第12話 普通の高校生活
家族との面会から五日が過ぎた。
その間、俺は色々な検査や聞き取りをしていた。
精密検査。
ステータスの確認。
異常領域での行動記録。
運動能力テスト。
検査や聞き取りは欠伸が出るほど退屈だったが、運動能力テストは面白かった。
握力は測定器が壊れた。
背筋力も壊れた。
垂直跳びは測定範囲外。
百メートル走は一度だけ走ったが、その後は中止になった。設備側が俺の速度を想定していなかったらしい。ちなみにタイムは教えてくれなかった。
他にも反応速度試験や動体視力、バランス能力試験とかもやったりした。担当者さんが終始ドン引きしていたけど、手加減しては駄目だと言われたので問題ないと思う。レベル10の俺がどれだけ動けるのか興味もあったので、結構張り切った結果だ。
というか俺も途中から何が普通なのか分からなくなってたし、仕方ない。
自由に動くことを許された後で知ったことだが、ここはどうやら病院ではないらしい。全てを見て回れた訳では無いが、何やら研究室とか運動場まである。
大学ではないかと睨んでいるが、結局不明だ。
どうせここを出る時には分かるだろう。そんな興味はないけど。
それから待遇も随分と変わった。
前は病院食みたいな淡白な食事だったのに、いつからか俺に何を食べたいのか聞いてくるようになった。言えば何でも出てきたことにちょっとした恐怖を感じる。
それはいいとして暇だったから調子に乗って、家からSwitch持ってきて欲しいと言ったら、それはできないと断られてしまった。当たり前だ。
かと思ったら、なぜか新品のSwitchが一時間後には手元に届いた。
……ゲーム入ってないと意味ないんだけど。
そう思って一応ネットに繋いでみたら、なぜか数万円分の残高がチャージされていた。何これと聞いてみたら、これでなんでも好きにゲームを購入していいらしい。足りなければ言ってくれとも言われたし、あとで請求もされないとのことだった。
流石に怖くなって、それから何かを注文するのは止めている。
それにしても、俺はいつまでここにいればいいのだろうか。
もう半月以上はここで過ごしている。9月も半ばだ。
あ、俺夏休み丸々ダンジョンで過ごしてる。
酷くないか。振替休日とかもらえるのかな。
そう思っていたら、いきなり面談室に呼び出された。
そこで今後の説明を受け、いくつか書類にサインをした。
定期的な面談への協力。
緊急時の連絡。
異常領域に関する情報提供。
要するに、今後も色々と協力して欲しいらしい。
まぁ、断る理由もないので二つ返事で受け入れた。
大した話ではない。
そして、その日の夕方。
俺はようやく、家に帰ることを許された。
それから一週間後。
母さんが作った朝食を食べながら、リビングでニュースを見る。
ニュースはもっぱらダンジョンの話だった。
自衛隊が撮影したと思われる解像度の粗い映像を流し、タレントが大げさ混じりなコメントをする。これは歴史的な発見とか、人類史がひっくり返るとか、その辺。
どうでもいいけど、真面目な顔でダンジョンとか言われるとなんか面白い。
チャンネルを変えても同じで、今度はゴブリンが画面に現れた。
俺にはお馴染みの緑色をした憎いあいつを見て、隣でご飯を食べていた妹が「ひあ〜」と声を上げる。
「ホントにゴブリンじゃん。兄ちゃんホントにあいつ倒したの?」
「まぁなんとか」
「うわ」
聞いといて引くなよ。傷つくだろ。
だが流石は小学生と言うべきか、好奇心は旺盛らしい。さっきまで引いていたくせに、今度は興味津々といった様子で俺の腕を引っ張ってくる。
「ねぇ他には? 他にはどんなのいた?」
「大体あいつしかいなかったよ。あとは虫とか動物かな」
「どんな動物?」
「ネズミはいたな。あとはラ――いや犬だな。犬がいた」
「嘘だぁ! 今ラって言ったじゃん!」
「嘘じゃない。猫科だが、あれは恐らく犬だった」
「んん? どっちなの?」
ゴブリンライダーとかはわざわざ話す必要はないだろう。唯愛の人生には全く知る必要のない情報だ。それに俺にとっては犬と言っても過言ではないから嘘は付いてない。
動物で思い出したが、そう言えば猿もいたな。
……あいつ元気にしてるかな。
次会ったら絶対殺してやる。
「もう、やめときなさいよ。暁一が困ってるでしょ」
