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現代ダンジョン黎明期  作者: つくしー
第一部 どこにでもいる高校生
16/38

第14話 また、ダンジョンに


「ダンジョンに潜ってほしい、ですか……?」


 真壁さんの言った言葉を復唱する。

 聞き間違いかと思ったが、真壁さんの表情は全く崩れなかった。


 ……ダンジョンに、潜ってほしい?


 誰が? 俺が?

 

 ……びっくりした。


「君の驚きはもっともだろう。未成年に危険区域へ行けと言うのだから、大人として恥ずべき願いだ。本当に申し訳ない」

「ああいえ、そこまで思ってません。顔を上げてください」


 机に額が付くほど頭を下げる真壁さんに、思わず声を上げる。

 そんな姿が見たいわけではないし、むしろ気まずい。

 顔を上げた真壁さんの表情は、よく見ると疲れ切っていた。


 ……なんか、政治って大変なんだな。


 冗談ではなく。


「その、一応理由を聞かせてもらえたりは?」

「もちろんだ。必要であれば概ね明かそう」


 全てではないのね。いや当然だけど。

 真壁さんは軽く息を吐き、肘を机に置いた。


「まず行方不明者だが、107名中83名を生死問わず発見した。残りの24名も鋭意捜索中だが、芳しくない」

「一層も広いですからね。むしろすごいと思います」

「そう言ってもらえると助かる。君にお願いしたいことの一つ目は、可能であれば行方不明者の捜索に協力してほしい、というものだ」

「捜索に協力、ですか」

「主な捜索はこちらで引き続き行う。言い方は悪いが、君は行方不明者を発見したら保護、遺品を見掛けたら回収してくれるだけでいい」


 あくまでダンジョンに潜るついでということだろうか。

 俺は捜索のプロどころかイロハも知らないのだし、向こうもそこは期待していないのだろう。 

 というか、俺もバッグごと四人の遺品を二層に置き去りにしている。そのせいで、その人たちの捜索が遅れているという可能性もあるかもしれない。


 少し気まずさもあったので、俺は「どうぞ」と先を促した。


「二つ目は……ああ、石田君。他にもっともらしい理由はないかね?」

「室長、諦めてください。せめて我々だけでも誠実な対応を取るべきです」

「頭が痛いな」


 本人の前でそんなこと言うなんて、どんだけ言いにくい理由なんだ。

 真壁さんが本当に痛そうにこめかみをさすり、観念したように口を開いた。


「三橋君、君はモンスターから取れる石の価値を知っているかな」

「――、知ってます」

「ほう。どこで……いや、誰から聞いたかは聞かないでおこう」

「すみません」


 口止めはされていないが、わざわざ言うことでもない。

 朱音に義理は特にないけど、告げ口したらどうなるのかも怖いし。

 真壁さんは顎に手を置いて、「ふむ」と小さく頷いた。


「では、逆にどこまで知っているか聞いてもいいかな。答えられる範囲だけで構わない」

「えっと、石――『魔石』は便利なエネルギーで、色々研究されてると。あと、魔石も含めたダンジョン物資がそろそろ枯渇しそうだとも聞きました」

「枯渇の理由は?」

「……ダンジョンに潜れる人が少ないから」

「その通りだ。本題に入ろう」


 真壁さんは石田さんと目を合わせ、顎を引いた。


「君も知っている通り、ダンジョン産の物資は研究価値が非常に高い。今やダンジョンを擁する国では盛んに研究、更には利用まで行っている国もある。我々が遅れを取るのは非常に大きな不利を意味すると、前々から議論されていてね」

「つまり、俺にそのダンジョン産物資を持ち帰ってきてほしい、というのが本当のお願いということですか」

「話が早くて助かる。非常に心苦しいのだが、頼めないか」


 ……朱音すごいな。エスパーか?


