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第三十二話 偽る理由

キュラは気づいていた。アスターが本当は記憶を思い出していることを。だが、本人は認める気はなさそうだ。時間が来てしまい、アイカと交代することとなったが、アスターは一体どうするのだろうか。

 キュラは特に何も言わずにしばらく座っていると、カツカツと規則正しい足音が聞こえてきた。


「キュラ。交代の時間です。……ちゃんと仕事してください。例え主様がいなくても。」


「えぇ?倉庫はいっつも綺麗だよ?」


「ほかの部屋も掃除してくださると助かります。」


 キュラはそれを聞いて肩を落とす。自分のテリトリー以外の場所の掃除はあまり気が乗らないらしい。それでも、仕事ならやらなければいけない。しぶしぶといった様子で、立ち上がるとどこかに向かう。


 アイカは小さくお辞儀をして、ゲートに向き直る。アイカとアスターの接点はあまり多くはない。それでも同じ建物の中で過ごしている仲だ。


 それはさておき、アイカはキュラと同じようにその場に座り込んだ。


「アスター様。話は聞きました。話したくないのでしたら効きません。ただ、私たちが知っておく必要があるものでしたら、気軽にお話してくださるとうれしいです。」


 アイカは正座をしながら、待った。一秒、十分、一時間すぎてもなにも口を挟まなかった。


 しばらくして、声が聞こえてくる。

「記憶を思い出したのは確かなんだ。だけど、未来が刻まれてなかった。」


「……なるほど。」


 アイカはその意味を知っている。記憶の書が記録するのをやめたとき、それは魂にとっての死を示している。実際、アスターの記憶の書はとまっていた。めくっても、めくっても、白紙。ここにいるのに、刻まれない記憶。流れ落ちるように、ただ時を過ごしている。


「でも、体は生きていて、シオンとして生きている。じゃあ僕はどこへ行けばいい。わからないんだ……」


 アスターの声が震えている。アイカはそれを静かに聞いていた。ぽつりぽつりと、本音が漏れてくる。


 一度死んだと思えば、実際には魂が壊れただけで体は生きていた。それが、今もなお別の人物として生きていることを自覚したのだ。はじめは応援していた。だが、話を聞いてみればどうだ。


「光殺し事件だったか。あれは、本当に光属性魔法を扱えなければ意味がない。たしかに、体の記憶としてシオンが思い出しているのかもしれない。でも、あの魔法の本質は魂なんだ。僕じゃないと、作り出せない部分がある。」


 そして絞り出すように言った。


「確実に、人間が負ける。」


 アイカはその言葉を深くかみしめていた。アイカも少しだけ察していた。確かに、シオンは光属性魔法を扱える唯一の記憶の管理者かもしれない。


 だが、記憶がないというよりもその魂に適応がなさそうだ。そもそも、魔法をあまり使えない。記憶の管理者としての仕事は多少の魔法は、蝶のイヤリングをつかえば問題ない。


「ええ、シオン様は偶然生まれてしまった魂。魔法を使うにはまだ未熟です。」


「そうだよね……いや、きっと才能はあるんだとおもうけど。ただ、本戦が始まってじゃ、間に合わないと思うんだ。」


 アイカは、長く垂れるサイドの髪をそっと耳にかける。そして小さく息を吐いた。


「実際、魂が二つ持つ人間は存在します。」


「え、いるの?」


 まるで目を見開くような、声を漏らす。さきほどまでの殺伐とした空気が和らいできた。


 アイカはていねいに説明する。魂を二つもつ人間のことを。




「二重人格ってご存じですか?あれとはまた違います。魂が二つ以上あるとは全くの別物です。」


 直接顔をみて、モノを通して会話することは叶わない。だが、それでも話した。


「二人の人生が同時に進行するのです。今の貴方は魂が体から離れている状態ですが……一人が起きている時間片方は眠りにつき、片方が眠ればもう一人が起きるといったもの。ただ、体は寝れない。次第に体は衰弱していき、次第に二つの魂ともども死んでしまう。自覚していたとしても、それは免れない運命でした。」


 アスターはしばらく黙っていたが、尋ねる。少し引っかかっている部分があるらしい。


「過去形なのは理由がある?」


「よく、気づきましたね。それはひとつの例。もう一つ存在します。」


 アイカはすこし、胸に手を当てて応える。


「魂を二つ所持しては、体が先に滅んでしまう。それをみこして、魂を一つ手放した人間の話です。そもそも、器一つに魂一つ。それが常識であり、身体の仕組みでもあります。」


