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現代ダンジョン黎明期  作者: つくしー
第一部 どこにでもいる高校生
17/38

第15話 新宿ダンジョン


 朱音と一緒にもう一度ダンジョンに潜る。


 そうと決まれば善は急げだ。すぐにでも真壁さんに連絡しようとしたら、朱音に待ったを掛けられた。そういったことはすべて任せてほしいらしい。どういう意味?


 そう頭を捻っていると、朱音が俺の目の前で真壁さんに電話を掛けた。二人の通話を聞いている限りだが、どうやら色々手続きや準備が必要らしい。俺は明日にでも潜るつもりだったけど、よく考えなくても無茶だと分かる。


 相当テンションが上がっていたようだ。少し落ち着かないと。


 とりあえずの期間として、一週間後を伝えられた。

 ならばその間に俺も準備をと思っていたが、


「準備は全てこちらで行います。先輩は先輩が必要だと思うものだけを持ってきてください。水や食糧はいりませんよ」


 と、朱音から有難い言葉を頂いた。


 ……もしかして、俺に何もさせない気か?


 そう思ったが、どうやらそういうことではないらしい。余計な荷物が増えても困るし、個別に準備するより一括で準備した方が楽というだけの話だった。言い分はとても合理的なので、とりあえず任せてみようと思う。


 ……まぁ、俺は俺にできる範囲で準備すればいいしな。


 それからの一週間は慌ただしかった。俺以外。


 政府との調整。

 万が一の時に備えて学校への手続き。

 最低限の装備含めた資材集め。


 その辺りをほとんど朱音と真壁さんが動いてくれた。

 真壁さんが俺の両親へ説明する時だけは、流石に俺も同伴した。だが、それ以外にやったことはほとんどない。学校へと普通に通い、普通に授業を受ける当たり前の日々を過ごしていた。


 ダンジョンに必要だと思う物資もすぐに集め終わったし、本当に手持ち無沙汰だったと言ってもいい。やることもない一週間というのはあっという間に過ぎ去るもので、気付けば約束の日が訪れていた。


 そして当日の朝、俺はリビングでニュースを見ている。 


『ダンジョン産資源が世界を変える!? 夢の新エネルギー、その全貌とは!』


 そう、テレビにはデカデカとテロップが映っていた。

 ニュースというよりワイドショーである。


 俺が知る限り、この情報はまだ伏せておく予定だったはずだ。それがどうしてこんなにも大々的に報じられているのだろうか。

 もしかしてどこからか情報でも漏れたのかもしれない。もしくは政府が予定を前倒しにした可能性もあるが、俺には関係ないことだし別にどっちでもいいな。


「へぇ、魔石だって兄ちゃん。なんかすごいことになってるね」

「そうだね、すごいね」

「人ごとー。自分がこれから行くところだよ?」

「そうよ。電気代安くなるかしら」

「知らないよ……」


 俺を誰だと思っているのだろうか。息子だぞ。

 そんな大きなこと知ってるわけない。


 ……もう時間か。


 リビングに掛けられた時計の針は、そろそろ九時を指そうとしていた。今日は初日ということもあって、政府がわざわざ送迎車を用意してくれたらしい。だから遅れるわけにはいかないのだが……。


 なぜか、唯愛が俺の袖を掴んで離してくれなかった。


「ねぇ兄ちゃん。今日は何時くらいに帰ってくる?」

「どうしたいきなり。宿題でも手伝ってほしいのか、自分でやれ」

「違うし!」


 違うらしい。

 怒ってしまったのか、そっぽを向かれた。

 だが、それでも袖は離してくれない。

 どうしたものかと困っていたら、新聞を読んでいた父さんが口を開いた。


「……暁一。本当に行かなくては駄目か」


 そう言って、俺の目を見て言ってくる。

 俺は質問に答えず、安心させる言葉だけを返した。


「大丈夫だよ。ちゃんと戻ってくる」

「違う。お前が行かなくては駄目なのかと聞いたんだ」

「……」


 その質問には、駄目ではないと答えられる。真壁さんからも断っていいと言われたし、朱音からはその内代わりが現れるとまで言われた。別に俺がダンジョンに潜る必要はそれほど高くないだろう。