母さんの言葉に、唯愛が「は〜い」と間延びした返事を返している。帰ってきたばかりの頃はダンジョンの話題が出る度に神経質になっていたが、今ではこれくらいなら許されるようになった。
「あんた、本当に学校行って大丈夫なの? もう少し休んだら?」
「大丈夫。怪我も病気もないのにこれ以上休めないよ」
「でも、もしまた万が一があったらと思うと……」
「そんなこと言ってたら家から出られないし、留年しちゃうって。本当に平気だよ」
「……そう。引きこもりの息子は私も嫌ね」
嫌というか、引きこもりにでもなったら父さんに殺される。
そんな普通の会話をしている間にも、テレビではダンジョンの特集が続いていた。
『現在確認されている失踪者数は――』
『政府は本日も調査を継続しており――』
帰ってきた今だから分かる。
あれだけ騒いでいるのに、テレビで語られている内容は驚くほど少ない。むしろネットの方が情報が溢れているくらいだが、ガセ情報ばかりだった。精々テレビで流れるのより高画質な映像があるくらいか。驚くことにレベルやステータスすら伏せられている。政府の情報規制もあるのだろうが、それにしたって少ない。
……まぁ、それも仕方ないか。俺だって知ってることの方が多いとは言えないし。
何にせよ、俺は普通の高校生に戻るだけだ。
……普通の高校生とか無理かもしれない。
俺は学校への道のりで、既にそんなことを考えていた。久しぶりの登校が憂鬱とかそういうのではない。いやそれもちょっとはあるけど。
人多すぎ、音デカすぎ、背後とか気にしちゃう。
電車なんか地獄だった。不審者一歩手前だったかもしれない。
どうやらダンジョンに慣れすぎた俺の体には、通学路との相性が最悪だったらしい。これは近所を散歩したり、リハビリしてから来るべきだった。いきなり電車は辛すぎるよ。
加えて……。
「……」
学校が近付き、生徒の数が増えるごとに視線を向けられるようになってきた。
自意識過剰ではなく、それくらいは分かるようになっている。というか普通にひそひそ話の内容まで聞こえてるのだから、間違えようがない。内容はもちろん俺のことだ。
――帰ってきたんだ
――あの人じゃない?
――マジで?
そんなことばかりが、繰り返し聞こえてくる。
別に悪口ではないのだから、気にしなければいいだけのことだった。だけどそもそも注目されるのに慣れてないし、それに普通なら聞こえてこない声量でもある。勝手に人の話を盗み聞きをしているようで、俺にも謎の罪悪感が湧いてきて辛い。
というか、よく俺のこと知ってるな。
失踪者以前に、俺は目立たない生徒だと思ってたけど。
いや、流石に二ヶ月も失踪していたら嫌でも覚えられるか。
嫌な有名人のなり方だと軽く鬱になりながらも、俺は校門を潜って上履きに履き替える。そして階段を上がり、自クラスの扉を普通に開けた。
……失敗した。
――教室中から、一斉に視線を向けられた。
目立つのが嫌だからと遅めに登校したが、それが裏目に出たらしい。もうクラスの生徒は殆どが登校し終えていて、まさに集中砲火と呼ぶに相応しい視線の数である。いつもはうるさいくらい騒がしいのに、俺が扉を開けた途端ピタッと止まってしまった。
……気まずい。もう帰りたい。
「――三橋くんっ!」
その声に弾かれるように顔を向けると、朝倉さんだった。
あ、なんかすごい久しぶり。実際久しぶりだけど。いやそうではない。
朝倉さんは周囲の空気など気にも留めず、突然目を潤ませる。
そして、
「良かった……っ」
そう言って、泣き出してしまった。
……えぇ。
どうすればいいの、これ。
俺が何かしなければいけないのだろうか。
でもこの状況で俺にできることなど何もない。というか何かしたらそれだけで騒ぎになりそうで嫌だ。そう思っていたら、朝倉さんの友達――確か京本月陽が朝倉さんの背中を叩いた。
「ちょ、詩織泣かないの!」
「こ、ごめんね月ちゃんっ。だって、もう会えないかと思って……だからっ」
「ああもう、この子はっ」
京本さんに背中を叩かれながら、朝倉さんは必死に涙を拭っている。クラスの人気者の涙に、教室中の視線が今度は俺ではなく、朝倉さんに集まっていた。
助かった。
いや、助かってない。
朝倉さんに集まっていた視線が、すぐに俺に戻ってきた。
「三橋!」
「マジで戻ってきたんだな」
