第19話 スキル命名
拠点を持ったところで、俺の生活が劇的に変わるわけではない。
せいぜい平日の放課後に拠点へ顔を出すようになった程度か。ちなみに設備投資とかはそういうのが好きな朱音に任せている。本人も楽しそうだしな。
平日は学校に通い、土日はダンジョンに潜ってレベル上げ。
そうした日々を何週間か繰り返している内に、俺のレベルは12に、朱音と雪村さんのレベルは9に上がった。もはや代わり映えのしない毎日と言えるほどに、俺達はダンジョンに慣れてきている。この積み重ねは確実に俺達を強くしていた。
そろそろだろうかとお互いに話し合い、そして今日。
つまり拠点を構えてから丁度一ヶ月目の土曜日。
俺達は、二層のボスゴブリンに挑むことにした。
丘の上。荒野とも草原とも言えない二層のエリア。
そこで、俺は眼下に広がるゴブリン集落を眺めていた。
俺が最初に落としたゴブリン集落とは何もかもが違う。場所も谷ではなくて平地のど真ん中だし、規模も明らかにこちらの方が小さい。向こうは崖や森を天然の要塞としていたけど、こっちは外周をぐるっと木柵で囲っていた。
だが、ゴブリンライダーはいる。
そして、ボスゴブリンも。
ならば、挑むにあたって問題はない。
「そろそろ行くぞ。頑張れよ」
俺の言葉に、朱音と雪村さんは真面目な顔で頷いた。
「先輩も気を付けて。存分に暴れてください」
「ご健闘をお祈りします、三橋様」
俺は軽く笑い――そのまま丘を駆け下りた。
なだらかな斜面を落下するような速度で走っていく。一歩が大きい。踏み出す度に地面が後ろに流れている。レベル12にもなると、ライオンよりも俺の方が速いし跳べる。あえて使う理由は見当たらない。
そうして走っていると、ブォォオオオ、と、すぐに角笛の音が響き渡った。
まだ集落の入り口にも着いていない。それどころか丘を降り切ってもいないのに、随分と早い対応だ。どうやら規模が小さい代わりに警戒態勢は万全のようで、俺の元へゴブリンライダーが殺到してくる。目視で確認できる数はおよそ二十以上。
……問題ない。
俺は大斧を腰だめに構え、そのまま一足で突貫した。
「――ッ!」
「グギャ!?」
ライオンの頭を大斧で横なぎ、そのままゴブリンごと払い飛ばす。
その隙を狙っていたかのように放たれた矢を、俺は空中に身を翻すことでかわした。
「ハッ!」
体重も乗せた空中からの上段斬り。
それはゴブリンの脳天を容易く圧し潰し、騎獣の背骨を叩き折る。これで二騎目。
俺はその背に手を置き着地すると、そのまま死体に隠れて矢をやり過ごす。
矢が途切れた隙を狙って飛び出そうとしたのに、途切れない。まだ途切れない。全然途切れる気配を感じない。
「いい加減にしろっ!」
俺はライオンの死体を持ち上げた。
背中に乗せるようにして盾代わりに使う。ちょっと重い。
だが、踏み込めないほどではない。
「ぉ、おおッ!」
「ギャッ!?」
全力で跳び、勢いのまま更に一騎を叩き潰す。
少し余計な力を使ってしまった気もするが、技量も何もない俺にはお似合いだ。
だが、奴らは俺に休憩の暇など与えることはない。
更に一騎、体重を乗せた一撃で俺を圧し潰そうと飛び掛かってくる。
……またこういうのかよ。
「上等だ!」
「――グルウゥ!?」
俺は大斧を下段からかち上げ、迎え撃つ。
力が拮抗したようにライオンが空中で止まる。だが、それも一瞬。
――レベル12。【力】:79
その圧倒的な暴力をもって、俺はライオンを打ち上げた。
……これで四騎。
まだ十騎以上残っているが、いつまでもここで遊んでいるわけにはいかない。
俺は大斧を振り切った姿勢のまま、更に全力で跳ぶ。目指すはゴブリン集落。
俺の狙いを悟ったのか、ゴブリンライダー達が慌てて俺を追走する。後ろから連続して矢が放たれるが構わない。俺の方が速いのだから、気付いたところでもう遅い。
俺は外周を囲む木柵をないものかのように蹴り壊すと、腰だめに大斧を溜めた。
集落の見張り台。その内の一基。
ゴブリンが作ったにしては立派なそれの支柱に、俺は全力の横なぎを食わらせた。
……昔の伐採って、きっとこんな感じなんだろうな。
木材を横から叩き折る感覚。ミシミシと音を立てて支柱が裂けていく光景。
一度曲がればあとは待つだけ。自身の重さに耐えきれず自壊する様はまさに圧巻だ。
そして――――ドォン。
ド派手な音を立てながら、集落の家々を巻き込む破壊の限りに、俺は笑った。
「ギャァァッ!」「ギィ!」「グギャ、ギャ!」
「ははははは。怒れ怒れ。もっと来い。いっそ全部だ!」
