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ドアマット王女は静かに扉を……吹っ飛ばした!【旧作&小話 置き場】  作者: 猫が寝転んだ


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4/4

小話:第六王女付き侍女マギー・ブリジット――本日もエレノア様が尊い!

3000〜4000字程度のショート!

のつもりだったんですけどね……

マギーが暴走しました。(ToT)

その上、今後の展開をどちらにしようかな…と迷っていた【猫が寝転んだ】の尻を蹴っ飛ばして、方向性を斜め45度に捻じ曲げてくれました。

本編とは違ったテイストの、マギーの活躍を笑って許容していただければ幸いです。

ちなみに、本編でのマギーの出番はもう少し先です。(ここでもマギーの暴走が……)

 その知らせが届いた時、マギーは王宮の洗濯場で山のようなシーツと格闘していた。


 本来、侍女が洗濯場へ駆り出されることなど許されざることだ。


 だが、王宮では大規模な横領事件が発覚し、その後始末として緊縮財政措置が取られている真っ最中だった。


 慢性的な人手不足も重なり、普段ならあり得ない仕事まで各部署が総出で片付けている。


「なによ、この忙しい時に……

 エレノア様がお戻りになるまでに、全部完璧に整えてお迎えしなければならないのよ」


 そう愚痴をこぼしながら振り返った、その時だった。


「エレノア殿下が離宮でお倒れになったそうよ!」


「何ですって!?」


 知らせを耳にした瞬間、マギーは駆け出した。


 知らせを運んできた侍女が「何ですって…」という言葉が発せられたのを理解した頃には、すでにその姿は廊下の向こうへ消えている。


 最短距離で廊下を駆け抜け、階段を飛び降り、顔なじみの御者がいる厩舎へ飛び込んだ。


「離宮まで最速でお願いします!」


「はっ、最速?」


「世界最速で!!」


 御者は一瞬だけ目を丸くした。


 目の前の侍女は、いつになく目をぎらつかせている。


 もし背後に文字が見える人間がいれば、「早よせんかい、われ!」と大書されているように見えたことだろう。


 御者は余計なことを聞かなかった。


 この侍女がここまで取り乱す理由は、一つしかない。


 エレノア殿下に関わることだ。


 長い付き合いで、その程度のことは嫌というほど理解している。


 御者は無言で馬をつなぎ、必要な確認を最小限で済ませる。

 ほどなく馬車は勢いよく王宮を飛び出した。


 準備開始から発進までの時間は、おそらく王宮厩舎史に新たな一頁を刻んだに違いない。


 マギーは前後左右に激しく揺れまくる馬車の中で、両手を固く組み、祈るように目を閉じた。


「創世神アルディオ様……」


「慈母神セレナ様……」


「知恵神オルフェイス様……」


「守護竜様でも精霊王様でも構いません!」


「なんなら冥府侯ヴァルグ様でも!」


「どうかエレノア様をお助けくださいませぇぇぇ!」


 かなり取り乱している……


 ちなみに冥府侯ヴァルグは、死者を冥府へ迎える神格である。


 この場で名前を挙げる相手としては、いささか縁起がよろしくない。


 そのため、もし本当に祈りが届いていた場合、エレノアの行き先が少々危うい事態となる。


 もっとも、当のマギーはそんなことを気にする余裕など、一っ欠片も残っていなかった。


 馬車はなおも速度を落とさない。


 石畳を揺らしながら、見事な手綱捌きでぐんぐん速度を上げて街道を駆け抜けていく。

 最後まで車体が持つのかはそれこそ神のみぞ知る……である。


 窓の外の景色が次々と流れていく。


 マギーの頭の中では、幼い頃から仕えてきた主人の姿ばかりが浮かんでいた。


 最初に出会ったのは、私が十歳の頃。

 行儀見習いと将来の側付き候補として参内した私は、そこで天使と出会った。


 庭園で蝶々と戯れ、無邪気にはしゃぐエレノア様。


 その清らかで愛らしいお姿は、あまりにも尊く、幼い私の心を一瞬で射抜き、私はその場で人生の進路を決定した。


 このお方のお側に一生いたい。お使えするのは私しかいない!