 だからこそ、俺はその質問に答えることができない。


 父さんが一度は首を縦に振ったのは、真壁さんの言葉があったからだ。


 俺の力は世界でも稀だということ。

 そのせいで、俺はもう普通の高校生ではいられないこと。

 そして、自分の身は自分で守れるようにならなければならないこと。


 自衛するため。

 その言葉がなければ、父さんは絶対に首を縦には振らなかった。


 あの時は、嘘ではないが色々卑怯な言い方をしていた気がする。

 なら今だけは、正直にありのままを言おうと思う。


「俺じゃなきゃ駄目ってわけじゃない。でも、俺が行きたいんだ」

「……」

「ごめん、父さん。心配かけて。行ってくるよ」


 俺は袖を掴む唯愛の手を、一本ずつ優しく外した。

 膨れる唯愛の頭を軽く叩いて、玄関に置いたリュックを背負う。

 母さんにも心配そうな目で見つめられる中、扉を開いたタイミングでこう聞こえた。


「頑張ってこい」


 ……レベル10だから聞こえたけど、普通なら聞こえないよ、父さん。




 家の前には、既に迎えの車が停まっていた。

 スーツ姿の男性に案内されるまま乗り込み、そのまま新宿へ向かう。


 数カ月ぶりの新宿は、以前とは随分様子が変わっていた。駅周辺には警備員や自衛隊員の姿が増え、ダンジョンへ続く一帯は一般人が近付けないよう封鎖されている。案内されるまま地下へ進んでいくと、ほどなくして目的の場所へ辿り着いた。 


 黒い石で縁取られた、高さ二メートルほどの長方形の扉。

 あれが日本で唯一固定化されたダンジョン……。 


 ――新宿ダンジョンだった。



 ダンジョン前には、実に沢山の人が集まっていた。


 自衛隊員や警察官らしき人が忙しなく行き交っている。パソコンを持ち寄って何かをしている人もいれば、無線機を片手に慌ただしく指示を飛ばしている人もいる。少し離れた場所には、真壁さんの姿も確認できた。

 

 先に着いていた朱音の姿も見える。あと、隣にはメイドさん。


 ……見間違いか?


 いや、メイドだ。なんでメイド?


「あ、先輩。おはようございます」


 俺に気付いた朱音が、笑みを浮かべながら駆け寄ってきた。

 その隣には、やはりメイドさんが付き従っている。


「あ、ああ、おはよう。ところで、その人は、」

「先輩、持って来なくていいって言ったのになに持って来たんです? ちょっと貸してください」


 俺からリュックを降ろさせ、朱音が中を一つ一つ確認しだした。

 ライター、ロープ、水筒、テント、包帯、その他諸々。

 俺が最初に欲しくて欲しくてたまらなかったものを出来るだけ詰め込んだ形だが、朱音はそれらをしらっとした目で見つめると、


「全部私が用意してるので、没収しますね。戻ったら返します」


 そう言って、俺からリュックを取り上げた。

 なんだいきなりと思う間もなく、代わりに別の小型リュックを渡される。その中には、俺が持ってきた物の中でも嵩張らないものだけが残されていた。朱音の背負うリュックより明らかに小さい。


「おい、やめろよこういうの。朱音の分も寄越せ」

「私は後衛だからいいんですよ。前衛に荷物を押し付けて動きが鈍る方が困ります。先輩にしか思いつかないものならいいですけど、普通のものしかないならわざわざ持ってもらう必要はありません」


