第13話 九重朱音
とりあえずその場は受け流し、女の子を教室から追い払った。
これで事なきを得たと安心していたけど、もちろんそんな都合よくいかない。
女の子がぱっと見でも可愛かったせいか、男子達から質問責めにされた。でもなぜか朝倉さんからの詰問じみた質問が一番多かった。
……朝のチャイムを、これほど救いに思ったことはない。
放課後。
帰ろうとしたら、朝の女の子が校門前で俺を待ち伏せていた。
連絡先も特に交換とかしていなかったし、俺に用があるのなら待ち伏せしか方法がないのはわかっている。だが実際されると普通に怖いな。
女の子はどこか誰にも聞かれない場所で話がしたい、というので、人目の少ない高等部の中庭へ向かった。ベンチに向かい合って座る。
昼は開放されて賑わうが、放課後は人が少なくなる。
うってつけの場所だと思ったけど、失敗したかもしれない。
カップル多すぎ。俺たちもこう見られているのだろうか。
変なところに連れ出すなと怒られたらどうしよう。
「……」
改めて女の子を見ると、にっこりと微笑まれた。
……かわいい。いや待て、中学生だぞ。
背は低いし、顔がまだ幼いから中二くらいだろうか。
うん、妹と同じくらいなら普通に話せるな。
「……それで、えっと、何の用ですか?」
「敬語はいいですよ。とりあえず自己紹介させて下さい」
「あ、はい、じゃなくて、わかった」
女の子は膝の上で手を重ね、小さく姿勢を正した。
「私は九重朱音、中学三年生です。ぜひ朱音と呼んでください」
中三だった。俺と一個しか違わない。
ちょっと緊張が戻ってきそうだ。
「俺は三橋暁一、高校一年生だ。こ、朱音さんは俺に何の用で?」
「朱音、と呼んでください」
……難易度高くない?
「いや、初対面で呼び捨てはちょっと」
「初対面は教室で、今は二回目ですよ。問題なさそうですね」
どういう理屈だろうか。ちょっと意味が分からない。
一個しか違わない女の子の名前を呼び捨てとかこれまでに経験がない。ただそうしなければ話が進まなそうなので、俺は仕方なく口を開いた。
「あ、朱音」
「はい。暁一先輩」
……なんだこれ。なにが起きてるの?
なんで初々しいカップルみたいに名前を呼びあってるんだ? しかもほぼ初対面で。すごい恥ずかしいんだけど。いつの間に俺に春が訪れたわけ?
いやいやそうじゃない。落ち着け。
朱音さ、朱音の突飛な行動を思い出せ。
……ゴブリンよりも理解できないな。
そう思うと、浮ついた心が綺麗に消えた。
「……それで、いきなり話がしたいってどういうつもりだ。そろそろ理由を教えてほしい」
「いきなりだったのはすみません。でも、どうしても先輩にお会いしたくて」
「それは分かったけど、何のために。そもそも朱音は誰だ」
名前は分かった。中学生なのも分かった。
ただそういうことではない。
あそこまで突飛な行動に出てまで俺と話したがるなど、どう考えても普通ではない。そうでなくとも、ここ最近は帰ってきたばかりで周囲が騒がしい。正直怪しむなという方が無理だった。
俺が疑いの目を向けると、朱音が困ったように頬をかいた。
「誰と言われても、私は九重グループの社長令嬢ですけど。先輩には、これを見せるのが一番手っ取り早いですかね」
え? 社長令嬢?
