小話:王女の知らない攻防戦〜エドワード主導による王女の扱いに関する協議〜
3万5千PV突破の短編の記念に連載版を、始めることにしました
こちらの作品は、一定期間終了後…
【旧作&小話 置場】として存続いたします。気の向くままに、ユリアナやその周囲を囲む人々のお話を置いていけたらな…と考えます。
今回はとりあえず、記念の小話をおひとつお届けさせていただきます……
王宮行政棟の会議室は、普段よりも空気が重かった。
卓上に置かれているのは一通の報告書と、王家の封蝋が押された書状。
エドワード・フォン・ライゼンはそれらを一瞥し、静かに口を開いた。
「まず、前提を整理していこう」
その言葉に、同席していた王宮側の官僚が姿勢を正す。
「第十三王女ユリアナ・ド・アンジファーは、すでに実在を公に認識された」
誰も否定しない。
「問題は、その扱いだ――」
エドワードは書状を軽く指で叩いた。
「王家としては“正式な披露”を求めている。これは理解できる」
「しかし同時に、本人の生活環境はすでに固定されている」
そこで一度、言葉を切る。
「居住先の移動・王族としての再教育・王宮への復帰は、本人の拒否が明確だ」
官僚の一人が小さく咳払いをした。
「では、どうするおつもりで?」
その問いに、エドワードは即答した。
「王女としての立場と、生活基盤を切り分ける」
室内にわずかな緊張が走る。
「王女としての身分は維持する。だが生活基盤はこのままライゼン家に置く」
「……それは前例が」
「では、王女が放置され、王宮内で下働きをして育ったなどと言う前例はありましたか?」
室内が静まり返る。
「だからこそ今回も前例のない対応を提案しています」
誰も言葉を返せなかった。
エドワードはその沈黙を確認するように視線を巡らせた。
そして続ける――
「王宮側の要求は三つに整理できる」
「まず、ユリアナ殿下の存在を公式に認めること」
「次に、王家として最低限の責任を果たした形を示すこと」
「そして最後に、諸外国から問われた際に説明できる状態を作ること」
指を一本ずつ折るように示す。
官僚たちが頷く。
少なくとも、その認識について異論はなかった。
「では、本人の希望はどうか」
エドワードは続ける。
「王宮への居住拒否。短期滞在も望まないとのこと」
「王家との接触制限。これは王族教育への参加も含まれる」
「そして、これが最重要だ――王籍からの離脱」
室内がざわついた。
「王籍離脱だと?」
「そんな無茶な」
「降嫁でもしない限りムリな話だ」
口々に反発の声が上がる。
「そう言われるだけのことを、わずか十歳の子どもにし続けてきた」
エドワードは官僚たちを見回した。
「その事実をあなたがたはお忘れではないでしょうか?」
後ろめたさは、誰の胸にもあったのだろう。
視線をそらす者はいても、反駁の言葉を返す者はいなかった。
エドワードは彼らの反応は見なかった振りをして、落ち着いて続けた。
「王籍離脱は不可能ですか?」
「成人してからならまだしも、何の瑕疵もない幼児が王籍離脱など前例がありません」
「王家の権威にも関わります」
エドワードは小さく頷いた。
「なるほど……このまま両者が主張を続けても、平行線のままですね」
そう言って、エドワードはふっとため息をひとつ。
「では、双方が譲歩できる地点を考えましょう」
何人かの官僚が安堵したように息を吐く。
「だが――」
その一言で再び空気が張り詰めた。
「本人が王籍離脱を望むほど王宮を拒絶している事実は無視できません」
エドワードは一つ息を吐くと、
「ようやく安定した生活を手に入れた少女を、再び王宮へ連れ戻してどうするのですか」
冷めた目で官僚たち一人一人に目をやった。
「王家の都合だけを押し付けて、環境を変えれば、同じ過ちを繰り返すだけです」
反論は出なかった。
十年間という歳月を、軽い言葉で片づけられる者はいなかった。
「そこで提案です――」
エドワードは一枚の書類を卓上へ置いた。
「王籍は維持する」
「王女として正式に認める」
「披露の儀にも出席する」
「その代わり――」
一度言葉を切る。
「居住はライゼン家のままとする」
「保護、教育、生活環境も現状維持」
「王宮は必要時のみ出席を求めることができる」
沈黙――
やがて一人の官僚が口を開いた。
「……それは前例が――」
「では、王女が王宮内で長年放置され、命の危険にさらされた前例があると?」
即座に返された言葉に、その官僚は口を閉ざした。
「前例がないと言うのであれば、今回の事態そのものが前例のない事態だ」
エドワードは会議室を見渡した。
「王家が必要としているのは、王女の存在を公に認めることです」
そして静かに続ける。
「生活基盤まで奪う必要はありません」
ユリアナは王女であり、ライゼン家で安全に楽しく暮らす少女でもある。
その二つは矛盾しない。
「私はそう判断します」
「……監査部長殿は相変わらず手厳しい」
苦笑混じりの声が漏れる。
エドワードは表情を変えなかった。
「手厳しいつもりはない」
静かに言い切る。
「問題を見て見ぬふりをすれば、同じことが繰り返される」
机上の書類へ視線を落とした。
「十年間、それを続けた結果が今回の件だ」
一拍置き、会議室を見渡す。
「私が守りたいのは制度ではない」
「制度の下で生きる人間だ」
「そのために制度を整える。それが監査官の仕事だ」
数日後――ライゼン家。
「つまり?」
クラリッサが紅茶を傾ける。
エドワードは返書をテーブルの上に置いて答えた。
「王女のままだが、ここに住むことを含め他に変わりはない」
「……そうなのですね…?」
「そうなのだよ」
ユリアナは黙って考え込んだ。
王宮へ戻らなくていい。
今の部屋も、朝食も、書庫も、そのまま。
二人との生活も………
頭の中で一つずつ確認していく。
やがて小さく口を開いた。
「書庫の利用時間は維持されますか?」
「そこは保証される」
返事を聞くと、ユリアナの肩からわずかに力が抜けた。
「……問題ありません」
即答だった。
その様子に、クラリッサは危うく紅茶を吹きそうになり、慌てて咳払いをする。
「本当にそれでいいのね……?」
ユリアナは少しだけ視線を上げた。
豪華な部屋も、王女という肩書も、特別な衣装も。
自分にとって大切なのは、そんなものではない。
王籍離脱が叶わなかったのは残念だったが、成人まで待てばまた風向きも変わるだろう。
「生活が変わらないなら、問題はありません」
迷いのない答えだった。
その言葉に、エドワードは新聞越しに小さく息を吐く。
王宮で散々議論を重ね、ようやく決定した結論。
当の本人にとっては、王女の地位より、今まで通りの日常の方がよほど大切らしい。
「……お前らしいな」
呆れたような声だった。
けれど新聞の向こうで、口元だけはわずかに緩んでいた。
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追記(6月14日)
一両日中に小話をアップします。そちらも併せてお楽しみ下さい。
【連載版】ドアマット王女は静かに扉を……吹っ飛ばした!
https://ncode.syosetu.com/n4188mh/
第一章では、加筆修正(ユリアナの容姿に始まって、侍女頭や王子王女達の処分まで)しておりますので、ご覧ください。
引き続き応援宜しくお願いします。




