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第七話 迷子のお客さん

弓矢の使い方をマスターしたシオン。しばらくは記憶を思い出すことよりも、業務に集中するらしい。

 春も穏やかに日々を送り、大樹の他の木も花を咲かせ始めた。そんな今日も記憶の図書館は営業中だ。シオンは、弓矢を扱えるようになり、自身がついていた。いつにもまして、足取りは軽い。


 そんな普通の営業日だった。しかし、時々起こるトラブルにはどうにもあらがえなかったようだ。

 太陽が上に上ったころ。シオンが自室で昼食を食べていた時だ。コンコンと扉をたたく音とともに、使用人が入ってきた。赤髪の使用人アイカ。少しだけ眉をひそめて困惑しているようだ。

「シオン様。申し訳ありませんが、玄関ホールまでお越しいただけますか?」

「はい……。」

 フォークとナイフを机に置いて、立ち上がる。食事中だが営業中でもあるためだ。シオンの休憩時間にいったい何が起こったのだろうか。


 それは、玄関ホールについて一瞬でわかった。一人の女性が頭を抱えて何かをわめいている。

「ごめんなさい、ここてっきり主人の館かと。」

 話を聞いてみると、道に迷ってしまったらしい。これは結構あることだ。

「いえいえ、落ち着いてください。お客様。まず、場所をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「ああ、そうですね。すみません。」

 やけに謝ることの多い客だ。ぺこぺことお辞儀をしながら持っていた地図を広げる。

「ええと、ここに行きたいんです。」

 指をさしたのは森に囲まれている建物だった。確かにここ、記憶の図書館に立地が一致する。だが、まったく別の場所だった。アイカはにこにこと優しい笑みを浮かべながら、別の場所に画鋲を指す。

「今いる場所はこちらになっております。」

 その位置は地図を見ると余計にわかりやすいほど、真反対だった。


「ああ、すごい。真反対ですね……。」

 己の方向音痴さになぜか感嘆している。アイカは「はい、真反対です。」と静かに言い放つ。それで余計に現実味を帯びてしまったが。


「どうしましょう。二時間前にいってサプライズしようと思っていましたの。」

「サプライズですか?」

 シオンが静かに尋ねた。客はシオンの存在を見て目を丸くした後コクリとうなずく。

「そうなんです。起業してからちょうど二十周年で。いつもお疲れさまという意味を込めて使用人さんとサプライズを予定していたんです。」

 シオンは顎に手を当てた。ここからその屋敷までどれくらいかかるのだろうか。


「アイカさん。ここからどれくらいかかりますか?」

 シオンが尋ねると、アイカは地図の道をたどる。頭の中で計算しているのか、瞬きの回数が増えている気がする。

「……徒歩で一時間は超えます。馬車で四十分です。」

 客はみるみる顔を青ざめていた。予定が狂ったのは間違いない。それ以上に、今から行って間に合うかというよりも一時間以上も歩かないといけないという事実が彼女を押し寄せていた。

「私、馬車なんて手配していないです。」

 客は肩を落とした。頑張ってここまで歩いてきたというのに、往復以上の距離を歩かなければならないのかと。


 ふと、アイカが言った。

「少しお待ちください。」

 立ち上がり、メイド服を揺らしながらどこかへ行った。残ったのは客と、困った表情を浮かべるシオンの二人だけ。とりあえず、シオンはその場でしゃがんだ。

「大丈夫です。お客様。私たちが何とかしますから。」

 記憶の管理者として、彼女を励ます。シオンにできるのはそれだけだった。その言葉を受けた彼女はぱあっと笑みを浮かべる。だが、とても申し訳なさそうにもしていた。


「ありがとうございます……いや、本当に迷惑をかけてすみません。」

「いえいえ。誰にでも間違いはありますから、気を落とさないでください。」

「はい……!」

 二人でしばらく大丈夫かと不安になりながら、カチカチと動く時計の針を見つめていた。




 数分後。やってきたのはアイカともう一人、アヤメだった。

「移動手段がなくて困っているんだったな。初めまして、当館の車掌兼監視人のアヤメ・ネリネだ。どうぞよろしく頼む。」

「は、初めまして……車掌さんなんですか。」

 客は目をぱちくりとさせてアヤメを見つめる。アヤメは小さくうなずいた。

「ええ車掌だ。ということで、馬車ではないが魔導車なら用意できる。そちらに乗るか?」


 これは、手が出るほどいい提案だった。客はごくりと息をのむ。”魔導車”は魔石で動かす車。馬と違い、人が操作するので安定性は抜群である。しかし、客はとても申し訳なさそうだった。

「ですが、何も対価をお支払いしないのは……。」

 アヤメはそれを聞いてクスッと笑う。

「気がかりですか。なら、条件を出しましょう。」

 まさかの条件付きにするようだ。シオンはアヤメを見つめる。春の温かい日差しが差し込む中、ここだけ温度が低い気がした。


 アヤメは指を一本立てて言う。

「移動中に楽しいお話を聞かせていただけるだろうか?私たちはひどく退屈していてね。旅人の話を聞くのが大好きなんだ。」

 客は不安そうな表情から、一気に持ち直した。


「それなら……ぜひ、こちらからもよろしくお願いします。」

「うん、よろしく頼む。ということで、アイカ。主殿。外出してまいります。ここを任せましたよ。」

 アイカとシオンは互いに目線を交わしてうなずいた。


『はい』


 息の合った返事が響く。アヤメは帽子を深くかぶると客を案内する。

「こちらです、お嬢。」

「お、お嬢……!」

 こうして、今日も記憶の図書館は平和に営業を終えた。トラブルも彼らにとっていい刺激になるのだろう。あたたかな春の風が彼女らを見送っている。

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