 今のところ朱音が言った通りに話が進んでいる。何を、とまでは言っていないが、お願いされるというところまで当たっていた。なんでそんなことが分かるんだ。社長令嬢だし、やっぱコネか? 世の中コネだな。


 ただ、やはり一点だけ気になることもあった。


「あの、自衛隊の方は? どうして俺にこの話を?」

「……それは、」

「それについては私が引き継ぎます、真壁室長」


 口を濁した真壁さんに代わり、石田さんが答えた。


「まず、自衛隊は行方不明者の捜索を主に動いています。そこはご理解頂いた上で話しますが、正直言ってダンジョン攻略はほぼ進展していないのが現状です」

「まだ二層は攻略できてないんですか?」

「いいえ、とんでもない。君から共有して頂いた情報を踏まえると、あまりにも危険が大き過ぎる。二層は偵察以上のことができていないと言った方が正しいです」


 そこまで、と俺は思わず顔を引きつらせた。

 自衛隊ならとっくに二層攻略は終わり、三層まで先に進んでいると思っていた。それがまだ一層で足踏みしているなんて。


 石田さんは嘆息したあと、机の上にタブレットを置く。


「自衛隊の攻略が思うように進んでいない理由は、映像を見て頂いた方がよく理解できるでしょう。少々ショッキングな映像も流れますが、よろしいですか」

「大丈夫です」


 答えると、タブレットには一階層の映像が流れ出した。

 ボディカメラなのか撮影者本人は映っていないが、他の自衛官はたくさんいる。十人以上が隊列を組んで歩を進めていた。

 物陰からゴブリンが姿を現すと、号令と共に射殺している。

 映像はそこで終わった。


 ……どこにショッキングな映像が?