「怪我とか平気なの?」
「今までどこにいたんだよ」
朝倉さんが空気を壊したことで、俺に話しかけていい雰囲気がなぜかできたらしい。矢継ぎ早にされる質問のせいもあるが、一度も喋ったことのない奴まで混ざり始めて、何から答えればいいのか分からなくなってくる。
というか、話せることなんて何もない。俺が退院する条件の一つには守秘義務も入っていた。それは俺が今までどこにいて、何をしていたのかまで含まれている。
そうでなくとも、特に友達でもなかったのになんだこいつら。
いや、向こうからしたら普通にクラスメイトが帰ってきたくらいの感覚なんだろうけど。でもこっちにしてみたら、いきなり知らない奴から話しかけられた時と同じである。
……どうするかな。ずっと黙ってるのもなんか変だし。
そう困っていたら、とても懐かしい声が聞こえてきた。
「おー暁一! お前生きてたのかよぉ!」
その言葉と共に、後ろから腕が伸びてくる。
俺は反射的にその腕を掴み、そのまま壁へ押さえ付けた。
「――痛ぇ、テメッ、」
「ああ、安田君か。誰かと思った」
思ったままをそのまま言い、その顔を普通に見る。
相変わらず憎たらしい顔だ。今まで忘れていたのに不思議だな。
そう思っていたら、急に痛そうに身を捩りだした。
「あ、ごめん、大丈夫?」
慌てて手を離して、改めてその顔を見る。
竜之介は顔に怯えの色をはっきり覗かせて、縮こまるように両手を胸の前にやった。
……そんなに痛かっただろうか。
おかしいな。ただでさえレベルが上がっているのだから、こういったことはかなり注意をしてるのに。手加減だって思いっきりしたし、大して痛くなかったはずなんだけど。
一気に静まり返る教室の中、竜之介と一緒にいた男ががなり立てる。
「――て、テメ三橋! 陰キャが何調子乗って、」
「なに?」
俺はそいつと目を合わせて、がなり声を止めた。
「誰?」
「――はぁ!?」
その特徴的な甲高い声を聞いて、俺はようやく誰か思い出す。
鈴木だ。竜之介といつも一緒にいる奴。
本気で忘れてた。なんで忘れてたんだろう。
「お、お前……!」
鈴木は顔を真っ赤にして何か言い返そうとしたが、言葉にならないようだった。俺もわざと忘れていたわけではないので、それ以上は何も言わない。
……というか、こいつはどうでもいい。
俺は竜之介に視線を向けた。
今度はその顔を見ても、特には何も思わない。
「な、なんだよ、暁一っ」
「その呼び方、止めてくれるかな」
「なっ――、」
「そんな驚く? 俺達、前から親しくも何ともなかったよね」
事実だけをそのまま言うと、誰かがプッと噴き出した。
それを皮切りに、張り詰めていた空気が少しだけ緩む。
「まぁ、そうだな」
「親しいは流石に違うわ」
「正論やめろし」
あちこちから笑い混じりの囁き声が聞こえてくる。
竜之介は俺を睨み返していたが、何か言い返そうとして結局言葉は出てこなかった。
……別に他のクラスメイトも同じだけど。
竜之介に限った話ではなく、他のクラスメイトも親しくない。
だからこの空気には違和感があるが、親しくないからこそ止める気にもなれなかった。例外があるとすれば前から気にかけてくれた朝倉さんだけだが、ほら、ちょっと話しかけづらいし。
それ以外は、まぁいいか。
少なくとも今の俺にとって、この教室は怖い場所ではなかった。
「おーい、席着けー」
朝のチャイムと共に、担任が教室に入ってくる。
それぞれが自分の机に戻る中、朝倉さんはまだ目を潤ませながら椅子に座った。竜之介も顔を伏せながら自分の机に戻っていく。
俺は鞄を机に置き、久しぶりの席に腰を下ろした。
その日も次の日も、学校生活は平和だった。
相変わらず人の多さや音のデカさで苦労したけど、こればっかりは慣れるしかない。
ただ、ダンジョンがニュースになってて関心が高いせいか、同級生上級生問わず、俺に失踪時の話を聞きにくる生徒もいた。やっぱり俺はちょっとした有名人になっているみたいだ。
そういう時、俺は決まって何も知らないと答えている。
まだ時々来るけれど、守秘義務もあるし知らない奴に話せることなど何もない。段々数は減ってきてるから、飽きられるのも時間の問題だと諦めることにした。
……あとは、そうだな。
