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現代ダンジョン黎明期  作者: つくしー
第一部 どこにでもいる高校生
19/40

第17話 置いてきたもの


 ホブゴブリンを倒したことで、この場に階段と扉が現れた。


 健闘を称え合う二人を見ていると少し疎外感を覚えるが、俺はオタクなので「俺も混ぜてよ」と万死に値するようなことは言わない。ただ存在を忘れられるのも癪なので、軽く咳払いくらいはしておく。


「あ、先輩、お疲れ様です。すみません、ボス譲ってもらって」

「いや、それくらい構わない。それよりどうだった」

「前よりレベルが上がってますし、先輩もいたので楽に戦えました。前衛がいるとやっぱり違いますね」


 朱音がそう言って笑みを浮かべる。

 俺はホブゴブリン戦がどうだったのか聞いたのだけど、まぁいい。

 特に言うことがないなら、問題ないということだろう。


「お嬢様、魔石を回収いたしました」

「おお、ホブゴブリンの魔石はやっぱり大きい。高値付くかな?」


 ホブゴブリンの魔石は通常のゴブリンと違い、一段階大きくて手の平サイズになっている。投擲武器としても結構良さそうだと考えるのはおかしいだろうか。


 ……というか、お嬢様が査定額を気にするとは思わなかったよ。


 ちなみにだが、魔石は心臓付近をくり抜かないと手に入らない。

 取り出したら死体が消えるとはいえ、その作業は結構面倒だ。率先してやってくれる雪村さんにはとても助かっている。

 女性がゴブリンを解体するというのは、まぁ今更だろう。


 朱音は魔石をリュックに放り込むと、一息吐いた。

 そして現れた扉と階段を一瞥する。


「扉は出口。階段は二層への入口。その認識でいいですね?」

「その認識で合ってる。それがどうした?」

「いえ、共通の認識か確認したかっただけです」


 朱音が自衛隊から貸与された腕時計型生体モニターを眺める。

 俺も何となく覗き込むけど、数字がいっぱいで分かりにくい。


「まだ昼過ぎですね。定められた時間まで四時間以上あります。さて、どうしましょう」

「お嬢様、私は一度帰還することをお勧めします」

「どうして?」


 朱音の質問に、雪村さんは目を見て言った。


「時間が中途半端なこと、お嬢様の荷物が既にいっぱいなこと、初探索で無理をする必要がないこと。挙げればキリがありません。特に二層は私達にとって鬼門です。十分に準備してから臨むべきかと」

「ですって、先輩。どうします?」


 あくまで俺に決めさせたいらしい。

 確かに雪村さんの言う通りだけど……。


「ごめん、時間が残ってるなら俺は行きたい」

「その理由はなんでしょう?」

「三人で二層の空気に慣れておきたい、というのもあるけど、一番は俺が行きたいだけだ。けど無理なら諦めるよ」


 朱音が見るからに苦笑している。

 雪村さんは難しそうに眉を寄せていた。


「そう言われると、無理とは言いにくいですね。中途半端とはいえ時間もあるし、私のリュックはいっぱいですけど、先輩と綾にはまだ余裕がありますので」

「……お嬢様」

「先輩の言う空気に慣れるというのも、ズルズル引き延ばしにするのはよくないと捉えれば、まぁ一理あります」


 朱音はぽんと手を打った。


「では二層に行きましょうか。ですが先に方針を決めさせてください。二層は一層ほど悠長にしていられませんので」

「……ごめん、無理言ったみたいで」

「全然ですよ。私も二層のトラウマは早く克服しないとと思っていたので。勢いで行っちゃった方がいいかなって」


 そう恥ずかしそうに笑い、朱音は指を二本立てた。


「私が思う方針は二つです。一つは真っ先に出口を探しましょう。いつでも逃げられるようにする為です。いいですね?」

「いいけど、見つからなかったら?」

「見つかるまで探します。ボスを倒して出ればいい、なんて考えは無しですよ」

「俺一人ならともかく、二人もいるのにそんなこと思わないよ」

「一人なら思うんですね……」


 一人なら思うだろう。それが確実な道なのだから。

 それも安全な出口が見つからなかった時の話だ。今考えても仕方ない。

 朱音は気を取り直すように続きを言う。


「二つ目はお願いです。今先輩が言ったように、一人ならという考え方を私達はしてほしくありません。ですがレベル差がありますので、それも仕方がないです。なので、出口を見つけたらその周辺でレベル上げをさせてもらえませんか?」


