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第三十一話 一方そのころ

シオンの記憶が一時的に戻り、ソウマであると自覚した。その原因は前日、記憶の図書館。ここでなにかがあったようだ。

 前日。シオンたちが旅立ったころ、記憶の図書館では穏やかな休日を過ごしていた。人が少ない分、やらなければならないことも多くなる。それでも彼らは分担するのだ。


 マリー、アイカ、キュラ。アスターは、記憶の保管庫から出てこれないため姿を見た者はいない。だが、使用人たちはかわるがわるゲートの前に行き、会話をしている。挨拶だったり、今日食べる料理だったり。


 その頻度がいつもより多いのは、休館日であるからだろうか。


 今は、キュラがゲートの前にいる。自分の武器である銃を拭きながらぽつりぽつりと会話をしていた。キュラは姿が見えないアスターに微笑みかけている。


「ねえ、アスター様。一つ聞いていい?」


 アスターの声は、魔道具を通じてでしか、会話できない。キュラの耳元につく金色の魔道具越しに声を聞いていた。


『なに?僕でよければ話を聞こうか。』


 キュラは壁に背中を預けて言う。桃色の瞳をじっとゲートに向けて。静かに零れ落ちるような声で。


「アスター様って、もう記憶思い出してるんじゃないの?」


『……え?』


 キュラは小さく息を吐く。かなり確信めいているのか、否定する気はなさそうだった。アスターは黙った。飛んでいるのか、どこかに止まっているのかはわからない。


 だが、一つだけ確かなことがあった。


 動揺している。


『……何を根拠に?』


「あはは、やっぱり鋭いね、アスター様は。」


 キュラは小さく微笑みながら天井を見上げた。銀髪の前髪を指に絡めながら、言葉を紡いだ。


 違和感は、初めてであったころから。追憶蝶の記憶喪失はまれだ。キュラもそれは自覚している。だから、おかしなことが度重なって起きたんだなと、楽観的に考えていた。


 次に、リンが初めて来たとき。シオンが記憶を思い出すと同時に羽が折れて記憶の図書館からでなくなったアスター。折れただけならなんとなくさっせれた。


「――それいらい、僕らの前に出なくなったよね。確かに記憶の書のそばにいたほうが安全だ。安定するよ。でもね、絶対出られないなんて、ありえないんだ。だって君は少なくとも一か月以上外にいたんだから。」


 いつもののんびりマイペースな彼のトーンとは打って変わって、低く、なにかを見ているような口調だった。以前、アザミというお客様を担当したときのような……。


 キュラは言うだけ言って、頬杖をつく。


「まあ、あくまでも予想。思い出してても責めないよ。そのほうがよかったりする。でもね。」


 再度、彼はアスターがいるであろうゲートに目線を向けた。目を細めて口には弧を描き。優しい声色で言うのだ。


「抱え込まなくてもいいんだ。僕らは不老不死。今の記憶もいつか忘れちゃうから。困ったことがあるなら何でも聞く。そのほうが、今を生きている気がするから。」


 アスターはそれを聞いてだまった。いや、もともとだまっているのだから変わらないかもしれない。


 動揺は困惑に変わった。


 キュラは桃色の瞳でそれを察していた。




 しばらく沈黙が漂っていると、カツカツと、軽い足取りの音が聞こえてきた。キュラがそちらを向くと、昼食をもつマリーが立っているではないか。トーストに、卵をのっけただけのシンプルなもの。出来立てなのか、湯気が立ち上っている。見るからに熱そうだ。


「わあ、おいしそう。それってどうやって作ったの?トースターは使った?」


「アイカちゃんに、ガスコンロの使いかたを教えてもらったよ。トースターって何だっけ?」


 マリーはどうやってこのパンを仕上げたのだろうか。先ほどまでのしんみりとした雰囲気がなくなり、少しだけ暖かくなったような気もする。


 キュラはマリーからそのパンを受け取ると、「いただきます」といい食べた。キュラはほとんど無警戒に、熱々のパンを口に含んでしまったらしい。食べ終わる前に、せき込みながら口元をパタパタと仰いだ。


「熱々だね。」


「え?大丈夫?吸血鬼って熱いのだめだよね?」


「そんなことないよ、日差しが弱いだけ。」


 キュラは小さく覚ましながら頬張った。味はおいしいらしい。マリーはそれを見ながらふと、ゲートの先を見た。先ほどの会話を全て聞いたわけではないだろう。


 だが、なにかを察したらしい。むっと眉をひそめてキュラに耳打ちした。


「なんか、話したの?アスター様。しょんぼりしてる気がする。」


「うん。ちょっとね。実験してみた。」


 キュラは平然とそう言い切った。マリーは呆れながらも微笑んだ。何かを話す気はないが、なにかが気になっている、そういった微妙な表情を浮かべていた。


「それじゃ、うちはこの辺で。そろそろアイカちゃん来るから、交代するんだよ?」


 そういうと、マリーはその場を立ち去った。いまだ、アスターは口を開かず、キュラはもぐもぐとご飯を食べている。言葉一つ発生しなくなったわけだが、意外といやな気はしなかった。


 まだ日が高い昼時。今日も記憶の図書館は静かにそこに佇んでいるのだった。

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