俺はバカ騒ぎするゴブリン共を挑発するように、大斧でもって藁葺の家を破壊する。
中から出てきた一匹のゴブリンを蹴り殺し、ナイフを構えて突いてきた奴は殴り殺す。
四方八方から浴びせられる矢も家財道具で身を守り、隙をついたつもりで飛び掛かってきたゴブリンは更に好都合。大斧を力任せに振るうだけで薙ぎ払った。
一度集落に入ってしまえば、ライオンを用いた縦横無尽な戦法はできない。
あとはゆっくり、潰していけばいい。
……その前に、もう一基くらいは見張り台を壊しておくか。
俺は高く建立しているそれに足を向け――怒声が響き渡った。
「ゴォァアアアアアアッ!」
次いで、俺に向けられる強烈な殺気。
そんなものがあるとは思えなかったが、認識を改めなければならないだろう。
ボスゴブリン。
奴が一直線に、自ら俺を殺そうと迫ってきている。
俺は土煙を上げながら走るボスゴブリンを見て、軽く息を吐いた。
……俺が前に倒した奴は、最後まで冷静な判断で戦っていたけどな。
ボスゴブリンにもそれぞれ個体差があるのは当然だが、それにしても大分違う。
見れば外見の特徴も少し違う。全身鎧をまとっていた前と違い、今回のボスゴブリンは頭、首、心臓、股間と、最低限の鎧しか身に着けていない。獲物が大斧なのは変わらずか。
……まるでイノシシだな。見た目からして蛮族だ。
その言葉通り、一気に距離が詰まる。
勢いそのまま、ボスゴブリンは大斧を振りかぶって俺を斬りつけてきた。
俺もやられる訳にはいかないので当然受ける。足元の地面が少し砕けた。
「ゴォアッ!」
やるな、とでも言いたげにボスゴブリンが獰猛に笑う。
こういうところでも個体差があるのか、力は大体拮抗している。俺の方が少し上だが、どうやらこちらのボスゴブリンの方が単独戦闘は強いのかもしれない。
……どちらにせよやり過ぎたな。お前の相手は俺じゃねぇ。
俺の役目は引きつけ役。派手に暴れてボスゴブリンを孤立させるのが仕事だ。その裏で朱音達がゴブリン共の暗殺、そしてボスゴブリンを始末する作戦だった。
それをボスゴブリン本体まで引きつけてどうする。やってしまった。俺はただ、俺がやったように二人にもボスゴブリンを倒してほしかっただけなのに。
ボスゴブリンは俺との力比べが楽しいのか、張り切って大斧を押していた。
これでは駄目だ。純粋な戦闘にはならない。
だって、この隙を見逃す二人じゃないだろう?
――ボスゴブリンの剥き出しの腹から、ナイフの切っ先が飛び出した。
「ゴアァッ!?」
ボスゴブリンがたまらず膝を付く。その背後では、雪村さんが無表情のままナイフを振り下ろそうとしていた。
だが、ボスゴブリンの意地か膝を付いたまま大斧を薙ぐ。雪村さんが一歩退いた。
そして――矢の雨が降り注いだ。
「ゴアァァッ!」
ボスゴブリンは手甲で頭を守り、致命傷だけは避けている。ただ全てを防ぐなどできるわけがない。腕を、足を、背中に何本も突き刺さった。
崩れるボスゴブリンに向かって、頭上から声が届く。
「お前の相手はこの私だぁ!」
「……私もいるのでお忘れなきように」
朱音が屋根の上から、決め台詞のようにそう言った。
雪村さんも朱音に合わせるように一応言っている。
……もう勝負は決まったようなものだろ。
やっぱり暴れ過ぎだった。これでは純粋に二人が倒したことにならない。
俺がそう後悔したその瞬間、ボスゴブリンの全身から蒸気が立ち昇った。
「――ゴ、ゴ、ゴァアアアアアッ!」
全身が赤熱している。まるで湯気だ。
ボスゴブリンは全身に突き刺さった矢を抜き放つ。するとゆっくりとだが、確実にその傷が癒えていった。
……リジェネか。
ボスゴブリンにもスキルを使う個体がいるらしい。
少々厄介だが、おかげで振り出しに戻ったとも言える。
「先輩!」
「わかってる」
俺はボスゴブリンとは真逆を向いて、もう一基の見張り台まで走った。
その瞬間、背後から猛烈な殺気を感じ――跳び上がる。
「ゴッ!?」
「貴方の相手は私達です」
金属がぶつかり合う激しい音が聞こえた。俺は振り返らない。
あくまでも、ボスゴブリンの相手はあの二人だ。
「さて。先輩からもらったアドバンテージも無くなりましたし、第二ラウンドといきましょう」
朱音の不敵に笑う声を聞きながら、俺はゴブリン殲滅戦へと移行した。
二基目の見張り台を壊したところで、俺は遠目に朱音達へと視線を向ける。
雪村さんがボスゴブリンを引きつけ、朱音が屋根を飛び回りながら矢を浴びせていた。
リジェネという回復手段を持つボスゴブリンはそう簡単に倒れない。どれだけ朱音に矢をもらい、雪村さんに喉笛を切られても立ち上がっている。