 俺に必要なものを持ってこいと言ったのは、どうやら二層攻略者にしか思いつかない物だけ持ってこいという意味だったらしい。

 分かるかそんなもん。


「それより先輩、他に言うべき言葉があるのでは? 私、結構頑張りました」

「……その、色々準備してくれてありがとう」

「ふふん。どういたしまして」


 そう喜ぶ朱音はしっかりと装備を着込んでいた。

 背中には、それどこで売ってるのと聞きたくなるほど大きな弓を背負っている。この日の為に特注で作ったのかもしれない。

 俺にはよく分からないが、高そう。


「……」


 朱音と比べたら、俺はちょっとコンビニ行くか程度の軽装にしか見えない。なんかめっちゃ浮いてて急に恥ずかしくなってきた。


 ……いやいや待て待て。メイド服より浮いてないだろ流石に。


 そうだ、メイドだ。

 朱音にそのメイドさんはと聞こうとしたら、横合いから声を掛けられた。


「おはよう三橋君。協力に感謝する」

「あ、おはようございます、真壁さん。俺も行きたくて来ただけですから」


 真壁さんは複雑そうに笑ったあと、俺たちを見回した。


「三橋君は九重君と面識があるようだね。話を聞いた時は驚いたが、安心した」

「安心ですか?」

「未成年だけをダンジョンに行かせるのは流石に憚れるのでね。誰か隊員を同行させるつもりだったが、その必要もなくなった、ということだ」


 真壁さんはメイドさんに視線を配り、一つ頷いた。


「既にされているかもしれないが、私から改めて紹介しよう。今回の探索に同行する現場責任者、雪村綾君だ。普段は九重家のメイド、だったかな?」

「その認識で間違い御座いません」


 メイドさん――雪村さんが静かに頷いた。

 やっぱりメイドだったよ。


「……朱音、どういうことだよ。なんでメイドさん? いや、現場責任者って?」

「今言ったじゃないですか、未成年だけでダンジョンに行かせるわけにはいかないと。成人が同行して責任者になるのは当然です」

「言われてみればそうだけど、なんで朱音のとこのメイドさん? 自衛隊員でよくないか?」


 そう聞くと、朱音がきょとんと首を傾げた。


「言ってませんでしたっけ? 綾も私と一緒に巻き込まれた帰還者ですよ。なので自衛隊員より強いので安心してください」


 ……言ってないよ。


 友達と二人だったのは聞いてたけど、友達がメイドさんなんて言ってないよ。これ聞いてない俺が悪かったりするの?