 そう決心して、精一杯お仕えしながら、自身の勉強と技術を磨くことに脇目も振らずに励んだ。

 ――いえ、正確にいうとエレノア様だけは、一秒たりとも視界から外さないようにして、である。


 その甲斐あって、今もこうしてお側で仕えさせて頂いている。


 お茶を飲みながら、「美味しいわ」と柔らかく微笑むエレノア様。


 穏やかな笑みを浮かべ、すやすやとお寝みになるエレノア様。


 目に浮かぶエレノア様の姿は、全て、全てが尊い――


 失うことになるなんて絶対に認められない。


「もっと、もっと飛ばせませんか!」


「これ以上速度を出すなんて、馬が飛びでもしなければ無理だよ!」


「飛んでください! いや、飛べ!!」


 目を血走らせて、即答するマギーに、御者は返事をしなかった。


 返事をしたところで、馬が飛ぶようになるわけではない。

 その代わり、鞭を鳴らす音が一度だけ空へ響いた。





 離宮へ到着したマギーは、馬車が完全に止まるより早く飛び降りた。


「第六王女殿下は!」


「医務室です!」


 案内役の返事を聞くや否や廊下を速歩で歩み抜ける。

 もしも速歩の競技があれば、空前絶後の大記録間違いなかったことだろう。


 だが、エレノア様の侍女である限り、後ろ指をさされるような真似をしてエレノア様に恥をかかせることは決してできない。


 誰にも気取られないよう気配を隠しながら、医務室にたどり着くと、勢いよく、それでいて静かに扉を開く。


 その瞬間――


 マギーの思考が止まった。


 寝台の上では、エレノアが上半身を起こし、お付きの侍女から水差しを受け取ってゆっくり口を潤していた。


「ありがとう」


 穏やかな声だった。


 顔色は少し青白いものの、受け答えもしっかりしている。


 その姿を見届けた瞬間、全身から力が抜けた。


「……よ、よかった……」


 その場で膝が折れた。


 立ち上がろうとして、自分の腰まで抜けていることに気付く。


 ぺたり、と床へ座り込んだマギーを見て、エレノアは不思議そうに首を傾げる。


「どうしたの、マギー?」


「どうしたの、ではございませんわ……」


 立ち上がろうとしたが、足にまるで力が入らない。

 仕方なく両手を床につき、そのまま少しずつ寝台へ近付いていく。


 王女付き侍女として、決して人へ見せてはいけない姿だった。

 だが、ここにはエレノアと後輩の若い侍女しかいない。


 見栄を張る余裕もないマギーは、この際恥などかなぐり捨てた。


 ようやく寝台の脇までたどり着くと、マギーはエレノアの顔をまじまじと見つめた。


 額に二粒汗が残っている。

 ちゃんとお拭きしないでどうする!何のためお付きしてるんだ――と心の中で若い侍女を罵倒する。


 呼吸も普段よりわずかに速い。一分間あたり数呼吸ほど多いだろうか。


 それでも意識ははっきりしており、身体を起こしてちゃんと言葉を交わせている。


 それだけで涙が出そうになった。


「本当に、大丈夫でいらっしゃいますか?」


「ええ。もう苦しくないわ」


「でも、その手は……」


 左の手首に包帯が巻かれている。


「ああ、大したことないのよ。倒れ込んだときに、ちょっと打ったようなの」


 そう言って、軽く手を振るエレノア様。


 目覚めた知らせを受けて駆け付けた医師が状態を確認し、念のため湿布を貼ってくれたらしい。


 その返事を聞いて、ようやく詰めていた息を静かに吐いた。

 すると、安心と入れ替わるように別の感情が顔を出す。


 まずは、若い侍女!主人にお怪我一つ負わせないため身を挺するのが侍女の心得だろうが。

 これは、後日徹底的な指導が必要ですね。


 私の静かな視線に何かを感じ取ったように身震いする若い侍女。


 そして、ご無事が確認できた以上、次は原因究明して、再発防止を図らなければならない。

 エレノア様に傷一つ負わせるような事態が、二度とあってはならない。


 ならば次は事情聴取である。


 マギーは立ち上がろうとしたものの、足はまだ言うことを聞かなかった。


「では、エレノア様」


「なあに?」


「何がございましたか、一から順にお聞かせくださいませ」


 腰は抜けたままだったが、その声音だけは、いつもの有能な筆頭侍女そのものだった。



 ◇