思わぬ素性に固まっていると、朱音が小さく呟いた。
「ステータス」
空中に文字と数字の羅列が浮かぶ。
周りを気にして一瞬で消したが、俺にははっきりそれが見えた。
――九重朱音。レベル4
何も言えずに唖然としていると、朱音が「ふふん」と得意気に笑う。
「これで私が何者か、分かってもらえました?」
「待て」
頭の混乱を整理するように、一旦呼吸を置いた。
ステータス……それを出せるということは、朱音はダンジョンに入ったということになる。そしてレベルが上がっているということは、ゴブリンを大量に倒したということで間違いないが、それはいい。
問題は、いつダンジョンに入ったかだ。
決まっている。あの事件に巻き込まれたからだろう。
……俺と同じ、帰還者ってことか。
つまりは、そういうことになる。
「……よくわかった。もう二度と外で出さない方がいい」
「もちろんですよ。私も先輩と同じ守秘義務があるので」
「危ないな。誰かに見られていたらどうするんだ」
「どうとでもなりますよ。それに、見られているかくらい分かります」
そう言って、朱音がにっこりと笑う。
「先輩は私を助けてくれた恩人です。恩人に会いたいと思うのは当然でしょう。本当にありがとうございました」
「それは俺が、一層や二層を攻略したから出られた、て意味か?」
「それ以外何かありました?」
「いや。だとしたら、別にお礼を言う必要はない。俺は自分のことしか考えてなかったんだし」
真壁さん達にもお礼を言われたけど、正直困る。
そう眉を寄せていたら、朱音がきょとんと首を傾げた。
「考えたことがなくても、結果的に救ったのなら恩人ですよ。私は出口より先に階段を見つけて、それで二層に降りてしまったので。正直、もう死んだと思いましたから」
「……」
「なのでなおさらですね。二層は逃げるので精一杯でしたよ」
朱音に柔らかく微笑まれる。
実際に助かった本人から言われると、それだけで少しは実感がわいてきた気がする。意識していなくても、誰かの助けになれたのならそれでいいじゃないか、という気さえしてくるから不思議だ。
……まぁ、それくらいは受け止めてもいいか。
それにしても二層か、なるほどな。
「あ、だから俺を知っていたのか」
「はい?」
「二層で俺を見掛けたんだろ? 声掛けてくれれば良かったのに」
一人は寂しかった。
足手まといとか思わないから、誰かと一緒にいたかった。
……待てよ。俺を見ていたってことは、あれも?
二層にいた時、俺の気分は時々ライオンキングだった。
何度か遠吠えの練習をしていたこともある。
……やだ、恥ずかしい。
「あの、何を考えているのか知りませんけど、見てませんよ。二層は先輩が思うよりずっと広いんだと思います。少なくとも、私は誰とも会いませんでした」
「そ、そうか。良かった」
良かったのか?
二層で会えていた方が良かった気もするけど、まぁ今更か。
俺は肩の力を抜いて、大きく息を吐いた。
「なんにせよ、俺に会いたがった理由は分かった。もう話は終わりか?」
「いいえ。お礼を言いたかったのもありますが、まだありますよ。先輩に現状をお教えしとこうかなと思いまして」
「現状?」
何のことだと思う間もなく、朱音は口を開いた。
「先輩はゴブリン、いいえ、この際モンスターと呼びますが、モンスターを倒した時に手に入る石ころ、あれの使い道を知っていますか」
「投擲アイテム」
「……違います」
違うらしい。違くないだろ。
ただ他にも使い道があるらしく、朱音が気を取り直すように言った。
「あの石ころ、仮称として『魔石』と呼びますが、すごいですよ。まさに万能のエネルギーと呼ぶに相応しい代物です。なによりすごいのは、既存の技術と互換性があること」
「互換性」
「あ、わかってないですね? いいでしょう、説明してあげます」
朱音が「ふふん」と軽く胸を張った。
なんか微笑ましい。
「互換性があるということは、即使えるということです。魔石の為に新たな技術を発明する必要がないんですよ。極端なことを言っちゃえば、発電機に放り込むだけで燃料効率が十倍になります。どうです、すごいでしょう?」
「すごいけど、なんでそんなこと知ってるんだ?」
「パパの会社も研究に一枚噛んでるので。うちはそんなに大きくないのでまだまだですけど、大手はもっと詳しく知ってると思いますよ」
俺が「へぇ」と頷くと、朱音が更に顔を上気させた。
「業界ではもはや常識ですよ。この降って湧いた技術革新に世界中が沸いてます。宇宙や深海に夢を見るよりよっぽど現実的です。むしろ、それこそダンジョンのおかげで宇宙進出や深海探索の幅が飛躍的に広がるでしょうね」