 真壁さんも朱音も平然としている。何か問題がと言いたげだ。

 やめなよ。

 まるで俺の方がおかしいみたいだろ。


「お嬢様。私もお嬢様から三橋様に紹介されていませんよ」

「今されたけど?」

「誰から、が重要なのです。私の立場を考えると、まずはお嬢様から紹介されるのが筋ですよ」

「はいはい分かりました。次から気を付けます。もう、綾は堅いなぁ」


 膨れっ面を見せる朱音を意外な目で見ていると、雪村さんが俺に綺麗な一礼をしてきた。


「ご挨拶が遅れて申し訳御座いません。今回の探索に同行させて頂く雪村綾と申します。お会い出来る日を楽しみにしていました」

「み、三橋暁一です、よろしくお願いします……あの、楽しみにしていたとは?」

「私を、そしてお嬢様をダンジョンから救ってくださった方ですので。一度直接お礼を申し上げたいと思っておりました」


「本当にありがとうございました」と、雪村さんが薄っすら笑みを浮かべて俺を見てくる。

 年下には慣れているけど、年上にはどう対応していいのか分からない。

 顔が熱くなるのを感じながら、俺は首を振った。


「朱音にも言いましたけど、本当に気にしないでください。それより、様はちょっと、」

「成人していますので現場責任者は務めますが、ダンジョン内ではお嬢様と三橋様の判断を最優先いたします。以後お見知りおきを、三橋様」


 ……様は止めてくれないのね。


 というか、メイド服に隠れがちだけどすごい美人だ。

 朱音と並ぶと姉妹にしか見えないのに、すごく大人でクールな印象を受ける。

 現場責任者ということは、この人も俺と一緒に行くんだよな。


 ……ヤバい、緊張してきた。


「……もういいかね?」

「あ、はい、すみません。話の腰を折ってしまって」

「いや、仲良くやれそうで結構だ。現状、君たち以上に適任な人材はいないのだからね」


 大げさ、という訳ではないのかもしれない。

 薄々察してはいたが、帰還者で再びダンジョンに潜るのは俺達だけみたいだ。他にそれらしい人は誰もいない。


「責任重大、みたいに考えないでくださいよ、先輩。私達に求められてるのは物資を持ち帰ることだけです。そんなに気負わなくて大丈夫ですよ」

「九重君の言う通りだ。君たちに依頼したのも、三橋君の戦歴とレベルなら十分安全圏だと判断したからだ。無理だけは絶対にしないように」


 二人して言われたことで、俺の心が少し軽くなった気がした。

 が、そんなに小難しい顔をしていただろうか。

 分かりやすいのかな、俺。


「我々の方でも君たちに装備を用意している。受け取ってくれ」


 促されるまま、俺達は自衛隊員から様々なものを渡された。


 小型ボディカメラ、多機能スマホ、腕時計型生体モニター、骨伝導イヤホン、緊急用注射器、軽量防刃ベスト。


 一つ一つの説明を受けながら身に着けようとして、ふと思った。

 これ、ダンジョンにとってズルに当たらないか?


「あの、お気持ちは有難いのですけど、お返しします。特にスマホとイヤホンは要りません」

「理由を聞いてもいいかな?」

「この二つは便利過ぎます。スマホはマッピングくらいならいいですけど、仲間と連絡を取り合えるのが何となくまずいかな、と」

「……そうか、参考にしよう」


 俺の言葉を受けて、朱音と雪村さんも装備を返していく。

 雪村さんだけはスマホを持つようだ。ステータスの低下は怖くないらしく、問題ないか検証する役目を買って出てくれた。有難い。


「防刃ベストも要らないのか? これも駄目だと?」

「あ、いえ。それは単純に要らないです。俺の体の方が硬いので」

「……そうか」


 真壁さんは何かを飲み込むように一つ頷いた。


「では最後に、君の装備を返却しようと思う」

「俺の装備ですか?」


 返却と言われても、すぐには思い当たらなかった。

 自衛隊員二人が大型の平台車を押してくる。

 厚手の布に包まれていても、その形と大きさだけで何かはすぐに分かった。


「ボスゴブリンの大斧……」

「すまないが、これを持ち帰らせるわけにはいかない。ダンジョンから帰還したあと、また我々に預けてくれないだろうか」

「もちろんです。むしろ助かります」


 俺は厚手の布を取り払い、久しぶりに見る大斧を眺めた。

 俺の血は拭き取られているが、細部の汚れはそのままだ。


「材質からして既存のものとは異なっていてね。調査のために少しだけ削らせてもらったが、他は手を付けないようにしている。調査結果が判明次第、整備もこちらで請け負おう」

「ありがとうございます」


 俺は大斧を片手で握ると、軽く振って中手に持った。

 ゴッ、と重量のある音が響く。引きずって床を傷付けないようにしないと。


「……化け物か」


 持ってきてくれた自衛隊員が、思わずといった様子で呟いた。

 真壁さんが目で下がるよう促していたが、別に気にしていない。


「……すまない。改めてよく教育しておく」

「いえ、ほんとに大丈夫ですよ」


 普通の人にとって、俺が化け物など今更だ。

 俺がダンジョンで生き延びた証だから、むしろ誇れる。


「じゃあ、そろそろ」


 俺の武器も受け取り、朱音と雪村さんも準備は整っている。

 後ろに控えていた自衛隊員が、ゆっくりとダンジョンへの扉を開いた。

 あの時と同じ、開いた先は複雑な色合いで輝いている。

 あの日、俺を飲み込んだ景色が再び目の前に広がっていた。

 

「……健闘を祈る。無事に帰ってきてくれ」


 真壁さんの真剣な声音に頷き、俺達は歩を進める。

 真壁さんは静かに一歩下がった。

 代わりに周囲の自衛隊員が一斉に道を空ける。


 不可抗力で落ちたあの日とは違う。


 今度は、自分の意思でその先へ足を踏み入れた。


 

 


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― 新着の感想 ―
斧どうなったかなーって思ってたからスッキリ! こうやって読者が疑問に思うところ潰してくれるのは嬉しいですね。
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