そうな大ハンマーを振り被り――


『喰らいやがれ!』

『ギャ!?』


 見事にゴブリンに避けられてしまった。

 しかも、返す刀のように振るわれたこん棒まで肩に食らっている。


『ハ! この程度痛くも痒くもねーよ!』


 その言葉通り本当に痛くもないのか、大男は何度も大ハンマーを振るっている。だが、全てゴブリンに避けられていた。筋肉は凄いけど動きが単調なせいだろう。あれでは何時間やっても攻撃は当たらない。


 業を煮やしたのか、大男は武器を捨てて素手で殴り出した。


 ……ぇぇ。


「わぁ、また面白いことをしますね」


 朱音の楽しそうな声に、石田さんが苦笑した。


「彼は現役のプロレスラーですね。見ての通り体を鍛えていますし、こういった荒事に慣れています。有望株ではないでしょうか」

 

 石田さんの言う通り、大男はゴブリンの殺意など意に介してもいない。平気な顔で乱打を浴びせていた。

 

『オラオラ! ゴブリンつっても大したことねーな!』

『ギャッ、グキャッ!?』


 殴り、蹴り、たまにゴブリンから反撃を喰らう。


 それでも現役のプロレスラーは流石なもので、痛みに慣れているのか痛そうな素振りすら見せていない。むしろしつこいゴブリンにちょっと楽しそうですらある。


 やがて決着がついたのか、ゴブリンがピクリとも動かなくなった。


『勝ったぜ! これで俺は合格だろう!』


 喝采を上げる大男に、朱音が小さく拍手を送った。  


「おお、勝っちゃいましたよ。すごいすごい。仲間にはしたくありませんけど。ね、綾?」

「はい。私も彼が仲間になるのは御免ですね」


 朱音と雪村さんが辛辣な評価を下している。

 結果とは真逆な意見に、石田さんが曖昧に頷いた。


「私も自衛官なので分かりますけど、一応理由を聞いても?」

「言う必要あります? ああ、それが仕事でしたね」


 朱音が面倒くさそうに口を開いた。


「武器を捨てるなんてナンセンスでしょう。それにゴブリンの攻撃を何度ももらってましたけど、あれ実戦なら死んでますよ。綾は?」

「概ね同じです。強いていえば、彼に背中は預けたくありません。恐らく実戦でも一人で突撃するのではないかと」

「……三橋君は?」


 念の為確認、といったように石田さんが俺を見た。

 有望株と言っていたからちょっと言いにくいけど、率直な感想が欲しいらしいから仕方ない。俺も思ったことを口にした。


「強いですけど、死んじゃいそうですね」

「……そうですか」

「あ、でも強いのは確かだと思います。相手の攻撃を受けるのは、まぁ、職業病では」

「どんな職業病ですか」


 朱音のツッコミに石田さんが苦笑すると、またノートの人がカリカリやった。


 ……だからそれなんだよ。ちょっと中見たくなってきた。



 そのあとも試験は続き、三人目、四人目と順に流れていった。


 即逃げる人、勇敢に戦う人、パニックになって泣き出す人まで受験者は実に様々である。

 途中から朱音や雪村さんと一緒にスポーツでも観ているような気分だった。好き勝手言って観戦するのがまさにそんな感じで、結構楽しい。ポップコーンでもあれば最高かもしれない。


 その中でも、俺達の間で意見がわかれたのが面白かった。


 雪村さんが開始直後から逃げ続けている受験者を見て、ポツリと言う。


「端に追い詰められないよう上手く逃げていますね。視野が広いかと」

「言われてみるとそうだけど、普通に逃げてればそうならない?」

「いいえ。冷静ならば当たり前ですが、パニックになっても周囲を見れる人は少数です。そもそもパニックにならないのが望ましいですが、それでも有事の際は大なり小なり感情が波立つものかと。リーダー向き、と言えるかもしれません」

「……ふーん」

「もちろん、お嬢様の方が最初からあらゆる意味で優れていらっしゃいましたよ」


 最後のおべっかはともかくとして、雪村さんは仲間がいる前提で話をしていた。


 こうなると一人ではなく複数人での動きも見たくなる。パーティで潜らせるのだからそっちの試験もした方がいいとは思ったけど、意見を言うのは止めておいた。


 一人で何とかできない人間が、ダンジョンへ潜るのは危険過ぎる。


 朱音はというと、少し違った視点で受験者を見ていた。


「おお、頑張ってる頑張ってる、いいですねー」


 大学生くらいの若い女性が、涙目になりながらゴブリンと戦っていた。


 盾を使って何とか凌いでいる程度で、お世辞にもうまいとは言えない。脚も震えているし、組み付かれそうになると形振り構わず暴れていて若干みっともなかった。ただ、必死に頑張っていて健気だなとは思う。


