第8話 うさぴょん
「陛下。権力の横暴ってあると思いませんか?」
私は国王陛下の重厚感のある机に両肘をついて、視線を合わせています。
微妙に足を曲げている不格好さですが、ダボッとした黒いローブが体型を隠しているので問題ありません。
「権力は奮うためにある。そう思わないかい?」
一つ年上の国王陛下は、悪気なく答える。
イラッとします。
「思いませんね。いくら、騎士団長殿が結婚しない理由を口にしたからと言って、従兄妹殿をあてがうのは、如何なものかと思いますが?」
「うーん?しかしだね。従兄妹殿は昔から使い魔と結婚するという変わり者で、叔父上もお困りだったようだから」
「それは、自分の使い魔を婿に出したくないというわがままです」
「相変わらず……従兄妹殿はそれがなければ、嫁の行き先に困らないのですがね?」
「あ?だったら他国への留学を許可しろ!」
「それは私との婚約話が出たとき却下されたはず、あと言葉遣いが悪い」
この話からわかるように、この国の王は私の従兄妹になります。
ということは、母か父が王族ということになるのです。残念なことに父が国王の叔父になるのです。
私が他国に行けない理由。それは父が王族だからという、くっそつまらない理由です。
一度この従兄妹殿との婚約話が持ち上がりましたが、当時十二歳の私はめいいっぱい否定しました。
メラにゃんに抱きつき、トラにゃんを頭の上に乗せ『メラにゃんとトラにゃんを連れて国を出ていってやる』と。
まぁ、そこからメラにゃんを父と取り合う喧嘩が勃発するのですが、それはいつものこと。
そして父の異母兄弟の国王陛下が折れて、婚約話はなくなったのです。
そう、異母兄弟のため、父親似の私ですが国王陛下の従兄妹殿とは全く似ていません。
従兄妹殿は銀髪の皮肉が似合う顔つきに、金色の目が意地悪さを引き立てて……まぁ、一般的には見た目がいいのでしょう。
が、屁理屈が私をイライラとさせるのです。
「ふん! 口が悪いのは一般庶民と取引をするためで、従兄妹殿のように興味津々で下町の酒場に行って、身ぐるみを剥がされるためではないですよ。誰が探し出して私物を取り戻して、連れて戻ったと思っているのです」
「興味津々とは失礼だ。市井を知らなければ、良い政治はできないものだ」
「だったら護衛を巻くとか無意味な行為を止めていただきたい。捜索依頼がこちらにくるのですが?」
「無意味とは失敬だ。それでは楽しめないだろう」
ああ言えばこう言う!
それ、楽しむ前提と言っているではないですか!
「魔導師団長殿。陛下の仕事の邪魔をしないでいただきたいものですね」
イラッとしているところに、声が割り込んできました。この声は……
「これは陛下の雑用係殿、しばしお時間をいただきたく……」
金髪碧眼の青年の背後に釘付けになってしまいました! これは! これは!
無言でサクサクと雑用係の後ろに回り、きっと雑用係に持たされたのであろう書類の束を床に置き。
「この書類は陛下に確認していただくもので、床に置いていいものでは……はぁ」
雑用係のため息を聞きながら、目の前の存在に抱きつきます。
「うさぴょん。久しぶりだねぇ。雑用なんて、そこの雑用係に押しつけておけばいいんだよ?」
うさぴょん。人よりも一回り大きなピンクの毛並みがふかふかのウサギの使い魔です。
「主様のお姉様、お久しぶりでございます」
うさぴょんの言うことを解説すると、そこの金髪碧眼は私の三つ年下の弟です。
母似の弟です。
「うさぴょん! いつでもお嫁さんに来ていいからね」
「魔導師団長殿、いつも人の使い魔を口説くのは止めていただきたい。あと変な名で呼ぶのを止めていただきたい」
「うるさいですよ。ギルバート」
私はうさぴょんに抱きついたまま、首だけを弟に向けます。
「うさぴょんをベスぴょんと呼んだらブチギレたではないですか」
「ベスの後ろに、へんなものをつけないでくださいと言ったのです」
「姉弟喧嘩なら帰ってしてくれるかね。あと、婚約は受け入れるとディロメルデ公爵家から報告があったから、もうディロメルデ公爵家とカサランドラ伯爵家の話だから私に言っても無駄だからな」
国王の言葉にそんなことはわかっていると睨みつけます。それを先ほどフェルアランから言われたのです。
何故か、リュクシオン・ヴァスディスの妹と勘違いしていましたけどね。
「そこを、やっぱり駄目だったよテヘペロって言えばいいではないですか。従兄妹殿に脅されたと言えばいいのです。公爵であれば、父のだだを捏ねたこともご存知でしょう」
父と母が結婚するときに、爵位を与えられることになったのです。
父は頑として『名誉男爵』がいいと言いはりました。
それはもちろん、領地の管理など煩わしいことを避けて、魔法の研究をしたかったからだと聞いています。
しかし当時の国王陛下……父の兄ですね。
それでは体裁が悪いと、公爵位を与えようと言い出したところ、他国に行くと言い出したそうです。婚約者の母を置いてです。
侯爵令嬢であった母はブチギレて、メラにゃんを使い魔質にしたそうです。今更、他の婚約者を探せと言うのかと。
まぁ、男社会のこの国で、結婚できなかった女性の将来は決まったようなもので、修道院に行くか、その身を売って娼婦になるか、どこぞかの貴族の愛人になるかというものです。
そんなこんなで、領地に管理官を置くということで、カサランドラ伯爵の名と共に爵位を叙爵したのでした。
という当時の事件をご存知であろうディロメルデ公爵であれば、私がだだを捏ねたというのも納得されると思います。
というか、私が公爵夫人とかないです。
絶対にないです。
「それよりも……」
「それよりもとは何ですか? 雑用係」
「ドラゴン討伐の仕事はどうされたのです」
「は? 何を言っているのです。馬鹿なのですか?」
本当にこの弟は、私の弟なのかと思ってしまうほど、頭が回りませんね。
「馬鹿とは何です!」
「今日言われて、はいそうですかと出立できるはずないでしょう。部下に準備をさせて、明日早朝出立です」
「それは、ご自分で準備されたほうがよろしいのではないのでしょうか? ベス、強制転移を」
「はい、主様」
もふもふのうさぴょんが動いたかと思えば、私の額にもふもふの手が置かれました!
「うさぴょんのもふもふのお手々いいね。今度一緒にお手々繋いでお散歩に……」
「強制転移」
弟の代わりに魔法を施行するうさぴょん。私を中心に魔法陣が広がっていきます。
「うさぴょん! いつでもお嫁さんに来ていいからね!」
と言い切る前に、見慣れた風景に置き換わっていました。
ちっ! 魔法の才能はそこまでないくせに、一人前に使い魔を使うなんて、弟には百年早いのです。
「あーやっぱり、ベスに強制排除されたのか」
「トラにゃん! ずいぶん待たせてごめんね?」
トラにゃんが待つ、私の執務室に戻ってきたのでした。




