第18話 ダンジョン攻略最前線本部(仮)
ダンジョンから帰還した俺達を待っていたのは、「おお!」という歓声だった。
見れば沢山の人がダンジョンの扉を前に待機している。自衛隊員はなぜか隊列を組み、重武装で待機していた。
……さっきまで二層にいたからギャップが凄いな。何が起きてるんだ。
「無事で何よりだ。よく戻ってきてくれた」
人垣を割って真壁さんが前に出てくる。
その顔はなぜか苦笑していた。
「それはいいが、時間ギリギリは心臓に悪い。もう少しで救助隊を派遣するところだった。次からは余裕を持って帰還してもらえると助かる」
「きゅ、救助隊の派遣ですか。それはすみません」
万全の装備だった自衛隊員は、どうやらそういうことらしい。
時間には間に合っているのだから悪いことをしたわけではないが、余計な手間と心配を掛けさせたのは事実だ。ずっと待っていてくれたのかと思うとなおさら申し訳ないと思う。
「あ、でもおかげで朱音と雪村さんがレベル5に上がりましたよ。物資も沢山持ち帰りました。どうぞ」
俺が魔石でギチギチになったリュックを掲げると、またもや「おおっ!」と歓声が沸いた。
今度は心なしか嬉しそうな「おお」だな。
「ありがとう。荷物はこちらで預かる」
真壁さんの言葉に従い、それぞれ自衛官が俺達から装備や荷物を受け取っていく。
俺の大斧も三人掛かりで抱えてなんとか持っていった。重いのは仕方ないので許してほしい。
「少し時間をもらってもいいだろうか。久しぶりにダンジョンへと潜った君達の所見を伺いたい」
「構いませんけど、先に着替えを済ませてもいいですか?」
朱音の言葉に、真壁さんが当然だと頷く。
「シャワーも用意している。先に汚れを落としてくるといい」
「おお、シャワーまで。ありがとうございます」
女性の自衛官に案内される朱音と雪村さんを見ながら、俺は立ちぼうけを食らっていた。
……着替え? 持ってきてませんけど?
そう思っていたら、どうやら着替えまで用意してくれているらしい。サイズを聞かれたので答えたら下着も含めて一式渡された。
……色々と申し訳ない。
シャワーと着替えを終え、朱音と雪村さんを待って応接室に案内される。既に真壁さんと知らない白衣の人、あとはノートを持ったお馴染みの人が待機していた。
話の内容はそこまで多くのものはない。
どこまで潜ったのか、久しぶりのダンジョンはどうだったのかと聞かれ、俺達は全てを正直に答えていく。白衣の人にはどことなく表情を観察されている気がした。医者っぽいし、PTSDでも疑っているのかもしれない。
あとは朱音が一層の雑草……薬草について説明していたが、なぜか半分ほど自社に持ち帰る権利を勝ち取っていた。俺も聞いていたけどなぜそうなったのかさっぱり分からない。なんかすごいなこいつ。
「……そうか。久しぶりのダンジョンで二層まで、か」
そう呟く真壁さんの顔は伺いしれない。
しばらく黙って考え込んでいたかと思えば、やがて顔を上げて俺達を見回した。
「これからも、協力してもらえるだろうか」
「もちろんです」
そう答えると、真壁さんは柔らかく笑みを浮かべた。
元々は真壁さん達からの依頼だけど、ダンジョンに潜りたいのは俺だ。
改めて言われるまでもない。
最後に俺は、テーブルにバッグを広げた。
「これ、俺が遭難していた時に持っていたバッグです。中には四人の遺品が入っているので、どうぞ」