「うん。そうだね。」


 彼女は続けた。


 一つの魂は非常に活発でみんなに好かれていた。だが、裏ではみんなのことを憎み、妬みもう一つの魂でさえも嫌う孤独が大好きな魂だった。


 もう一つの魂はあまり好かれてないかなった。非常に臆病で人と話すのが苦手だ。だが、非常に甘えん坊で優しい心の持ち主。


 相反する魂は、ノートを通じて会話をしていた。

 今日何があったのか。

 明日は何をしようか。

 自分という一つの器をまたぎ会話をした。いずれ時が来ることを分かっていて。


「……そして、死に近づいた瞬間死神が襲いかかってきました。」


 魂と器を分解して死に陥れる神様。死神。ただ、一つだけ異常事態が起きた。


「死神は二つも魂があることを認知していなかったんです。先ほど説明した衰弱してしまった方は先に器が壊れましたから自然と魂が離れました。しかし、その子の魂は同時に朽ちようとしていて、判断つかなかったのでしょう。」


 そして狩られた瞬間、一つの魂が器と共に息を吹き返す。本当の持ち主が帰ったかのように。


「つまり、一つの状態なら元に戻れなくもないのです。問題は、シオン様の魂があなたのように追憶蝶になるかどうか。」


 もし取り返しのつかないことになり、二人とも死ぬ運命になるとするならば、止めなければならないだろう。だが、シオンもそうだが、アスターもあの事件を解決したいと強く願っている。


「確か、明日も訓練だったよね。試しに、戻ってみてもいいかな?」


 その提案はさも、できるような言い回しだった。アイカはそれを聞いて目を伏せる。後悔してからでは遅い。ならばやるべきだろうかと思考をめぐらしていた。

6月22日はアイカの誕生日でした。おめでとう!ということで、第3回目のプチ設定公開をしていこうと思います。解釈違いや、もしかしたら若干のネタバレを含むのでスルーしていただいて構いません。本編には関係ないので、気になる方やもっと知りたいという人はぜひ、ご覧ください。それでは、どうぞ。











アイカは個室で一人、窓の外を見ながらクッキーを頬張っていた。誕生日パーティーはあっという間で、余韻に浸っている。


「そういえば、あの日もこんな天気でしたね。」


夜空に広がる星々を見ながら、遠い過去を思い出していた。


なぜ、自分には親がいないのか。

なぜ、自分たちは孤児なのか。


姉のアヤメに聞いてもうんともすんとも話してもらえなかった。覚えているのは、毎日ひたすら歩いている景色。雨が降っても、雪が降っても。休む間もなく歩き続けていた。


そして出会った一人の女性。記憶の管理者初代エル。その人はアヤメに対してこういった。

「僕と一緒に働いてくれないかな。君たちはまだ若い。その身で冒険し続けていたらいつか、体がもたなくなるよ。」


なんて、優しい人なんだと思った。アヤメも悩むほどの提案だ。アイカは静かにアヤメの背中を押す。


後悔するならやったあとの方がいい。それだけは知っていた。アヤメはいつも諦めているような選択をしている。ホームレスの人たちが集い、煮炊きをしていたときも自分たちは犯罪者だからと距離を取った。誰かが倒れているのをみたら、すぐその場を離れて、何気なく誰かに助けを求めた。自分は助けられないと自覚しているかのように。


そのたびに、アイカは思うのだ。もし煮炊きのときに助けを求めていたのなら環境こそ変わらなくとも、孤独感を拭えたのではないだろうかと。


ただ、その気持を言葉にする前にあまり知識がなかった。声の出し方も少ししか知らなかった。知ろうとしなかったのは、もしかしたら自分自身も知らぬうちに諦めていたのかもしれない。


だから、アイカはエルにサポートを受けながら、基礎知識と知って置かなければならない業務についてをこと細かく知った。学んだ。むしろ知りすぎた。


「あれ、会議の資料どこにおいたかな。」


エルが困惑しながら探していると、アイカが即座に見つけ出す。


「エル様はよく、大事な資料はこちらにおいているので……ほら、ありましたよ。」


「わあ、エスパーかな?」


人のクセまで把握するほどの、記憶力を持っている。それでもまだまだ未熟であるため、使用人の中で一番勉強していると威張れるほど時間を使っているらしい。


そんなことを思い出していたアイカは、そっと最後のクッキーに手を伸ばす。クッキーは彼女の大好物だ。

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