 朱音のお願いに、俺は二つ返事で頷いた。


「それくらい構わない」

「すみません。状況次第ですが、できれば今日中にレベル5までいきたいですね」

「急ぐ必要はないだろ。ゆっくり上げればいい」

「いいえ、一層で思い知りましたよ。私も綾もこのままでは先輩のお荷物です。少しでも早くレベルを上げないと」


 何を見て思ったのかは知らないが、朱音が渋い顔をしている。

 雪村さんはそんな朱音を心配そうに見つめていた。

 

「俺は一緒にいてくれるだけで十分だけど」

「……もしかして口説いてます?」


 焦る必要はない。一人じゃないだけで素直に嬉しい。

 そう思って言ったのに、朱音はいたずらっぽい笑みを浮かべていた。


 ……カチンときたぜ。


「ダンジョンで一人は寂しいんだ。朱音に分かるか? 二ヶ月以上一人でさまよった俺の気持ちが。人だと思ったらゴブリンだったんだぞ。寝るのも怖かったくらいだ、このまま目が覚めないんじゃないかってな」

「あ、あの、先輩?」

「いいや、朱音には分からないだろうな。雪村さんと一緒だった朱音には分からない。誰でもいいから、誰かと話したかった俺の気持ちはな」

「すみません、なんでそんな怒ってるのか分かりませんが、すみませんって。からかって悪かったですよ、もう」


「そんな怒る?」と朱音が困惑した表情を浮かべている。

 まだ分からないのかと思っていたら、雪村さんがため息を吐いた。


「今のはお嬢様が悪いですよ。三橋様は本心から言っておいででした」

「本心から寂しかったってこと?」

「はい。他意はなさそうでしたよ」


 ……冷静に分析されるとなんか恥ずかしいんだけど。

 

「そっか。すみません、先輩。今度からなるべく一緒にいましょうね」

「い、いや、分かればいい。それより早く二層に行こう」


 何となく目を合わせづらくて、俺は二層への階段に向かった。

 

「先輩、まずは腹ごしらえですよ。お弁当作ってきてますので」

「……」


 二重に恥ずかしい思いをしながら、俺はお弁当を受け取った。

 雪村さんのお手製らしく、とても美味しい。





 お弁当を食べ終えて、俺達は二層へ降りた。

 暗闇から出たあとの太陽が眩しい。目を細める。


 ……本当に懐かしいな。


 一層の時も思ったけど、二層はなおさらそう思う。どちらかというと一層は嫌な思い出の方が多い。初めてゴブリンを殺したし、殺されかけたし、主食は芋虫だった。


 それに比べれば、二層は良い思い出の方が多かった気がするな。

 あくまで比較的、だけど。


「どうした、朱音。雪村さんもどうしました?」


 しかし、懐かしんでいたのは俺だけだったらしい。

 二層に降りた途端、朱音と雪村さんの表情が見る間に険しくなっていった。

 そういえば、二層は鬼門だとかトラウマだとか言ってたような。


「……いえ、二層には嫌な思い出しかないだけですよ。お気になさらず」

「気になるだろそんな顔されたら」

「本当に大したことじゃないですって。ライオンみたいな肉食獣に乗ったゴブリンに四六時中追い回されただけです。夜も必ずと言っていいほど襲撃されたので、ろくに眠れなかっただけですよ」

「四日ほど不眠不休で動き回り、もう駄目かと思っていたところで地上への扉を見つけました。三橋様には感謝してもしきれません」


 ……そう。


 この二人も結構ハードなことしてたんだな。


「けど、必ずと言っていいほど夜襲か。空白地帯じゃなくて、ゴブリンライダーの巡回範囲にいたんだろ。運が悪かったな」

「巡回範囲? というか先輩、ゴブリンライダーって……安直ですね」

「いいだろ別に。安直な方が覚えやすいんだよ」


 それにしてもライオンみたいな肉食獣か。本当に懐かしい。

 獅子丸のやつ、元気にしているだろうか。


 ……呼べばくるかな?