「……遭難中にこれを?」
「何となく、です。あ、遺品はお渡ししますけどバッグは持ち帰ります。元々は俺のなので」
そう慌てて言うと、真壁さんは苦笑した。
しかし、すぐに真面目な表情で頭を下げてくる。
「――ありがとう」
そうして、俺達は応接室を後にした。
帰りも送迎していくと言われたが、俺も朱音達も丁重に断った。
ゲートを出て一般客で賑わう駅前に出た辺りで、朱音が大きく伸びをする。
「ようやく終わりましたね。見ましたかあれ。私たちが精神正常かチェックしてましたよ」
「白衣の人か? 大げさだな。トラウマになってないかとかその程度だろ」
「甘いですよ先輩。自分の立場を客観的に認識してください」
朱音曰く、「せっかく生還したのに嬉々としてダンジョンに潜る奴らですよ」と、俺達は認識されているらしい。トラウマどころかこちらが警戒される側だとも言われた。
「しかもレベル5以上。一般人どころか警察、自衛隊ですら単体じゃ相手にできません。その上でダンジョンというモンスターを殺害する異常環境に慣れた人とか、私だったら怖くて近づけもしませんよ」
「ということは何か、あの人は俺達を外に出しても大丈夫か確認してたってことか? ダンジョン以外、例えばこことかで急に暴れ出したりしないか、みたいな」
「そこまでは言いませんけど、警戒対象であることは確実でしょうね。悪い言い方をすれば犯罪者予備軍みたいな」
「は、犯罪者予備軍……」
なんて言い方をするんだ。滅茶苦茶ショックを受けたぞ。
でも、確かに一般人から見れば俺達は怖いのかもしれない。
……このまま悲しいモンスターにでもなっちゃうのかな。もしくは泣いた赤鬼。
「ま、まぁちょっと強い言い方をしましたけど、こうして外に出れている内は大丈夫でしょう。ね、綾?」
「はい。少なくとも監視されている様子はありませんのでご安心ください、三橋様」
ズレた慰め方をしてくれる雪村さんのおかげで、少し持ち直した。
少なくとも仲間が二人もいるのだから、それでいいか。
「そうだ。初めて三人で潜った記念ですし、せっかくなので打ち上げしましょうよ。先輩何が食べたいですか?」
空気を変えるように朱音が笑う。
気を遣わせてしまったかもしれない。
「何がって言われてもな。どこでやるんだ、ファミレスとか?」
「ファミレス!」
俺としては無難な店を言ったつもりなのに、なぜか朱音が目を輝かせた。
「いいですねファミレス! 行きましょう行きましょう、是非行きましょう!」
「お、おい。分かったから背中押すなよ。自分で歩けるって」
ハイテンションの朱音に急かされるまま、俺達は新宿駅からほど近いファミレスまで歩いていく。
朱音は店の外装を見上げるなり、謎にドヤ顔を浮かべた。
「ふふん。ここが大衆に圧倒的な人気を誇るファミリーレストランですね。いいでしょう、私が市場調査をしてあげます」
「いいから入るぞ」
「あ、ちょ、ちょっと待って、置いてかないで先輩っ」
店に入ると、外ではあれだけ強気だった朱音が借りてきた猫のように大人しくなった。
店員さんには必要以上に丁寧に接し、案内されたソファにちょこんと座る。注文用のタブレットはおっかなびっくりで、ドリンクバーに興奮していたけど飲むのは水だ。
俺は確信した。さてはファミレス来るの初めてだな?