……リジェネ持ちはしつこいぞ。
俺がそうなのだから間違いない。多分あいつも諦めないだろう。
だが、リジェネ持ちだからこそ弱点も分かっている。それはMPは有限だということと、即死は癒すこともできないことだ。
朱音の一撃は即死足りうるが、雪村さんのは威力が足りない。モンスターである以上即死のハードルも人間より数段上だと見るべきだし、消耗戦を挑んでいる二人は正しい。
……なんだか俺の攻略法でも見てるみたいだな。
「グキャッ!」
「おっとッ!」
俺は飛び掛かってきたゴブリンに蹴りを食らわせ、その体をくの字に折った。ついでに大斧をぶん回し、俺を取り囲むように動いていた奴らをまとめて薙ぎ払う。
……そろそろ打ち止めになってもいいな。
戦場は静まり返っていた。
俺の耳に届くのは、二人とボスゴブリンの戦闘音だけ。
「……俺の役目も終わりか」
俺がそう一息吐いた瞬間――咆哮が聞こえた。
「――ゴァアアアアアッ!」
断末魔の叫びではない。
何が起きたと視線を向けると、朱音が屋根から落ちていく姿が目に入る。その軌跡に赤い飛沫が散った。
なんで、どうして。
そう困惑する俺の目に、矢を放ち終えた一匹のゴブリンが視界に入る。
――あいつか。
「ちくしょう、朱音ッ!」
全速力で地面を駆ける。一瞬だけ音が遅れた。
しかし駄目だ。ボスゴブリンも好機とみたのか一気に朱音との距離を詰めていた。元々の距離が違いすぎる。
間に合わない。
「お嬢様っ!」
雪村さんがナイフを投げる。
切っ先はボスゴブリンの足元、その影へと突き刺さった。
外れた。
「――ゴッ!?」
なのに、なぜかボスゴブリンの体が前につんのめった。
まるで足だけが地面に縫い付けられたかのように。
なにが起きているのか知らないが、これなら間に合う。
俺は大斧を振りかぶり、一気に間合いを詰め――止まった。
屋根から落ち、木材の山に埋もれたままの朱音が目に映る。
俺はどうやら勘違いしていたらしい。全く余計なお世話だった。
俺の助けなど必要ない。
朱音はこの状況で、ずっと弓を構えていたのだから。
矢が放たれた。
――轟音。
「――ゴッ……」
ボスゴブリンの胸が、消えていた。
胸の向こうの景色が見える。
そして――ゆっくりとその巨体が崩れ落ちた。
俺はその死を見届けてから、朱音を落としたゴブリンまで跳ぶ。
頭を蹴り砕いてからボスゴブリンの亡骸に戻ると、朱音と雪村さんが困惑した表情で立っていた。
「……終わったな。傷は?」
「え、ええ、終わりました。傷は肩を掠めた程度ですよ、ほら」
朱音が肩を見せてくる。
掠った程度にしてはざっくりだ。
「雪村さん、朱音に水と消毒、あと包帯をお願いできますか」
「言われるまでもありません。お嬢様、上を脱いでください」
「い、いいって、これくらいすぐ治るし、先輩もいるし! それより今の! 今のなに!?」
朱音が話を逸らすようにまくし立ててくる。
確かにレベルの上がった体なら回復は早いが、ゴブリンが使っていた不衛生な矢で傷を負った方が問題だ。それを言うと俺はどうなんだといった感じだが、この際俺はどうでもいい。消毒だけでも済ませておきたい。
俺は雪村さんと目配せしてから後ろを向き、その場に座った。
「あ、ちょ、綾、い――〜っ」
「我慢してください」
痛がる朱音の声を聞きながら、俺は言う。
「さっきのすごい威力の矢と、ボスが動きを止めたやつだが、多分スキルだと思うぞ。ステータスを見てみろ」
「スキル? あ、そういえばまたレベルが上がったんでした。綾は?」
「私も上がりました」
「よかった……」
朱音がほっと一息吐いた。止めを刺したのは朱音でも、きちんと経験値は振り分けられていたらしい。その点は少し安心した。
雪村さんが消毒と包帯を巻き終え、朱音が服を整える。
それを待って俺が振り返ると、二人は同時に「ステータス」と唱えた。
【名前】 九重朱音
【レベル】 10
【ジョブ】 弓兵見習い
【種族】 人間
【称号】
【MP】 41
【力】 41
【敏捷】 27
【器用】 47
【精神】 34
【魔力】 19
【スキル】『???』
【魔法】
【名前】 雪村綾
【レベル】 10
【ジョブ】 隠密見習い
【種族】 人間
【称号】
【MP】 36
【力】 24
【敏捷】 65
【器用】 38
【精神】 23
【魔力】 18
【スキル】『???』
【魔法】
朱音が自分と雪村さんのステータスを見て、「うーん」と唸る。
「先輩と同じでジョブは生えてきましたけど、称号は何もありませんね。なんかちょっとショックです」
……気にするとこそこか?