「それで先輩、巡回範囲というのは……先輩?」


 ビュイーー、と、指笛の音が高く響き渡った。

 やったのはもちろん俺だ。


「は!?」

「三橋様何を!?」


 獅子丸は俺の指笛一つですぐに駆けつけるように教育している。

 二人は焦ったように周囲を見回しているが、そう慌てるものではない。

 しばらく待っていると、風が吹き、臭いが俺に届いた。獣の臭いだ。

 次に音が俺の耳に聞こえてくる。ダッダッと荒野を駆ける足音はライオンそのもので、俺の次に聞こえた雪村さんが顔を強張らせた。


 俺の胸に、まさかという思いが満ちていく。

 確かに来るかなとは思ったけど、二層は広い。

 聞こえる範囲にいると思わないし、駄目で元々でしかなかった。

 

 ……嘘だろ、本当に?


 荒野の向こうに影が現れる。俺は思わず叫んだ。


「獅子ま――……る?」

「グキャッ!」


 現れたのは、ゴブリンライダーだった。普通の。


 ……まぁ、そりゃそうか。


「だよね」

「先輩馬鹿ですか!? 敵を呼び寄せてどうするんです!?」

「お嬢様お逃げください!」


 雪村さんが朱音の前に立ち、守るようにナイフを構えた。

 朱音も戦う気のようで背中から大弓を取り出している。


 ……なんかごめん。


「いや、待て待て。お誂向きに三騎いるだろ。丁度良い」

「先輩何を、」


 朱音の質問には答えず、俺はポケットに入れていた魔石を投擲した。狙い違わず騎上のゴブリンだけを一匹殺す。

 

「ギャ!」


 他の二騎も騎上から矢を放ってくるが、二匹程度では相手になるはずもない。俺が何十騎のゴブリンライダーと乱戦をしてきたと思っている。

 接近し、拳で胸を貫き、頭蓋骨を蹴り砕いた。

 騎手を失ったライオンも頭を掴み、地面に強く押し付ける。

 暴れるライオンには腹に蹴りをくれてやった。これで良し。

 

 そして、その背中に俺は乗った。


「ん? なんでか前より大人しいな。レベル差が分かるのか?」


 初めて獅子丸に乗った時はもっと暴れたし、言うことを聞かなかった。それなのに今回は素直に服従している気がする。

 レベルか、単純に力の差が分かるのか。

 どちらにせよ都合が良いな。


「ほら朱音、早くもう一頭に乗れよ。雪村さんも乗ってください。二層はこいつで移動するのが一番効率的です」

「……………………えぇ」


 なんだその目は。

 かつてないほど引かれてる気がする。

 かと思ったら、朱音がはっとしたように頭を振る。次の瞬間には好奇心に満ちた目を見せていた。


「なるほど。その発想はなかったかも。これも先輩が二層を攻略できたカラクリかもしれない。でも普通ゴブリンからライオン奪おうと思うかな、馬じゃないのに」

「おい聞こえてるぞ。いいから早く乗れ」

「あ、はい」


「ていっ」と気合を入れて跳び、朱音がライオンの背中に跨る。

 その途端、伏せっていたライオンが暴れ出した。


「グルルルゥ!」

「わっ、せ、先輩、これ、無理、」

「無理じゃない。ケツでも背中でもいいから全力で叩け。大人しくなるまで叩き続けろ。矢でぶっ刺してもいいぞ」

「野蛮! 先輩野蛮過ぎっ! わっ」


 振り落とされそうになった朱音が、「この!」と背中に拳を落とした。

 まだ暴れているが、少しは勢いが弱まったことに感触を得たらしい。何度も叩き続けて頑張っている。


 ……朱音はもう放っておいても大丈夫そうだな。


「雪村さんも早く乗ってください。そろそろこいつら回復します」

「……は、はい」


 おっかなびっくりという言葉が似合うほどに、雪村さんが最後の一頭に近付いた。

 念を入れて最後まで暴れた奴は俺が乗っているけど、例の通り最初は大人しくても背中に乗ると暴れてくる。

 それでも乗ってしまえば何とかなったのに、雪村さんはその手前で躓いてしまった。


「グルルルゥッ!」

「……っ!」


 伏せっていたライオンが、急に唸り声を上げて威嚇してきた。

 雪村さんが驚いたように立ち止まる。

 それを好機と捉えたのか、奴は脇目も振らずに逃げてしまった。


「も、申し訳ございません。私は、こういうのは……」

 