夏休みを挟んだとはいえ、三ヶ月近く学校にきてなかったせいで勉強がヤバいことになっている。もうほんと、真面目に留年するんじゃないかってくらい。
幸い、各教科の先生が俺に補習をしてくれることになった。これでテストの出来が良くなくても、一応留年は回避できるらしい。事情が事情だから特別だと言ってくれた。本当にありがたい。
ちなみにだが、体育は何をやってもチート状態になった。
さすがに全力を出すわけにはいかないが、陸上競技は何をやっても流しでぶっちぎりである。バスケや野球はコツを掴むまでは普通だったが、一回理解してしまえば余裕だった。ダンスだけはセンスが無いからダメだったが。
とはいえ、守秘義務を守る為に手加減しまくってそれだ。
そのせいで地味に疲れる以外は、特に何事もない日常だろう。問題も起きなければ特別嬉しいこともない、至って普通の生活に戻れている。
そう、いじめられる前の学校のように。
「……」
あの日から、竜之介は一人で居ることが増えていった。
時折チラチラと俺を見るような視線を感じるが、俺から何か言うことはない。あいつはもう俺の中でどうでもよくなっているのだから、気にしても仕方なかった。
ちなみにだが、鈴木は別クラスの不良に取り入っていた。
あいつは本当どうしようもない。
そうして学校に復帰してから半月が経過し――十月に入った。
朝のホームルーム前は、運動部に入っている連中と駄弁ることが増えていった。体育の様子を見て親近感を覚えたのかもしれない。一緒に登校したり放課後遊びにいくような仲ではないが、俺にもそういった友人ができてきた。
これまで話したことがないだけで、基本的に良い奴らだ。
俺が勝手に距離を置いていただけなのかもしれない。
「なぁ三橋。お前、将来何になりたいんだ?」
野球部の黒井が、机を挟んでそう聞いてきた。
会話の流れは覚えている。確かさっきまで、昨日テレビでやってたボクシングの試合に出てたラウンドガールが超可愛かった話をしていたはずだ。俺も可愛いと思ってたから覚えている。
ん? いつからこんな真面目な話に?
「どした黒井、まだ俺たちに将来は早いだろ?」
と思ったら、急な話題転換は黒井からだったらしい。
テニス部の城崎から突っ込まれた黒井は、小さく肩を竦めた。
「いや、別に早くないだろ。特に俺達みたいに、スポーツ推薦で入ったやつは考えておくべきじゃないか。お前もそうだろ、どうなんだ城崎」
「俺? 俺はまぁ、普通に大学だと思うぜ。テニスは続けるけど」
「どこの大学だ? 候補は決めてるのか?」
城崎が「まだに決まってるだろ」とヘラっと流した。
俺も高校一年の秋に考えることではないと思う。
あと、しれっと俺達と括っていたが、俺はスポーツ推薦じゃない。
「まぁ城崎はこういう奴だからいいとして。三橋はどうなんだ?」
「俺こそ何も考えてないよ。それこそ城崎以下だと思う」
「おい、今なんか馬鹿にしなかった?」
そんなことはない。少なくともこの話題では本当に城崎以下だ。
俺の答えは今ので終わりのつもりだったが、黒井は納得しなかったらしい。
少し、机に前のめりになって口を開いた。
「俺は三橋こそ、今から本気で考えた方がいいと思ってる。お前、多分だがどこにだっていけると思うぞ。あ、もちろんスポーツや体育関係限定な?」
……そんなわざわざつけ足さなくても。
とはいえ、俺も自分の頭が良い方だとは思っていない。しかしはっきりと頷くこともできず、「そんなことないと思うけど」、と適当に濁した。
それがお気に召さなかったのか、黒井が呆れたように笑う。
「何がそんなことないだよ、いいから聞けって。お前、色々手を抜いてるだろ。短距離走とか思いっきり流してるしな。そういうのは見てれば分かる。城崎もそう思うだろ?」
「当たり前じゃん。普通に分かるって」
「だってよ三橋」
「ええっと……」
確かに最近は手加減するのが面倒になって、手の抜き方が雑になってた気はする。けど、こう直接言われるとは思わなかった。油断し過ぎたかな。
……でも守秘義務あるし、なんて言えばいいんだろ。
俺がそう頭を捻っていると、黒井が慌てて手を振った。
「ああいや、言わなくていい。知りたいが、言いたくないのに無理強いするわけにもいかないしな。知ったあとどうなるのかも怖いし」
「まぁなー。なんか知ったら解剖とかされそうだし」
なんで城崎が解剖されんの?