「ええと……」


 エレノアは少しだけ考えてから答えた。


「アーモンド入りのクッキーを間違えて食べてしまったようなの」


 そう言って、視線がわずか〇・五度だけ横へ流れた。


 王族として心の内を読まれることのないよう訓練を積んだエレノア様だ。


 普通の人間なら気付きもしないごくごくわずかな動きだった。


 だが、物心つく頃からエレノア様に仕え、寝癖の向きだけでその日の機嫌まで言い当ててきた女である。


 それを見逃すはずなどなかった。


 マギーは静かに口を開く。


「エレノア様」


「なあに?」


「何か、お隠し事がありますね」


「そんなことはありませんわ」


「ございます」


「ありませんって……」


「ございます」


 二人のやり取りを、後輩侍女は固唾を呑んで見守っていた。


 マギーは小さく息を吐く。


「エレノア様が相手から〇・五度視線を外してお話しになる時は、何かごまかそうとなさる時です」


 当のエレノア本人が、一番驚いた顔をした。


「そんな癖があるのですか?」


 マギーは内心とは裏腹に、決してしたり顔を表すことなく頷く。


「間違いございません」


「そうなの……」


 エレノアは素直に納得してしまった。


 若い侍女は心の中だけで首を傾げる。


 どうやって測ったのだろう。


 誰にも分からない。

 少なくとも、理論的な説明は誰にもできない。


 長年の経験とは、時として理屈を超えるものである。


「そして――」


 マギーはさらに続けた。


「エレノア様がアーモンド入りのクッキーを間違えて選ぶことはありません」


「……」


「通常お茶会では、必ず最初に私が確認しております」


「今日はマギーがいなかったもの」


「それでもでございます」


 断言だった。


 エレノアは困ったように微笑む。


「では質問を変えます」


「はい」


「……またヴィクトリア様ですか?」


 意表を突いて、いきなり核心を突く質問に踏み切った。


 その瞬間――


 エレノア様の肩が、ほんのわずかに震えた。


 〇・三ミリほど。


 おそらく本人にも分からない程度である。


 しかしマギーには十分だった。


「やはり――」


 小さくため息をつく。


 やはり何があろうと、私がお側にいるべきだった。


 後輩の育成などという聞こえのいい理由で、私を本宮へ残すよう仕向けたのも、やはりあの女だったか……


「あの、こじらせ女……」


 私は腸の煮えくり返る思いで呟いた。


「もう、マギーったら」


 エレノアは困ったように微笑んだ。

 今度は分かりやすく眉が八の字になっていた。


「あの子も悪気はないのよ……


 その、少し反抗期なのかもしれないわ」


 マギーは遠くを見る目になった。


「物心ついた頃から反抗期を続ける方は、私は存じ上げません」


 ヴィクトリアは悪人ではない――


 おそらく、たぶん、きっと……エレノア様のためにはそうだといいな。


 ただ、エレノアへ構ってほしい気持ちが人一倍強い。


 少し驚かせれば、少し困らせれば、振り向いてもらえる。


 そんな子供のような発想のまま、お姉さま大好き、をこじらせて成長してしまった。


 今回もきっと、その程度の軽いつもりだったのだろう。


 アーモンド入りのクッキーを渡し、少し具合が悪くなったところで、自分が駆け寄る。


 ……きっと、その程度のつもりだったのだろう。


 ところが実際には離宮へ運び込まれる大騒ぎになった。

 本人も顔面蒼白で立ち尽くしていたと聞いている。


 百歩、いや千歩譲って悪意はないとしても、だからこそ余計に始末が悪い。


「体調を崩されることくらい、ご存知でしょうに……」


「……」


 苦笑いをして何も言わないエレノア様を見て、マギーは諦めるように額へ手を当てた。


「普通に『構ってください』と甘えてくる方がお互いのためなのだと思うのですが……」



 ◇



 医務室の扉が静かに開いた。


 月番を務める御殿医が、面倒そうな足取りで中へ入ってくる。白髪混じりの老人だった。


 寝台へ近付き、エレノアの顔色を見る。

 のたのたした動きで、脈を取りながら、呼吸を確かめる。

 そしてもったいぶった様子で一つ頷いた。


