第4話 人質ならぬ使い魔質をされてしまった
「あー、実家に戻ってきてしまったよ」
私はトラにゃんを抱きかかえて床の上に寝転がっています。
どう見ても、見覚えのある実家のカサランドラ伯爵家の天井です。
「お嬢様、おかえりなさいませ」
「二十五にもなってお嬢様はないよ」
私を見下ろすのは、カサランドラ伯爵家の侍女長です。
「お父様に呼ばれたのですけど? これはメラにゃんをなでなでしないと、収まりません」
私はむくりと起き上がり、メラにゃんを探すべく動き出そうとしたところで侍女長が立ちはだかってきました。
「トラ様はお預かりします。お嬢様はお着替えをお願いいたします」
その言葉にトラにゃんをぎゅぎゅっと抱えます。取られるのは駄目です。
「く……苦しい……離せ」
しかしトラにゃんは腕を突っ張って、抜け出してしまいました。
「あぁぁぁぁぁトラにゃんが!」
勝手知ったる屋敷内と、トコトコと転移の間を出ていくトラにゃん。
トラにゃんがいなくなった室内でうなだれる私を侍女たちが、慣れたように別の部屋に引きずっていったのだった。
「あーメラにゃんを、私にメラにゃんを」
馬車の中で私の向かい側に座る父に向かって、恨みがましくいいます。
私は何故か水色のドレスを着せられ化粧をされ、髪を覆うヘッドドレスを被さられて、馬車に押し込められました。
それも親同伴。
25歳の私が親同伴。え? どこに連れて行かれるわけ?
白髪混じりの天色の髪の父は、私の声など聞こえないかのように目を瞑っています。
「魔道師団長は暇ではないのだよ。だからメラにゃんをなでなでする権利はあるはず」
するとまぶたが開き、金色の瞳が私を睨んてきました。
「御前試合の翌日は、国王陛下より休暇が与えられていることぐらい、前任の私が知らないとでも思っているのか?」
鬱陶しいと言わんばかりに、眉を潜めて答える父。
私の前の魔道師団長が父であるので、休暇になるぐらいわかっていると理解していますよ。しかし、騙し討のように連れてきたのは許しがたいことです。
ちなみに父の跡を私が継いだみたいになっていますが、魔道師団長は世襲制ではなく、老害共の意見が反映されているので、残念なほど実力主義です。
「私がメラにゃんが大好きなのを知っているからって! 騙し討はよくないです。だからなでなでする権利はあります!」
「メラは私の使い魔だ」
「メラにゃんは私のお婿さんです!」
互いに金色の目で睨みつけ合います。
「使い魔を取り合って、どうするのです。リュメリア、いつまでもふてくされていないで背筋を伸ばしなさい」
父の横で呆れているのは母です。
その膝の上には私のトラにゃんが……裏切り者。
「いいですか。今日は大事な日なのです。一時間はお茶を飲んで居座りなさい」
その母がおかしなことを口にしました。
お茶会というには父がいるので、そうではないと思っています。
そして居座るというのはどういうことなのでしょう。
「約束を守らなければ、トラは一晩私が預かります」
母の言葉に目の前が真っ暗になりました。これはトラにゃんをもふもふしながら寝ることができないということです。
「トラにゃんは私の使い魔です!」
「リュメリア。一時間、お茶をしながら居座ればいいだけのことです」
確かに一時間居座ればいいだけ。
でも、どこに?
ガクンと揺れ、馬車が止まったので、どこなのだろうと視線を窓の外に向けます。
「え?」
「今からリュメリアの婚約者に会いにいきますから、逃げようものならトラがどうなるかわかっていますね?」
母の言葉にギギギギと軋むように首を動かしていきます。
まさかの使い魔質!
そして父は私が魔法で逃げないようにするための見張り!
あと両腕につけられた無骨な魔力阻害の腕輪も私の行動を制限しています。
「あ……いや……ここ……ディロメルデ公爵邸では?」
「そうだ」
「何度か個人的に来ていますよね?」
私の身体がガタガタ震えてきます。
まさか! まさか!
「フェルアランとの婚約とかいいませんにょね?」
予想外過ぎて噛んでしまいました……恥ずかし。
「リュメリア。仲がいいでしょ?」
母がコロコロと笑いながら恐ろしいことを口にしました。
「それは魔道師団長のリュクシオン・ヴァスディスです」
「別に魔道師団長を辞めるように言ってはいませんよ。カサランドラ伯爵家の長女として婚約をするだけです」
それは根本的な問題が発生しているのです。何故そこをわかっていただけないのですか!
「リュクシオン・ヴァスディスは平民上がりで男という認識のはずです。カサランドラ伯爵家の長女ではありません」
「もうこれだから、魔法バカは困るのよ」
何気なく父もディスっていますよね。その言葉。
あとそれ、答えにはなっていないと思います。
「リュメリア。王命です。フェルアラン・ディロメルデ公爵子息との婚約は覆すことはできません」
昨日、本人から聞いていたことが、まさか私に関わってくるとは……馬車の扉が開く音が、私には魔境へ続く道への扉が開いたように思えてしまったのでした。