 言葉通り、非常に申し訳なさそうに雪村さんが項垂れた。


 ……まぁ、いきなりライオンに乗れと言われても、か。


 仕方ない。


「朱音、そっちはどうだ。雪村さんを同乗、」

「無理です! 先輩の後ろに乗せて!」

「……だ、そうです。どうぞ、雪村さん」


 未だ格闘している朱音の叫びに苦笑し、俺は雪村さんに手を差し伸べた。


「は、はい」


 またもおっかなびっくりと雪村さんが俺の手を掴む。

 俺もまたその手を握り返し、勢いよく引き上げた。

 その瞬間、ライオンが軽く身震いする。


「きゃ」

「――……」

 

 息が止まるかと思った。

 背中に当たる柔らかい感触と、耳元で聞こえた可愛らしい声。

 この同時攻撃に、俺の心臓がとてつもない勢いで早鐘を打った。


 ……今の卑怯じゃない?


「す、すみません、驚いてしまって」

「い、いえ。全然。全然大丈夫です」


 声が上擦ってしまった。情けない。


 でもこれはずるいだろう。メイド服を着た変な人だけど年上の美人には変わりないのだから。むしろ慣れた今ではメイド服込みで魅力的に見えるから困る。というか大分着痩せしてますね。


 ……待て。俺は一応リーダーなんだ。


 色香に惑わされたせいで朱音のことを忘れていた。大丈夫か。

 思い出したように周囲を見ると、朱音は既に走っていた。


「わはー乗れた乗れた! 行けーラナインフェルト! 駆け回れっ!」

「グルルルゥッ!」


 調教したあとは波長が合ったのか、早くも朱音がライオンを乗りこなしている。俺の目から見てもラナインフェルト? は朱音の言うことを聞いているように見えた。

 俺の時は大分苦労したのに。少し理不尽を感じる。

 いや、ここは意外と順応が早い朱音を褒めるところか。

 それはともかく、オスなのかメスなのか分かりづらい名前を付けるな。


「行きましょうか、雪村さん。朱音は大丈夫そうです」

「は、はい。お手柔らかにお願いします」


 朱音の後を追うように走り出し、俺達はすぐに追い抜いた。

 どうやらライオンへの騎乗は俺に一日の長がありそうだな。



 二騎三人でしばらく二層を駆け回る。

 二騎ほどゴブリンライダーとすれ違ったが、どちらも俺の投擲と朱音の弓で仕留めることができた。

 流鏑馬とは勝手が違うはずだが、騎乗しながらでも朱音の命中率はほとんど落ちていない。だが本人は不満らしい。

 もっと練習しないといけないとボヤいている。


「それにしても、よくゴブリンから騎獣を奪おうと思いましたね。何か自分でも乗れると思った確信でもあったんですか?」

「確信とか大げさなものじゃない。ゴブリンでも乗れるなら、俺でも乗れると思っただけだよ」

「……それだけですか? それだけなら先輩の思考回路はゴブリンに酷似してると結論付いちゃいますけど」

「やめろふざけんな」


 確かにダンジョンに潜っていた時は軽く心がゴブリンだったけど、今は違う。

 俺はもう人間性を取り戻している、と思う。なので風評被害に繋がりそうな結論は止めてもらいたい。

 俺は軽くため息を吐いて、朱音を半目で見る。


「それだけじゃなくて、ライオンは情でゴブリンに従ってるわけじゃないって分かったからだよ。なら解放してやれば俺の味方になるかもしれないと、普通思うだろ」

「いいえ思いませんけど。でもそうですか……なるほど」


 朱音は考え込むようにしばらく黙った。

 かと思えば、突然吹っ切れたように両腕を大きく広げる。


「風が気持ちいいです。空気は美味しいし、景色も雄大で。二層はこんなにも大きくて綺麗だったんですね。知りませんでした」

「……そう。よかったね」

「他人事ですねー、まぁいいです。先輩のお陰で二層のトラウマが消えた気がしました。この大自然の前では、私の恐怖などちっぽけなものです。ゴブリンさえいなければ完璧ですね」


