第6話 失態
それから一時間、無言の時間が過ぎました。
最初は紅茶に視線がいっていたので良かったのですが、途中から向かい側にいる私を睨んできていたのです。
その私といえば、大きな窓の先にあるテラスの柵の間から見える庭に、視線を固定していました。
私はドレスのポケットから、鎖につながった時計を取り出し、確認します。
一時間経ちました。
ノルマ達成です。
それを確認して、スッと立ち上がりました。
「そろそろ、おいとまさせていただきます。それでは御機嫌よう、ディロメルデ公爵子息様」
簡単に挨拶をして、さっさと部屋の出口に向かいます。
これは帰ってからメラにゃんを撫でまわさないと、このストレスは解消されません。
「玄関まで送っていこう」
背後からの言葉に思わず足を止めてしまいました。
何を言っているんだと、不審者に向ける視線を向けてしまいました。
そんな気遣いができるヤツでしたか?
フェルアランから手を差し出されたので、仕方なくその手を取りました。
違う! 何かが違う!
子供が迷子にならないようにという感じで手をつないで、並んで歩くフェルアランと私。
これはどういうことだと、背後に視線を向けて使用人に確認しようとしたのに、誰も視線を合わせてくれません。
執事なんて、横を向きながら口元に手を当てて、フルフルと肩を揺らしているではないですか!
おそらく彼には私が魔道師団長と同一人物だという情報は与えられているとは思いますが、そういう態度はいかがなものなのでしょう!
そして困惑したまま、一階に降りる階段に足をかけます。
うげっ!
足を引っ掛けないように、スカートの裾を上げて気をつけていたのに、履き慣れないヒールがグキっと横に滑って足が!
魔法を使おうにも、両腕に魔力抑制の腕輪が邪魔をして魔法を施行できません。
階段を転げ落ちるっと思ったところで、ドンと横にぶつかって受け止められました。ホッとため息がこぼれます。
「申し訳ありません。少し緊張していたようです」
着慣れないドレスとか履き慣れなれないヒールとかを、言い訳にするわけにはいきませんので、適当な言い訳をします。
ええ、令嬢がドレスとかヒールに慣れていないとか、いったいどんな生活をしてきたのだと、言われてしまいますからね。
ん? フェルアランから距離を取ろうとしているのに、離れません。
「あの? もう大丈夫です」
フェルアランを見上げて、遠回しに離して欲しいと口にします。
が、何故かガン見で見下されていました。
バランスを崩して悪かったですよ。
離してもらっていいですよ。
離れようとしているのに、力を強めないでくださいよ。
そして、身体が浮き上がりお姫様だっこされる私。
「は?」
「馬車まで送る」
状況に頭が追いつかず、固まってしまいました。
え? これもしかして、フェルアランに抱えられています?
気がつけば、私は馬車の座席に腰を下ろしていました。
「また、お会いいたしましょう」
というフェルアランの言葉と共に閉じられる扉。
え! ちょっと待って! 王命でも断ると言っていましたよね!
動き出す馬車の窓に張り付くと、地面にしゃがみ込んでいるフェルアランの姿がありました。
何をしているのです?
隣に立つ執事はニコニコの笑顔で見送ってくれていますが、地面にうずくまっているフェルアランはいいのですか?
*
フェルアラン Side
「アーガス。俺は己の決めたことを簡単に覆す駄目な男だ」
遠ざかっていく馬車の音に紛れて、フェルアランの懺悔の言葉が聞こえてきた。
いや、しゃがみ込んで頭を抱えているので、聞き取りにくいと言ったほうが正確か。
「今回の婚約の話を進めても良いということですね」
初老の執事は、このような状況でも淡々と言葉を返す。
「しかし! 俺には心に決めた人がいる」
「ですが、フェルアラン様。一目惚れというのは、何度も起きるものではないでしょうか?」
「うぐっ」
執事は、はっきりとは言わないが、同じ人物に一目惚れすることは、何度も起こることではないのかと口にした。
これはもしかすると、今回の婚約者が誰なのか、フェルアラン自身が気づくかどうかも含まれているのではないのか。
「陛下も陛下だ。意地が悪すぎる。俺はリュクシオンが好きだから結婚しないと言ったら、似た女性を用意してくるなんて」
いや、本人が国王陛下に問題発言をしていたようだ。
そのため、組まれた王命の婚約だったと。
「そう似すぎている……これは……まさか!」
フェルアランは何かに気がついたかのように立ち上がり、邸宅のほうに戻っていった。
「普段からこれぐらい饒舌に話していただけると、大変助かるのですが」
老執事は孫を見るような視線を向けて、フェルアランの背を見送っているのだった。