……まぁ言うまい。お嬢様だしな。
それとメイド服目立つかと思ったけど二度見はされないな。流石新宿だ。
「……おお。これがファミレスのパスタですか。中々いけますね」
「お嬢様、お行儀が悪いですよ」
「郷に入っては郷に従え、これがファミレスのマナー。ね、先輩」
「……そうだね」
朱音はたらこパスタ。俺は無難にハンバーグ。雪村さんはサラダをそれぞれ口に運ぶ。
朱音は最初にポテトを頼もうとしていたけど、雪村さんに「あまりジャンクなものは駄目ですよ」と叱られていた。
ちなみにだが、俺は何が行儀悪かったのか全く分かっていない。
静かに料理を食べ終えて、俺は食後のお茶を飲む。
朱音も丁寧に口元を拭いて、一息吐いていた。
「改めてお疲れ様でした。綾もお疲れ様」
朱音の労いに、俺と雪村さんがそれぞれ返していく。
朱音はにっこり笑って頷いた。
「室長にも聞かれましたけど、実際久しぶりに潜ってどう思いました?」
「どうって、さっきと変わらないよ。特に何とも思わない」
「それはダンジョンの感想ですよね。そうではなくて、潜る前と潜った後、先輩の心境に何か違いはありますか?」
俺は思わず苦笑した。
回りくどい言い方しないで、最初からそれを聞けばいいのに。
「正直よく分からないな。一度行けば満足するかとも思ったけど、そうじゃないし。また行こうと自然に思える。ただ、悪い気分じゃない。朱音は?」
「私も悪い気分ではありませんね。綾は?」
「お嬢様が笑顔になられて良かったと思います」
雪村さんだけなんか違うけど、まぁいい。
それに朱音にもはぐらかされた気がするしな。
「よかった。では、またこの三人でダンジョンに潜るということでいいですかね」
「その件で、私から一つよろしいでしょうか」
珍しいことに、雪村さんが朱音の言葉を遮った。
雪村さんは少し周囲を気にするように口を開く。
「マッピング機能を搭載したスマホを使用したまま、私のレベルは5に上がりました。その際の数値の伸び率は前と変わりありません。この程度の機能であれば、悪影響はないと考えてよろしいかと」
「本当に? やった」
朱音が笑顔を浮かべて喜ぶ。俺も嬉しい。
マッピング機能が使えるのなら、ダンジョン攻略が非常に捗る。もう一層の時のようにノートに地図を描くような真似はしなくて済むのだ。
残念だけど、俺は伊能忠敬にはなれなかったよ。端から無理だけど。
しかし、雪村さんの次の一言で朱音の笑顔が凍り付いた。
「つきましては、自衛隊から更に装備を貸与し、どこまで許されるか試そうかと――」
「それは駄目」
朱音の聞いたこともない冷たい声音に、一瞬喧騒が静まった気がした。
心なしか雪村さんを睨んでいるようにも見える。
「綾は私達とパーティを組んでるんだから、自分から不利になるようなことは絶対しちゃ駄目。今回許したのだって、先輩がそれくらいなら大丈夫だと思うと言ったから。それ以上は許さない」
「差し出口だったようです。申し訳ございません」
雪村さんが頭を下げると、朱音が表情を和らげた。
「そういう検証は人手の多い政府にやってもらいましょう。私達がやることではありません。ね、先輩」
「……まぁ、そうだな」
朱音の言うことにも一理ある。確かにそっちの方が効率的だ。
でもあれだな、朱音ちょっと黒いな。
少し気まずい空気になった俺たちに、店員さんが「お待たせしましたー」と山盛りポテトフライを置いていった。
……頼んでないけど?
雪村さんの視線が、ポテトと朱音をゆっくり往復する。
「……お嬢様?」
「い、いいでしょう、せっかくファミレスに来たんだからっ!」
「……はぁ、今回だけですよ」
呆れたように雪村さんが折れると、朱音が嬉々としてポテトをつまむ。さっきまでの雰囲気が嘘みたいに楽しそうだ。
どうでもいいけど、指でつまんでるのになんでそんな上品に見えるわけ? マジでどうやってるの?