 朱音が何やら悟ったようなことを言っている。

 初めて海を見たようなものかな。視野が広がった、みたいな。

 俺も獅子丸に初めて乗った時は似たようなことを思ったし共感してやりたいが、悪いけど今の俺にそんな余裕はない。


「……っ」


 雪村さんが、俺の背中にひっついているからだ。

 ライオンは車と違って大きく揺れる。段差も何もない場所でも当たり前のように揺れる。揺れるというか、跳ねる。その度に雪村さんが強く俺にしがみつき、何とは言えないが俺の背中に押し付けてくるのだ。


 朱音との会話? もう忘れたよ。


 ……ちょっと役得だなとか全く思ってないよ。本当だよ。


「先輩、どこ向かってるんですか?」

「は? あ、ああ。なんだ?」

「なんだじゃありませんて。ちゃんと聞いてくださいよ、もう」


 朱音の膨れっ面にバツの悪い思いをしつつ、俺は答えた。


「ちょっと確かめたいことがあってな。悪いけど付き合ってくれ」

「確かめたいこと?」


 朱音の疑問には答えず、俺は景色を眺めて目を細める。

 出てきた場所の運が良かったのか、それとも俺が想像以上に探索範囲を広げていたのか知らないが、この景色には見覚えがあった。

 二層には行けるなら行きたいと思っていた場所がある。

 見覚えがあるのなら、当然道も覚えていた。


「まぁ何でもいいですけど、方針を覚えていますか。まずは出口を探しましょうよ。それからでもよくないですか?」

「探すって言ってもな、これでも探してる。当てはあるのか? あるならそっちに向かうけど」

「いえ、ありませんけど……」


 朱音は不満そうに唇を尖らせている。方針をいきなり覆すようなことをすればその不満も当然かもしれない。

 ただ、これは一応その方針に則っている。


「大丈夫だ。これから行くところには出口がある可能性が高い。あくまで可能性だけどな」

「本当ですか?」

「ああ。それより戦闘になるかもしれないから備えておいてくれ」

「……分かりました」


 朱音は納得したのか頷いて、表情を少し引き締める。

 着いてないからまだいいんだけど。


「それにしても、先輩はやけに二層に詳しいですね。まるで自分の庭みたいに動いてます」

「そうか? まぁ運が良かったな。出てきた場所をたまたま知ってた」

「ふーん」


 ……なんだよ。それ以外本当にないよ。


 俺は朱音の視線から逃げるようにライオンを急がせた。






 ライオンを走らせ小一時間ほどで、俺達は目的地に到着した。

 目的地は、ゴブリン集落。

 俺が一月ほど前に、ボスを倒して帰還した場所だ。


「……なんです、ここ」


 朱音が得体の知れないものを見たように呟く。

 その目は薄気味悪さを隠せていなかった。


「……すごいですね。まるでゴブリン達が町を作ってるみたいです」

「みたいじゃなくて作ってるんだ。前はもっと立派な集落だったよ。だけど復興が随分早いな」


 ゴブリン達が複数集まり、集落を復興しようとしている。

 ボスゴブリンの姿は見えないが、指揮しているゴブリンは遠目からでも見られた。そいつを中心にしてそれぞれ動いている。家々はもう数軒建ち並んでいた。


 ……生き残りか知らないが、面倒な真似を。

 