「もう本宮へ戻られても問題はありません」


 あまりにもあっさりした口調だった。


 マギーは思わず身を乗り出す。


「本当に大丈夫なのですか?」


「ええ」


「もう少し安静にして経過を見なくても?」


「必要ありません」


 御殿医は当然のように答えた。


「殿下は昔から同じ症状を繰り返しておられます。

 本宮に戻ってゆっくり休めば落ち着かれますので、ご安心ください」


 その言葉だけ残すと、老人は書類へ判を押し、興味を失ったように部屋を出ていった。


 扉が閉まる――


 マギーはその方向をしばらく見つめていた。


 言いたいことは山ほどあった。


 だが、筆頭侍女には筆頭侍女の矜持がある。


 飲み込む……全部飲み込む。


 ヤブ医者とか。給金泥棒とか。

 面倒だから早く帰したいだけでしょうとか。

 とか、とか……


 ……口にしてはいけない言葉が、次々と喉元までせり上がってきた。


 その代わり、心の中だけで深くため息をついた。


「では、戻りましょうか」


 気持ちを切り替え、侍女たちへ指示を飛ばす。


「馬車の準備をお願いします」


「クッションを追加してください」


「念のため、毛布と温かい飲み物も用意を――」


 指示は次々と出ていく。侍女たちも慣れた様子で散っていった。


 その間、エレノアは困ったように微笑んでいる。


「マギー」


「はい」


「そんなに心配しなくても大丈夫よ」


「心配いたします」


「もう苦しくないのよ」


「それでも心配いたします」


「大丈夫なのに……」


「なおさら心配いたします」


 少しだけ間が空いた――


 いつもと変わらない真っ直ぐな言葉に、胸の奥が少しだけ温かくなる。


 心配をかけてしまった申し訳なさと、子供の頃から少しも変わることなく、自分を大切に思い続けてくれるマギーの一途さが、自然と頬を緩ませた。


 エレノアは小さく笑った。


「……ありがとう」


 その一言だけで、ここまでの疲れは跡形もなく吹き飛んだ。


「もったいないお言葉です」


 深々と頭を下げながらも、口元だけは少し緩んでしまう。


 どれほど体調を崩されている時でも、真っ先に周囲を気遣ってしまう。


 その優しさを知っているからこそ、放ってはおけない。


 利用されることのないよう、悪意に晒されることのないよう、お守りせねば。


 やがて帰還の支度が整う。


 エレノアが立ち上がると、マギーは半歩前へ出た。


「大丈夫よ、歩けるわ」


「存じております」


「フラフラもしないし、支えはいらないわ」


「もちろんでございます」


 そう答えながら、エレノアが少しでもふらつけば受け止められる距離を最後まで崩さなかった。



 離宮を出る頃には、夕日が庭園を赤く染め始めていた。

 あれほど慌ただしかった離宮が、何事もなかったかのような穏やかさを取り戻している。


 行きは景色を見る余裕など欠片もなかったが、こうしてエレノアが自分の足で歩いている姿を見られるだけで、その茜色さえ少し優しく見えた。


 マギーは主人が馬車へ乗り込む姿を確認してから、自分もようやく息をつく。



 本宮へ戻ると、マギーはエレノアを自室まで送り届けた。


「今日はもうお休みください」


「ええ。でも、本当に大丈夫よ?」


 エレノアは少し困ったように笑い、そう言って、ゆっくり寝室へ入っていった。


 寝台へ横になり、ほどなく規則正しい寝息が聞こえ始める。


 その様子を確認してから、マギーは静かに部屋を出た。


 廊下では、本日付き添っていた若い侍女が緊張した様子で待っている。


「少しお話を聞かせてもらえますか」


「は、はい!」


 必要以上に萎縮させないよう、マギーは普段より穏やかな口調を心掛ける。


 まず、お茶会での様子を聞く――


 ヴィクトリアが笑顔でクッキーを勧めたこと。


 エレノア様が少し困った様子で受け取ったこと。


 一つだけつまんでしばらくして苦しそうな表情になったこと。


 そこまでは、これまで聞いてきた話と大きく変わらない。


 違っていたのは、その後だった。


「ライゼン夫人が同席してくださいまして……」


「ライゼン夫人?」


「はい。それから、一緒にいらした小さなお嬢様も」


 マギーは続きを促す。