「とにかく、次もまたその次も三人で行きましょう。いいですね」
「俺は望むところだよ」
「私もお嬢様に従います」
その返事に満足したのか、朱音はポテトを一つ摘まんで口へ放った。
「よかった。では次はいつにしましょうか。明日ですかね?」
「明日は学校だぞ」
「分かってますけど、早くレベルを上げたいじゃないですか。じゃあいつにします? あさって?」
「明後日も学校だろ。無難に次の土日じゃないか」
「それだと週に二回しか潜れませんよ」
朱音が拗ねたように唇を尖らせる。
何当たり前のことを言ってるんだ。そりゃそうだろ。
「学生の本分は勉強だろ。平日は勉強しとけよ」
「おっと、赤点ギリギリの人が何か言ってますね」
「……なんで知ってるの?」
朱音にはもう前科しかない。それも探偵とか使って調べたのかと警戒していたら、なぜか朱音の表情がぴたりと固まった。
「……え、嘘。勉強教えてあげましょうか?」
俺は目の前が真っ暗になった。
違う、違うんだ。前の期末は遭難してた時の範囲がほとんどだったんだ。あれは仕方ない。いつもはちゃんと平均点くらいは取ってるんだよ。
「ま、まぁ学校もダンジョンに潜ってるという理由で成績は保証してくれないでしょうし、週二でも仕方ありませんね。ええ、仕方ありません」
「それが妥当かと。政府も未成年をなるべく危険地帯には行かせたくないでしょうから」
二人のフォローが恥ずかしい。俺のプライドは粉々だ。
こういう時はもう、黙ってお茶でも啜ってよう。
しばらくそうしていたら、朱音が思いついたように声を上げた。
「そうです、拠点作りましょう!」
「……は?」
「はじゃありません。拠点ですよ拠点。週二しか潜れないなら、時間が勿体ないじゃないですか。時間は有効に使わないと」
よほど興奮しているのか、朱音がテーブルに身を乗り出した。
「どうして今まで思わなかったのでしょうか。いえ、まだ全然間に合いますね、むしろこれからです。そうと決まれば早速動かないと!」
「待て待て。どういうことだよ。なんでそんなことになった?」
「今言ったじゃないですか。時間を有効に使うためですよ」
言ってたけど、意味が分からない。
なんで時間を有効に使うことと、拠点作りが結び付くんだ?
「必要か、それ」
「必要ですよ。先輩わかってませんね」
朱音は俺に、滾々と拠点の有用性について説いてきた。
今後の方針を決める会議、重要物を保管する場所、地図や資料の整理等、やれることはいくらでもあるらしい。
「それに、拠点はあることに意味があるんです!」
「作りたいだけだろそれ」
どうするかな。正直必要性をあまり感じない。
確かに朱音の言うことにも一理あるけど、そういうのは全部真壁さんに言えば解決する気がする。頼りにし過ぎるのも問題だけど、ダンジョンに絡むことを勝手に決めていいとは思わない。
やっぱボツかな。
そう一人で判断していると、朱音が上目遣いで俺を見てきた。
「お願いします、先輩。拠点作りたいですっ」
……ズルくない?
まぁ、中学生らしいお願いと思えば大丈夫か。
仕方ない。
「わかったわかった。じゃあ作るか。どこの公園にする?」
「小学生の秘密基地ですか! もっとちゃんとしたのを用意しますよ!」
「用意?」
そう訝しむと、朱音が自信満々に胸を張った。
「ふふん、綾がいるので大抵のことはできますよ。全てこちらに任せてください」
「……何する気か知らないけど、朱音が作りたいって言った拠点だしな。やりたいなら任せるよ」
なぜ雪村さんが関係するのか分からないが、任せると言った以上俺は結果を待てばいい。
その後は軽い雑談をして、最後に朱音がデザートのアイスを食べてから解散した。もちろん雪村さんに怒られていたが、「レベルが上がった体なら大丈夫」と意味不明な供述を繰り返していた。真偽は不明だ。
ちなみに俺は、無事に戻ったことを家族に連絡していなくてしこたま怒られた。
……次から気を付けよう。
ダンジョンに潜った後も、当たり前のように日常は続いている。
翌日も普通に学校に通い、また次の日も同じ。
あっという間に一週間が過ぎた土曜日の朝、俺は少し憂鬱な気分になっていた。
ダンジョンに潜るのが嫌になったわけではない。
俺は昨日、何気なく見た銀行口座の数字を脳裏に思い浮かべた。
預金残高:三百二十一万五千円也。
……高すぎ。
素材売却代を振り込む口座を、強制的に作らされた時から嫌な予感はしていた。だが、これほどの大金が振り込まれるとは思っていなかった。
確かに真壁さんから説明は受けていた。危険手当とかも含まれているし、希少素材だから最初は金額も大きいが、徐々に落ち着いてくるだろうと。
けれど振り込まれるお金は既に三等分されたあとだとも言われていたから、せいぜい十万くらいかな? と思っていたのだ。それが三百万とは、まったく想像もしていなかった。
……正直に言って、怖すぎる。
たった一回の探索で、こんなにお金を渡して何がしたいのだろうか。学生が扱う金額じゃないし、今後もダンジョンに潜る度に振り込まれると思うと素直に気後れする。贅沢な悩みなのは理解しているが、やましいことでもしている気分だ。
悩んでいても仕方ないし、まずは朱音に相談しよう。丁度これから会う予定だ。
俺は住所が記載された朱音からのラインを見て、軽く息を吐いた。
待ち合わせ場所はダンジョンから数分ほど歩いた場所にあった。
新宿駅からも丁度それくらいで、目的地には雑居ビルしか並んでいない。繁華街とオフィス街の丁度中間といったところか。
朱音はもう先に着いているらしいが、指定のビルを見てもそこに姿は見えなかった。
住所にはビルの名前に一階と書かれている。
しかし一階はシャッターが降りていて、テナント募集中の紙が貼ってあった。
……まさか、中にいるってことか?