どうやらすごいことになってるらしい。
話の規模が大きすぎて俺には何が何やらだが、楽しそうで何よりである。
「だから今、世界中がダンジョンに夢中になっているんです。ダンジョンには魔石だけじゃない、未知の物資がごろごろある。危険であることを差し引いても魅力が有り余ってるんですよ。もう政府だけじゃ手が回らないので、民間企業にも協力依頼が来てるくらいです」
「そんなこと俺は全く知らなかったけど。テレビでもやってないし」
「死傷者が多い事件だったので、まだ世間への公表を自粛してるんだと思います。けど、時間の問題じゃないですかね」
軽い口調で言う朱音に、そんなもんかと納得する。
それにしても本当に話が大きい。というか知っていいのかこれ。
そう頭を捻っていると、朱音が満足したように頷いた。
「というわけで、以上、世間の現状でした。電気やパソコンの発明に等しいくらいの産業革命が近々起こるでしょう。勉強になりました?」
「ああ、なった。わざわざ教えてくれた理由は分からないけど」
「ふふん。それも近々分かると思いますよ」
そう言って、朱音が意味ありげに笑う。
なんだそれと思ったら、急に真面目な顔つきになった。
「けど、うまくいっていません」
「うまくいってない?」
「はい。研究材料の供給量が少なすぎるんですよ。今のところは足りてますけど、そのうち枯渇するのが目に見えてます。原因ははっきりしていて、ダンジョンに潜れる人がいないんですよね」
「はぁ? そんなことないだろ」
「なぜ、そんなことはないと?」
朱音の試すような目に、俺は思ったままを口にした。
「他の国はどうか知らないけど、日本には自衛隊がいるだろ。一ヶ月も前には一層を調査してたし、今ごろ二層にだって踏み込んでるはずだ。ゴブリンくらい簡単に殺せる」
「確かにそうですね。自衛隊ならゴブリンくらい簡単に殺せます。はい先輩に質問! 自衛隊は何のために組織されているでしょうか!」
急にテンション高ぇ。
「国を守る為か?」
「正解! ではもう一度質問です。魔石集めは国防ですか?」
「……違うか」
朱音の言いたいことが少しはわかってきた。
俺が理解したことを察したのか、朱音がにっこりと笑みを浮かべる。
「自衛隊は便利な業者ではありません。危険な初期調査や救助ならともかく、素材の安定供給を目的に毎日モンスターを狩り続ける組織ではないんですよ。それにダンジョンにばっかり人員を割くわけにはいきません。災害の救助活動とか、やることいっぱいあるんです」
「まぁ、そうだな」
「それに、先輩は自衛隊なら二層も楽勝だと思われてるでしょうけど、そんなことありませんよ。多分、大分苦戦してると思います」
「いやそれはないだろ。俺に出来たことができないはずない」
そう言うと、朱音がとても冷たい目で俺を見てきた。
……そんな目で見ることある?
「言っときますけど、先輩の単独二層攻略は異常ですからね。私だって友達と二人でしたし、最初から弓持ってたお陰で生き延びたようなものです。先輩は何か武器を?」
「いや、バッグ」
「……そうですか」
俺としては、なんで弓なんて持ってたのか気になる。
あ、弓道部か。いいな、羨ましい。友達と二人の部分が特に。
そう考えていると、朱音が疲れたように嘆息した。
「もういいです。とにかく、自衛隊の攻略は進んでいません。これは分かりましたか?」
「いいや分からない。俺の単独攻略がおかしいのはもう分かったけど、自衛隊にはもっとすごい人がたくさんいるはずだ。それに人員を割けなくても、それほど重要なら少しくらいは人を残すはず。俺の言ってることはおかしいか?」
「いいえ、おかしくありません。でも先輩、一つ勘違いしてますね。そのすごい人というのは、いつの先輩と比較した話ですか?」
言っている意味が分からず、首を傾げそうになる。
頭にはてなを浮かべた俺に、朱音は言った。
「恐らく、先輩はレベル1の頃の自分と比較しているのでしょうけど、それはもう前提が違います。先輩のレベルは知りませんが、一般人の限界なんてもうレベル2、少なくともレベル3で超えてるんですよ。それくらいの自覚はありましたよね?」
「……まぁ、視覚とか、聴覚とかも含めれば。力は確実に」
「そうでしょう。というか力ですか、私と違いますね。いえそれはともかくとして。つまり、自衛隊の皆さんは全員レベル1なんです」
「は?」
今度こそ本気で意味が分からない。
全員レベル1? 二ヶ月以上潜ってレベル1?
はぁ?