「そうだな。俺もいいと思う」

「どこがですか?」

「は?」


 いや、朱音も今いいって……。


「女の子が頑張ってる姿は色んな意味で見栄えがいいです。私は企業のイメージアップガールとして良いと思いましたけど、先輩は何を見てそう思いました? もしかして、顔が可愛いからって贔屓してませんよね?」

「……してないよ?」


 朱音がにやにやしながら俺を見ている。


……ちくしょうこいつ嵌めやがったな。


 見れば石田さんもバツが悪そうに目を逸らしていた。同じ理由ではないことを願いたいが、男である以上これは仕方ないことだと俺は言いたい。


「でも実際、この人はそれなりに動けていますよ。ダンジョンは血生臭いので受験者に男性が多いのは仕方ありませんけど、動ける女性は採っておいて損はないと思います。もちろん、枠に余裕があればの話ですけど」

「……検討はしておきましょう」


 ちなみにだが、この女性は最後まで攻撃を凌ぐことに成功していた。泣きながら。


 ……俺はこうなることがわかっていた、ということにしておこう。


 そのあとも昼休憩をまたいで試験は継続される。


 中には終始冷静にゴブリンを観察し、一突きでゴブリンの喉を突き刺すという猛者まで現れた。潰した刃でそれは相当な思い切りと技量がないとできない。あれは全員から評価が高かった。

 聞けば現役の猟師らしい。やはり肉体労働を主にする男は強いもので、他にも警察官や消防士は慌てず冷静に逃げるなり捌くなりしていた。彼らが受からないのは嘘だろう。


 あとは、俺だけ評価が高かった人もいた。


「……あの人、よくここまで残りましたね。大丈夫でしょうか。問題が起きる前に今の内から麻酔入れといた方がいいのでは?」

「お嬢様、人を見た目で判断するのはよくないかと……」


 雪村さんが嗜めているが、それはこの場の全員が思っただろう。

 無精ひげや髪が伸び放題なのはともかく、体がもう運動している人のそれじゃない。朱音もどっちかというと心配の色が強いし、俺も同意見だ。


 だが、試験の途中から俺の見方は徐々に変わった。


『うわぁあああああっ!?』


 これまでで一番みっともなく喚き、涙目になりながら逃げる受験生。


 脚が思うように動かないのかすぐにもつれ、ゴブリンに容易く組み伏せられていた。れでも武器は絶対に手放さない。ゴブリン相手に噛みつき、耳をひっつかみ、見るに堪えない泥仕合を繰り広げる。


 流石にまずいと判断されたらしく、遅れて麻酔が注入された。

 

 ……試験中止だ。


「全然駄目でしたね。まぁ次に期待ということで」

「最低でも逃げ足くらいは欲しいかと。あれでは仲間の足も引っ張ります」

「そう? 俺は悪くないと思ったけど」


 二人と、そして石田さんが驚いた顔で俺を見てくる。

 なんとなく解説しないといけない気分になって、俺は口を開いた。


「確かにゴブリンに組み付かれたけど、致命傷になりそうな攻撃はもらっていません。武器も最後まで手放してないし、滅茶苦茶諦め悪く抵抗してたのが特にいいです」

「たまたまではないでしょうか。私には暴れていただけにしか見えませんでしたが」

「実際そうでしょう、暴れてただけだと思います」


 ただ、と俺は軽く笑った。


「めっちゃ俺と似てる。超しぶとそう」

「……なるほど」


 石田さんが考え込むように顎に手を置いた。

 その隣ではまたカリカリとノートに書いてる人がいる。もしかしてずっといた?


 ……なんか恥ずかしいから、今の無しにしてくれないかな。



 どれだけの受験者を見てきたのか分からなくなった頃、石田さんがお開きを告げた。

 ざっと五十人ほど見ていたそうだ。もう外は夕方になっている。

 最終試験は何日かに分けて行われるらしく、俺達は初日だけの観戦ということになる。主な意見を参考にして今後の結果にも反映させていくらしい。


「本当に見ていただけだったな。何事も起こらなくてよかったよ」

「ええ、そうですね。実戦経験者ということで呼ばれましたけど、実際どこまで参考にされるのでしょう。結果を見るのが少し楽しみですね」


 あの人は残ったでしょうか、と朱音が少し黒い笑みを浮かべていた。


 ……政府を試すのもほどほどにしてほしい。


 俺が聞いている限りおかしなことは言ってなかったから、まぁ大丈夫か。


 なんにせよ、これで俺達の役目は終わった。

 誰が合格するのか分からないけど、色んな人が探索者になりそうだ。



 ……なんだか、世界がどんどん変わっていく気がするな。




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