「先輩、詳しく知ってそうですね。教えてもらっても?」

「詳しくも何も、ここは元ゴブリン集落だ。二層のボスがいたところだよ。俺はここから帰還した」

「なるほど、だからここに出口があると思ったんですね。二層の攻略は集落を落とさないといけない、というわけですか」

「そこは知らないけど、多分そうじゃないか。ボスがその辺歩いてるとも思えないしな」


「確かにそうですね」と、朱音が苦笑する。


「見る限り復興作業といいますか、ゴブリンの数はそこまで多くないですね。元はどれだけいたのでしょう」

「元か。ゴブリン千匹にライオン数百頭くらいか? 全てが戦闘員てわけじゃないけど、それくらいだったな」

「せ、せん? すうひゃく?」


 朱音が盛ってます? という疑いの目で見てきた。

 残念ながら盛ってない。


「よ、よく落とせましたね。正直信じられません」

「ああ、運が良かった。うまい具合に火が広がってくれたよ」

「火? まさか放火!?」

「放火はしたけど、ボヤ程度で済むはずだったんだよ。でも油に引火したのか爆発してな。ほら、谷風もあるだろ? 炎が竜巻みたいになってて綺麗だったよ」

「純度百パーセントの放火魔じゃないですか」


 別にいいだろ、ダンジョンだし。相手はゴブリンだぞ。

 見れば雪村さんも引いていた。表情は変わらないけど、物理的に。


 ……もういい。


「放火魔で結構だ、おかげで生き延びることができたしな」

「すねないでくださいよ、先輩。ほら綾も」

「三橋様、問題ありません。三橋様が二層で何をしようと、それは全て私達の助けになっていたのですから。なので放火でも略奪でも私達は気にしません」


 ……それはフォローになっているのか?


 というか略奪は結構してる。

 俺は軽く息を吐いて、復興作業を続ける集落を眺めた。


「慰めてくれなくても大丈夫だ。それよりこの集落落とすけど、どうする」

「……どうするとは?」

「数は少ないけど、囲まれる恐れがある。危険が伴う。俺一人で落としてきてもいい」


 そう確認を取ると、朱音が即答した。


「私達もやりますよ。ここで見ているだけではレベルは上がりませんから」

「そうか。まぁ危なくなったらライオンに乗ってくれ。いつでも逃げられるようにな」

「ラナインフェルトです」

「ラナインフェルトに乗ってくれ。行こうか」


 そろそろ慣れただろうと、朱音の後ろに雪村さんを乗せる。

 名残惜しいとか思ってない。身軽にはなったと思う。

 ただ、そうだな。

 このやり場のない悲しみを、ゴブリン共に向けるとしようか。






 ――集落落としはあっという間に終わった。


 奴らにはボスがいない。ライオンもいない。戦闘準備もできていない。

 対してこちらはレベル10の俺と、レベル4が二人。さらに機動力に優れたライオンまでいる。

 朱音の弓で制圧し、雪村さんが人知れずゴブリンを始末する。

 俺は真正面から大斧一本で全てを叩き潰した。


 当たり前のことを当たり前にしているだけで、戦闘は終わった。

 今は魔石集めという戦後処理をしている。


「……あった」


 俺は派手に壊した建屋の中を見て、思わず呟いた。


 ……遭難していた時に持っていた、俺のバッグ。


 ここに置きっ放しにしていたのだから、あるかなとは思っていた。けどゴブリンも復興作業をしていたし、そのまま残っている確率は低いと思っていたのに。


 中を開けば、俺が回収していた遺品がそのまま残っている。ライターや水筒、布類は無くなっているが、身元証明ができるようなものは揃っていた。


「なるほど。先輩はこれを回収したかったんですね」


 俺の後ろから中を覗いていた朱音が、そう静かに言う。


「自分も遭難していたのに、他人の遺品も集めるなんて。すごいですね、先輩は」

「そんなんじゃない。使えるものは使おうとしただけだ。もう無くなってるけど、ライターと水筒は重宝したよ」

「そうですか」


 朱音の微笑みから目を逸らして、俺はバッグを閉じた。

 本当に大した理由はない。ついでという言葉が一番相応しい。


 ただ、これでようやく心残りがなくなった気がする。

 俺がダンジョンに残してきたものは、もうないのだから。


「お嬢様、帰還用の扉を見つけました」


 魔石を集めていた雪村さんが、そう報告を携えて戻ってきた。

 朱音が空気を変えるようにパンと手を打つ。


「では、この付近でレベル上げをしましょうか。いいですよね、先輩」

「ああ。頑張るか」

「いや先輩は頑張らないでください」


 朱音の注意に苦笑して、俺達はライオンに跨り集落を後にした。

 ゴブリン集落ではなくなったここに、もう来ることはないだろう。あったとしても用はない。


 ……本当に、さよならだな。


 そのあと付近のゴブリンライダーを七騎殺し、朱音と雪村さんのレベルが5に上がった。

 それでも時間ギリギリまで朱音達は狩りを続ける。

 どこか名残惜しい気持ちを抱えたまま、俺達は帰還した。



 こうして、久しぶりのダンジョン探索は終わった。 

 

 


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