いやいやまさか、とは思いつつ従業員用の扉をノックした。朱音なら有り得る。
案の定、中から「開いてますよー」という軽い声が聞こえてきた。
……ほらやっぱり。
扉を開けると、朱音が得意げな笑みを浮かべていた。
「ようこそ。いえ、あえて言いましょう。お帰りなさい、先輩。ここが私達の拠点です」
朱音が何もない空間で仁王立ちしている。雪村さんが俺に向かって軽く一礼してきた。
色々言いたいことはあるけど、何から言おうか。
「……拠点て、借りたのか? どうやって」
「綾に賃借人になってもらいました。いやー、成人してると便利ですね。私も早く大人になりたいです」
どうしよう。ツッコミたいことが更に増えてしまった。
雪村さんがいれば大抵解決するってこのことか。
見れば雪村さんは平然とした様子で立っている。特に思うところはないらしい。
……メイドの業務って、テナントの賃借人になることも含まれるのか。ブラック過ぎる。
「本当に借りちゃったのか、ここ」
「本当に借りましたよ。駄目でしたか?」
「いや、ただ、学生の遊びで済む範囲じゃないなと思って」
「遊びではありませんよ、失礼な」
朱音が心外だとばかりに頬を膨らませる。
「私達パーティの拠点なのですから、ダンジョン攻略最前線本部(仮)といったところでしょうか。どうです、ぴったりでしょう?」
違う。そういう意味じゃない。
俺は勝手に漏れた笑いをこぼし、朱音に言った。
「……まぁ、任せると言ったのは俺だからな。ただ一つ言わせてもらえるなら、正直舐めていたよ。せいぜい学校の空き教室程度かと思ってた」
「ふふん。私の本気を甘く見てもらっては困りますね。これくらい序の口です」
「お金はどうした。社長令嬢の力か?」
「言い方。確かにパパからお金を借りましたけど、すぐに返しましたよ。ここは私達の拠点なので、ダンジョンに潜って得たお金だけで運用すべきです。違いますか?」
「違わない。なるほど、だからか。朱音にしては狭いと思ったよ」
俺が納得していると、朱音が薄っすら微笑んだ。
「今は、ですよ」
……どうやら拡大させる計画があるらしい。
聞きたいやら聞きたくないやら複雑な気分だ。
「パーティで運用するなら俺も出すべきだな。急に入ってきた大金の使い道にも困ってたし、丁度いい」
「先輩が乗り気になってくれたようで何よりです。でもそういった細かいことは後で決めましょう。それより、どうです?」
朱音が大きく手を広げる。俺も改めて室内を見回した。
十畳ほどの部屋に青いタイルカーペットが敷かれ、白い壁と蛍光灯だけが妙に真新しい。置かれているのはパイプ椅子が三脚だけ。
それ以外は、本当に何もない。
「……ああ、悪くないな」
「ふふん。でしょう?」
朱音が勝ち誇ったように、いたずらっぽく見上げてくる。
わかった。俺が悪かったからこっちを見るな。
確かに、こういう場所はあることだけで意味がある。
「お嬢様、三橋様。ご歓談のところ申し訳ありませんが、そろそろ掃除を始めてもよろしいでしょうか」
「あ」
雪村さんの言葉に、俺と朱音は顔を見合わせた。
……秘密基地作りというのは、意外と現実的なところから始まるらしい。