 そう思っていたら、すぐに次の映像が流れ出した。

 場所は打って変わって二層。

 草原を駆けるゴブリンライダーが三騎ほど画面に映った。


 ……一斉射撃。


 だが距離が遠い。それを差し引いてもライオンの動きが速すぎる。 

 ライフルの弾は、その殆どが外れてしまっていた。

 辛うじて一騎は殺せても、まだ二騎も残っている。

 やがてゴブリンの放った矢が、一人の自衛官の肩に当たった。


『撤退っ! 撤退しろ!』『出口はどこだ!?』


 そう怒鳴り声が聞こえると共に、映像が終わる。

 石田さんが深いため息を吐いた。


「幸い、出口への扉はすぐに見つかりました。ですが、運が悪ければ死者を出してもおかしくない事態です。我々の現状は分かって頂けましたか」

「ええ、まぁ」


 結局何がショッキングなのかは分からなかったけど、確かにある意味で俺にはショッキングだ。まさか自衛隊がここまで苦戦しているとは夢にも思っていなかった。


 ただ、どうしても理解できないことがある。


「あの、自衛隊のことなんですけど、言っていいですか」

「どうぞ、率直な感想をお願いします」


 むしろ言えと催促されているようで、俺は自然と口が開いた。


「なんで、こんなに動けてないのでしょうか。二層にはレベルが上がった人で挑むべきだと思います」

「――っ」


 その言葉に反応したのは、ずっと黙っていた後ろの男性だった。

 怒りの形相を浮かべて口を開き、真壁さんに止められる。

 その様子を石田さんはじっと眺め、一つ頷いた。


「三橋君。もう一度ステータスを見せてもらっても?」

「あ、はい。大丈夫です」

「ありがとう。君も見なさい」


 全員に注目される中、俺は「ステータス」を可視化させた。

 その途端、後ろにいた男性が目を瞠る。


「馬鹿な……本当だったのか」

「山市君、君もステータスを出しなさい」

「……承知しました」


 そのステータスを見た瞬間、俺も違う意味で目を瞠った。


【名前】 山市茂夫

【レベル】 3

【ジョブ】 無し

【種族】 人間

【称号】 無し

【MP】 0

【力】 12

【敏捷】 10

【器用】 9

【精神】 0

【魔力】 0

【スキル】

【魔法】 


 ……低すぎる。


 思わずその言葉が突いて出るのを寸前で止めた。

 けど、だって、これはいくらなんでも……。


「君がレベル3だった頃と比較して、どうですか」

「その、正直に言って、俺がレベル2だった頃より数値が下かと。レベル3とは比べられません」

「答えづらいことを聞いてしまったね、ありがとう」


 そう言って、石田さんが姿勢を正した。


「最初は君だけが異常なのかと思っていました。我々では山市のようなステータスが普通でしたし、他に確認が取れない以上調査のしようもない。ただ、更に帰還者が現れてから情報が更新されてね。むしろ我々の方がおかしいのではないかと思うようになったんです」

「自衛隊の方がおかしい、ですか」

「君はゴブリンを何体倒したらレベルが上がりましたか。ちなみにですが、我々はレベル1から2へと上がるだけで百以上は倒す必要があります」

「ひゃ、ひゃく!?」


 なんだその数。そんなのとてもではないが無理だ。

 あの状況で、レベル1で百も倒すとか、どこかで事故が起こって死んでいてもおかしくない。


「その反応を見る限り、恐らく十や二十でしょうか。少なくとも百ではありませんね」

「正直覚えてませんけど、確かにそれくらいだと思います」

「加えてステータスの伸び率も違う。このことから、我々には何らかの制限が掛けられていると判断できます」


 石田さんは二つ指を立てた。


「君と我々の違いは現時点で二つ。少人数と大人数。そして生身と銃火器です。このどちらか、あるいは両方が影響している可能性があります。まるでズルは許さないと言われている気分ですね」

「楽にすることが悪いことだとは思いませんけど」

「程度、いえ、自力と道具の力という違いかもしれません。ともあれ、現状はそう判断するしかないでしょう」

「……そうですね」


 頷くと同時に、朱音が言っていたのはこのことかと理解した。

 朱音自身も確証は持っていなかったようだが、かなり近い部分で当たっている。

 これは確かに、自衛隊は全員がレベル1だと言ってもいい。


「もちろん、この仮説が間違っている可能性もあります。検証するために少数精鋭、銃火器への依存を抑えてダンジョン攻略に当たらせている部隊もあります。ですが、我々は組織上それを良しとするのが難しい」

「三橋君、どうか受け入れてほしい。我々では限界がある。詳しい事情は説明できないが、今はまだ、制度がそれを許していない」


 それ以上質問するなという真壁さんの言い方に、俺は口を噤んだ。

 なら俺はどうして許されるのか気になるけど、色々理由があるのだろう。


「以上で、自衛隊の現状は分かってもらえたかと思います。我々には、とてもダンジョン物資を集めるような余裕などありません。よろしいでしょうか、真壁室長」

「ああ、下がっていい」


 どこか苦々しそうな表情を浮かべ、石田さんが座り直した。

 その後を継いで、真壁さんが口を開く。


「これが我々の現状だ。国家としては情けない話だが、今は君達帰還者に頼るしかない」

「……」

「もちろん保護者の方には我々から改めて説明する。君がダンジョンへと赴いている間、家族の安全も保障しよう。ダンジョン産物資、それに伴う情報には相応の謝礼を約束する」


 真壁さんは俺を真っ直ぐ見据えた。


「どうか、引き受けてもらえないだろうか」


 真壁さん、石田さんの真摯な目が映る。

 後ろの人は不機嫌そうに目を伏せているが、仕方ないという雰囲気を漂わせていた。


 ……俺みたいな高校生に、そこまでお願いできるものだろうか。


 本当ならもっと、それこそ「いいから行ってこいよ」と言われてもおかしくない気がする。そうされないだけで、真壁さん達がどれだけ俺のことを考えてくれているのかが分かった気がした。


 ……ダンジョンに潜る、か。


「少し、考えさせてください」


 答えはもう出ているのに、俺はそう返事をした。

 

 




