第12話 指令! 番犬をもふもふ…もとい、庭の散策
若返りの薬を渡すという約束をつけ、私は公爵夫人から解放されました。
何度も若返りではなく、美容にいい薬草の煮汁だと説明しましたのに、それでもいいといわれました。
煮汁なので、味はどうしても改善できなかったとも言いました。が……母同様、美を追求する女性の執念には敵いません。
「あの……ディロメルデ公爵子息様。その……お屋敷の番犬たちに会わせていただけませんか?」
「う……」
何が『う』ですか?
上目遣いで睨んでいるように見えてしまうのは、フェルアランと身長差がありすぎるからです。
だからなるべく睨まないように、お願いしているではないですか。
モフモフしていい許可は、夫人から出ているのですからね!
「駄目なのですか?」
首を傾げて睨みつけます。あ、いつもの調子で睨んでしまいました。
「かわいすぎる……少し遠いので、お連れいたしましょう」
……何か変な言葉が入りませんでしたか?
聞き間違いでしょうか?
って、何故にフェルアランに抱えられているのですか! それも片腕で!
「あの? 歩きます」
普通に行軍に参加することもありますから、いくら広い公爵邸だからといって、倒れるほどやわじゃないです。
ん? 普通の令嬢は歩けないのでしょうか?
……普通がわかりません!
しかしこのままフェルアランに抱えられているのは、なんだかむず痒い気分になってきます。
ですが、普通の令嬢が歩けない距離をサクサク歩いてしまうと……いや、ドン引きされる方向でいいのではないのでしょうか?
そうです! あの従兄妹殿に頼ろうとした私が愚かだったのです。
従兄妹殿には、クソまずい若返りの薬を弟経由で送っておきましょう。
口から液体を出せばいいのです。
ここはフェルアランに嫌われるような、ドン引き令嬢で、婚約破棄に持っていけばいいのです!
10歳の妹にまで、令嬢として死んでいると言われた私なら行けるはずです!
「番犬と言っても魔犬の一種なので、とても大きいのですよ」
長い沈黙のあとに、返事が返ってきました。
ディロメルデ公爵邸には、何度か来ていますので知っていますよ。
番犬たちも、私のことは匂いでバレバレでしょうから、モフりたい放題です。
「素敵ではないですか!」
大きいモフモフに飛びつくのが醍醐味というもの。
……何故にガン見されているのですか?
そこは、魔犬を素敵という令嬢にドン引きするところですよね?
「魔犬がお好きなのですか?」
あ、ドン引きのガン見だったのですね。
普通はないですよね。
魔犬の種類にもよりますが、ディロメルデ公爵邸の番犬は雷爪とも言われている雷獣犬です。
額の角から放たれる雷撃は、敵を一撃で沈黙させる威力があるのです。
これを表現する言葉は一つしかありません!
「好き」
で、何故にフェルアランが雷に打たれたように、固まってしまっているのですか?
「フェルアラン様、もうすぐ到着ですよ」
背後から執事が声をかけて、歩くのを促してくれます。
はっ! 令嬢を抱えての移動はおかしいと指摘してください!
くふふふふふ。かわいいです。
真っ黒な毛並み。お腹の毛は白くて柔らかい。
ナデナデナデナデ撫で放題です。
人よりも大きなお犬様に囲まれて、お腹を見せるお犬様。頭を撫でろと押しつけてくるお犬様。角が刺さるのでゴリ押しはしないで欲しいところですが。
そしてナデナデして欲しいと順番待ちのお犬様たち。
一度押しつぶされて、フェルアランに助け出されたことがあり、その後から順番待ち制度が出来上がったみたいです。
調教師の腕がいいのでしょうね。
至福の時間です。はっ! 時間!
いつの間にか空が赤く染まっているではないですか!
「そろそろ、おいとまさせていただきます」
一時間以上の滞在です。
謝罪。お茶を飲む。会話。庭の……フェルアランに抱えられての散歩にモフモフ。
母からの指令はクリアしました!
トラにゃん、解放です!
ほぼ、モフモフしていた気がしますが。
「馬車までお送りいたします」
フェルアランが手を差し出してきたので、手を取ると……何故にまた抱えられているのですか!
「あの? 歩きます」
「ここは裏庭なので、馬車留めまでは距離がありますので、お送りいたします」
そしてそのまま馬車の座席まで抱えられて、『またお会いいたしましょう』と扉が閉められました。
これはどう判断すべきですか?
魔犬好き令嬢で、ドン引きされてないということですか?
動き出す馬車の窓に張り付くと、また地面にしゃがみ込んでいるフェルアランと、にこやかに見送ってくれている執事の姿がありました。
絶望している?
これは、もしやこの路線でいけるのではないのですか!
婚約破棄!
*
「アーガス。好きと言われてしまった」
「主語が抜けておりますが、ようございました」
リュメリアの好きは、番犬に対してのもので、決してフェルアランに向けてではない。
「凄い破壊力だった」
何を破壊されたのだろうか。
フェルアランは心臓を鷲掴みするように右手を胸に当てていた。
「しかし、リュクシオンへの想いが無くなったわけでもない。俺はなんて不誠実なんだ」
「何をもって、誠実とするのかでしょうなぁ」
リュクシオンへの想い。リュメリアへの想い。
何をもって誠実とするかなど、答えが出ているようなものだ。
だが、フェルアランにとって二人が別人であれば、不誠実となるのだろう。