「私と王宮のお付き侍女たちは、看病の準備を整えるよう指示を受け、一度医務室を出ました」


「どなたからですか?」


「ライゼン夫人です」


「そう――」


 不審、と言えるほどの流れではなかった。


 王妃主催の茶会とはいえ、心得のある客人が気を利かせて手を貸すこと自体は珍しくない。


「戻った時には、殿下のお顔色がずいぶん良くなっていて……」


「どれくらい経っていました?」


「十分ほどだと思います」


 マギーは少し首をひねって小さく頷く。


「その後は?」


「しばらくして目を覚まされました」


「苦しそうなご様子は?」


「ありませんでした」


 続けてマギーは質問を重ねる。


 その間に部屋に出入りした人物や、薬の使用、飲ませた水の出所など……


 侍女は一つずつ思い出しながら、丁寧に答えていく。

 質問を重ねるうちに、緊張もほぐれてきたようだった。


 最後に、マギーは若い侍女の目を覗き込んで、


「何か話し忘れているようなことはない? あれっと思った小さなことでもいいのよ」


 そう、優しく問いかけた。


 「……えーっと」


 しばらく考え込んでいた若い侍女は、顎に指を添えて思い出すように左上に視線をやった。


「ライゼン夫人とご一緒だった小さなお嬢様が、エレノア様を心配して、お医者様へずいぶん食い下がっておられました」


「何を食い下がっていたの?」


「このまま放って置くのは危険だと…」


 その言葉を口にした途端、その時の光景が蘇ったのか、両手で身体を抱くようにしてわずかに震える。


「でも、お医者様がいつもの症状だから心配いらないって……」


「そして、そのとおりだったのね」


「はい」


 やがて話が終わると、マギーは柔らかく微笑んだ。


「ありがとう。今日は怖い思いをしましたね」


「申し訳ありませんでした」


「あなたの責任ではありません」


 若い侍女は目を丸くした。


「すぐに人を呼び、指示にも従ってくれました。十分に役目を果たしています」


 その言葉に、侍女はようやく肩の力を抜いた。


「あっ!そういえば……」


 ぽんと両手を合わせて、若い侍女がついでのように言った。


「最初に、『直ぐに医務室に運んで、医者を呼んで』と言ったのも、その小さなお嬢様でした」


 それを聞いたマギーは、ほんの一瞬固まったが、そのまま流れるように笑顔を作った。


「ゆっくり休んでください」


「はい!」


 元気よく頭を下げ、侍女は廊下の向こうへ走っていく。


 その後ろ姿を見送りながら、『最も重要なことをついでのように抜かすな〜〜』と心の中だけで盛大に叫んだ。


 何度も深呼吸をして、どうにか冷静さを取り戻す。


 さらにもう一つ息を吐きながら、聞き取った内容を順に思い返す。


 ヴィクトリアのボケ!


 離宮の医師の見立て。


 そして、ライゼン夫人? それとも連れの小さなお嬢様……って!?


 確か第十三王女――でしょ?


 あの有名な第十三王女を捕まえて、何が「小さなお嬢様」よ……


 あの若い侍女には、基礎からの再教育が必要なようね。


 そう声に出さず毒づきながら、マギーは思考を巡らせる。


 ほんの十分ほどの空白――


 エレノア様はこれまで何度も同じ症状を起こしてきた。

 だが、離宮での症状が聞き取った通りなら、それほど重い発作から、これほど早く回復したことは一度もない。


 偶然、と片付けるには出来すぎている。


 マギーは腕を組んだ。


「……何かございますわね」


 ◇


 翌朝。すっかり復調したエレノア様は、いつも通り朝食の席についていた。


 そして何気ない口調で、


「ライゼン家へお礼に伺いたいわね」


 と言った時――


 マギーの返事は驚くほど早かった。


「すぐにご意向を伝える書状を用意いたします」


 その行動が、後に王宮中を巻き込む騒動へ繋がることを、この時のマギーはまだ知らなかった。

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チェンジ!〜婚約者の代役は双子の弟。半年たっても婚約者だけが気づきません〜

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