 内閣府庁舎を出た時には、もう夕焼けが近づいていた。

 どうやら大分長いこと話し込んでしまったらしい。

 いつもならこのまま帰宅一直線だが、今日は学校へと戻ることにした。


 忘れ物があったわけではない。

 もしかしたらいるかもしれない。


 そんな程度だったが、どうやら当たりだったらしい。


 高等部の中庭には、朱音が一人でベンチに座っていた。


「あ、先輩。どうでした?」

「……なんで当たり前のようにいるんだ?」

「また会いたいと言ったじゃないですか。あと一時間待って来なかったら、私も帰るところでしたよ」


 朱音はそう言って、にっこりと笑った。


 いや、もう朱音のことだからGPSでも付けられてるのかと思ってた。ほら、そうしても全くおかしくないよね。前科しかない。

 

「また会えて嬉しいです、先輩。それで、どうでした?」

「朱音の言う通りだったよ。大体昨日話した内容を言われた。自衛隊についてもほぼドンピシャだったな」

「ふふん、そうでしょう」

「さすが社長令嬢はコネが違うなと思ったよ」

「そこは私の推察を褒めてほしいです」


「コネがないと考えることもできませんけど、頑張ったんですよ」と、朱音は頬を膨らませた。


 実際すごいと思ったのだから、まぁ否定はしない。


「先輩が聞かされた通り、政府は民間人の協力を喉から手が出るほど欲しがってます。研究者ですらそうなのですから、実働部隊はなおさらでしょう。例え未成年だとしても、先輩を放って置く理由を探す方が難しいのですよ」

「俺だけじゃないだろ?」

「もちろんです。私にも協力の打診はありましたよ、きっと他の帰還者にも。恐らく先輩ほど丁寧ではないと思いますけどね。無理なら別にいいという感じでした」

「……そうか」


 俺の時は是が非でもといった感じだったが、言うまい。

 唯一の二層攻略者という自覚くらいは俺にもある。


「正直、驚いた。まだ実感がわかないよ。大人にできないことを頼まれるなんて思いもしなかった」

「その気持ちは理解できます。私も先輩ほどではないですけど、ある程度信頼はしていたので。ですが、助けてはくれなかった」

「……」

「限界は誰にでもあるんですよ。仕方のないことです」


 そう言って、朱音が薄く微笑んだ。


「先輩にしかできないことではありません。今は無理でも、きっとその内代わりが現れます。なので強制ではないと思いますよ。無理だと思うなら、止めても誰も文句は言いません」

「その内じゃなくて、すぐにでも現れそうだけどな」

「それは過小評価が過ぎますね。少なくとも誰にでもできることではありません」


 そうだろうか。そうかもしれない。

 誰にでもは無理だろう。


「だから、私は先輩に期待しています。私を助けてくれた先輩を」

「……」

「返事、聞かせてもらってもいいですか?」


 答えはもう出ている。

 あの時言えなかった答えを、今なら素直に言える気がした。


「行くよ。俺はダンジョンに行きたい」

 

 ……ダンジョンは、俺を変えてくれた場所でもある。


 そりゃ死にかけたし、痛いし、汚いし、嫌な思い出も沢山ある。だけど俺が少しは自分に自信が持てるようになったのは、間違いなくダンジョンのおかげでもあった。

 

 将来の夢とか分からない。

 この先も潜り続けたいのかも分からない。

 行方不明者とか、お金とか、色々言われたけど。

 

 ただ俺は、もう一度ダンジョンに潜りたいと、そう思った。


「良かった。嬉しいです、暁一先輩」

「朱音も行くんだろ?」

「はい。なので、今ここで言わせてもらいます」


 朱音はベンチから立ち上がり、真っすぐ俺を見つめた。


「私をどうか、先輩のパーティに入れてください」





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― 新着の感想 ―
そのうちステータスも簡単には見せない方がいい感じになるのかなー。 大人がちゃんとしててよかった。 朱音は芯が通ってて魅力的なキャラだね。まず感謝して、情報くれて、ちゃんとお願いして。 パーティーもい…
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