軽い冗談だったらしい。朱音の表情が真面目なものになった。
「このスキル欄のはてな、先輩のものと全く同じですね。先輩の隠された力かと思ってあえて聞きませんでしたが、どういうことですか」
「隠された力とか、俺にそんなのがあるならもっと色々楽だったろうよ」
俺はため息を吐いて、少し言葉を濁した。
「俺も詳しく知ってるわけじゃない。というか俺も忘れてたくらいだけど……まぁ、多分、こういうことだろ」
俺は「ステータス」と唱え、可視化させた。
スキル欄にある『???』を眺め、あの時の感覚、光景を脳裏に思い浮かべる。
リジェネが消え、全身の力が右腕一本に全て集まるあの感覚。
ボスゴブリンを拳だけで鎧ごと貫通させたあの光景。
あの一撃を無難に表現するのなら、俺には一つしか浮かばない。
「……『正拳突き』」
その瞬間、ステータス欄の『???』が『正拳突き』へと変わった。
「は!?」
「……!」
二人の驚きの声を聞きながら、俺は軽く頷いた。
「やっぱりか。リジェネの時もそうだったし、スキルは本人が命名する必要があるみたいだな」
「どういうことですか!?」
朱音が唾を飛ばす勢いで詰め寄ってくるが、聞く耳は持たない。
どういうことも何も今言った通りのやった通りだ。それ以上何も知らん。実際そうなのだから受け入れるしかない。
朱音はしばらくわなわなと震えていたが、急に何かを悟ったようにピタッと止まった。
「は! ということは、私のこれも私が命名する必要があると? 私が命名してもいいということですか!?」
「そういうことだろ」
「――『神天撃滅穿孔壊砲』!」
何も起こらない。
朱音の『???』はうんともすんとも言わなかった。
「どういうことですか!?」
「知らない。知らないけど察しは付くぞ。威力に対して名前勝ちが過ぎるだろ」
「天墜滅神弓! 終焉断罪天矢! 神威滅殺天撃!」
色々試しているようだが失敗している。めげないのはいいことだ。
どうでもいいけど天好きだな。気持ちはちょっと分かるけどもうほっとこう。
俺は静かにステータスを眺めている雪村さんを見た。
「雪村さんはいいんですか。朱音はあの通りですけど」
「はい。私はもう名付けましたので」
早い。主従でこれほど違うのか。当たり前か。
雪村さんのスキル欄を見ると、そこには『影縫い』と記載されていた。
「こういったのには慣れていないので、分かりやすさを優先しました。その、如何でしょうか」
「良いと思います。雪村さんらしくて」
「私らしい、ですか?」
小首を傾げる雪村さんに、俺は頷いた。
「はい。とても大人で、クールな名前かと」
……あれ? 今の言い方めっちゃ気障じゃなかった?
ヤバい。時を戻すスキルが切実に欲しい。
しかし雪村さんは、そんな俺の言葉にも薄っすら微笑んだ。
「ありがとうございます、三橋様」
「……」
……気障でもいいや。
「はぁ……もう『ズドン』でいいです」
朱音のスキル欄にある『???』が『ズドン』に変わった。
……嘘だろこいつ。
まぁ、いい。
ちょっと危ない場面はあったが、最後には目的を達成した。
二人とも新しいスキルを手に入れた、これ以上ない成果と共に。