それはどちらかというと俺がされるのでは?
とはいえ、そう言ってくれると有難い。
「そっか。次から気を付けるよ」
「おお気を付けろ。いやそうじゃなくてな、お前の将来の話だよ」
「だから何も考えてないって」
「考えとけよ、マジで。ちなみに俺はプロになる」
黒井は迷いなく言った。
「そのためにこの高校に来たんだ。駄目だったら大学だけど、まずはやれるとこまで全力でやる」
「……すげぇ」
「茶化すなよ」
黒井は照れくさそうに言ったが、別に茶化したつもりはない。
プロって、野球のプロだろ? あのテレビでやってるプロ野球。それになるのが夢で、全力で取り組むなんて、すげぇ以外の感想が出てこないくらいすげぇ。
俺が本気でそう思っているのが伝わったのか、黒井がコホンとわざとらしく咳をした。
「俺は今からでも、お前ならなれると思ってるぜ。プロに」
「は? 無理でしょ」
「無理じゃない。正直複雑だけどよ、スポーツは結局身体能力の勝負だからな。技術は後から努力で補える。野球じゃなくてもいいから、一度本気で考えてもいいんじゃないか」
……本気で、か。
「……分かった。考えてみるよ」
「おう。そういや城崎、駅前に新しくジムできたんだが、今度行ってみないか」
「ジムかぁ。ムキムキにはなりたくないしなぁ」
「ジムに行っただけでムキムキになるかよ」、と、冗談を交わし合う二人の会話を聞きながら、俺は将来について少し考えてみた。
確かに黒井の言う通り、体を動かす仕事なら何にでもなれる気がした。スポーツ関係、体育関係、スタントマンに就くのもありだろう。レベルアップという反則があるから分からないが、許されるならスポーツ選手にだってなれると思う。本気の黒井の手前無理とは言ったが、やって出来ないことはない。
でも、それが俺の本当にやりたいことだろうか。
それで本当にいいのか、分からない。
……いや、今から考えることじゃないか。
夢を追う黒井に触発されて考えてみたが、まだ高一の秋だ。進路を決める猶予はあと一年以上も残されている。これまで通り当たり前の日常を過ごして、その中でゆっくり考えていけばいい。
……まだまだ人生は長いのだから、慎重に決めないとな。
――突然、教室の扉が大きな音を立てて開かれた。
扉を全開にするという派手な開き方をした人物は、女の子。クラスメイトではないし、同級生にも見えない。というか中等部のセーラー服を着ていた。
……中学生が一体、何の用でこんな所に。
肩口で切り揃えた髪を揺らしながら、女の子は教室の中をぐるりと見回す。教室中の視線がその子に集まっているが、本人はそんな周囲の反応など全く気にしていないようだった。
その子は何かを探すように教室中へ視線を走らせ――。
「いた」
その一言と同時に、女の子の目が真っ直ぐ俺を捉えた。
そして一直線に俺の机まで歩いてくる。
「あの」
俺の前で立ち止まり、小さく息を吸った。
「会いたかったです、三橋先輩」
……誰だか知らないけど、そういうのほんとに止めて。