困惑の色が顔に出ていたのか、朱音が慌てて手を振った。
「あ、私に聞いても詳しくは知りませんよ。パパから話を濁されたので。ただ、調査が思ったより進んでないのは確実です。レベル1は言い過ぎにしても、近い感じではあると思いますよ」
「そうだとしても、武器とかあるだろ」
「だから知りませんて。というか先輩、ちょっと自衛隊を過信し過ぎですね。助けられてもいないのに。私としては、助けてくれた先輩の方がよほど頼りになります」
「いや、俺のことよく知らないだろ」
「ふふん。人を見る目はあると思ってるので」
……何言ってんだ、会って数分なのに。
けどまぁ、知らないものを無理に聞いても仕方ないか。
朱音は中庭の大きな時計を見ると、「あ」と小さく声を上げた。
ベンチから跳ねるように降りる。
「すみません、話し込んでしまって。今日は先輩にお礼と、顔繋ぎの為に来たんです。ついテンション上がって……引きませんでした?」
「いや、大丈夫。俺も楽しかったよ」
「良かった。この為に転校までしたのに、嫌われたらどうしようかと思いました」
「今ちょっと引いたよ」
やっぱりあれだな、ゴブリンより理解できない。
朱音は特に気にした風もなく、当たり前のように言った。
「先輩。次の面談、いつですか?」
「……明日だけど。なんでそのことを?」
「私もあるので聞いてみました。多分、そろそろいつもと違うことを聞かれたり、お願いされるかもしれません。先輩の返事次第では、またこうして会いたいです」
「返事? よく分からないけど、分かった」
「力のステータスが上がった理由がよく分かる返事ですね」
今の絶対馬鹿にしたよね?
馬鹿にされたままなのも癪なので、最後に一つ聞いてみることにした。
「まだ教えてもらってなかったけど、朱音はどうやって俺を知ったんだ?」
「調べました。探偵使って」
……もう怖いよ。
帰ってから色々調べてみると、九重グループは国内ではそこそこ名の知れた企業グループだった。なんか俺でも知ってる会社がいくつかある。
超お嬢様じゃん。何がそんな大きくないだよ。
次会ったら様とか付けた方がいいかもしれない。
……産業革命に、自衛隊が苦戦、ねぇ。
朱音から聞いた話を頭の中で反芻する。大体は抜け落ちていた。
それでも印象に残ったその二つを考えてみたが、やっぱり俺には話が大きすぎて分からない。世の中が便利になるならなればいいと思う。
それに、どうして朱音がこの話をしたかったのかは分からない。何か裏があるのは間違いないと思う。魔石辺りを喋っていた時が一番熱が入っていたし、俺に何かさせたいことがあるのかもしれない。
それ自体は悪い気はしなかった。楽しそうに話していたし、協力できるならしてやりたいと少しは思う。ただ、俺が役に立てるとは思えない。研究とか無理でしょ。
……魔石を集めてくれならまだしもなぁ。
勝手に苦笑が漏れた。それこそあり得ない。
国が許可を出すわけないだろう。
朱音には悪いが、正直俺に関係するとは思えないな。
自衛隊の方は明日聞いてみようか。
まさかないとは思うけど、気になったから試しに。
次の日の土曜日。
半日授業を受けた放課後、俺は電車に乗って国会議事堂前駅で降りた。
向かった先は内閣府庁舎。
あれから五日に一回のペースで通っているが、何度来ても慣れる気がしない。はっきり言ってかなり浮いてると思う。制服姿の高校生が来る場所じゃないでしょ。
とはいえ、すぐに担当の人に案内されるからまだマシだろう。やけにかしこまった態度で連れて行かれるまま、俺はいつも通り軽い身体検査を受けて面談室に入った。
向かいのソファには、既に真壁さんと石田さんが座っていた。
いつもはノートを取るお馴染みの人がいない。代わりに別のスーツ姿の人が背筋を伸ばして立っていた。結構大柄で背筋をピンと伸ばしてるから滅茶苦茶目立つ。
その人は口を真一文字に引き結び、じっと俺を見ていた。
……なんか堅いな。議事録係さんはどうしたんだろうか。
そうは思うも、やることは変わらない。
軽い近況報告を話して、日常に差し障りがないか尋ねられる。
面談を始めたばかりの頃は、ステータスやダンジョンについて聞かれていたせいで結構時間を食っていた。だが最近はそれもなくなり、今では三十分も掛からない。
自衛隊について聞くなら、雑談交じりが許される今しかない。
そう思っていたら、真壁さんが重苦しそうに口を開いた。
「三橋君。折り入ってお願いがあるんだが」
「……はい?」
真壁さんは一度石田さんと目を合わせ、小さく頷いた。
「まず最初に言っておく。この依頼を断っても、君に不利益が生じることは一切ない。君の意思を最優先すると約束しよう」
「……はぁ」
「単刀直入に言おう」
真壁さんは姿勢を正し、俺の目をまっすぐ見つめ――言った。
「三橋君、君にはもう一度ダンジョンに潜ってほしい」




