第二十話 誰かの記憶
シオンは、その日の仕事を終えたあと、ふとしばらく開いていなかった日記に目が移った。
「そういえば、最後まで見ていなかった。」
最近、シオンは仕事がおわるなり、自習するように特訓所を借りている。光の矢の練習だけでなく、ほかの魔法も使えないかと試していた。
だから、のんびり書物をよむ時間はあまりなかったのだ。
気付いたら、手が伸びていた。なんのためらいもなく。
「明後日、ようやく光属性使いの方と打ち合わせ。何か手掛かりがあるかも。」
自分が記憶を失った理由。そして、光属性魔法の知識など。ここに何か残っているのかもしれない。
「少しでも、なにかを知らないと。思い出さないと。いつまでたっても私は、空っぽなままだ。」
シオンはだんだん気づき始めている。本来のこの体の持ち主はおそらく”自分”ではない別のだれかなのではないかと。
記憶がない、追憶蝶のアスター、あるいは名も忘れた過去の自分。その選択肢におそらく今の自分はいない。
なぜなら、使い魔であったはずのノロが自分を主という時と、シオンという時がばらつきがあること。そしてアスターのことを気にかけていたからだ。
それでも、今生きているのは自分でこの体も今は自分のものだ。だから、失わせないために自分の命は自分で守る。そう考えているらしい。
「見るよ。」
誰かに声をかけるようにつぶやくと、そっとページを開いた。
大抵は、事件の対応に追われて大変だったという内容ばかりだった。
敵は身を挺して死ぬ覚悟でやってくるということ。
魔物はほとんど弱体化されている。だが、人の協力者が加わったことで知恵を持ち出したということ。現場にいる自分ならではの貴重な言葉が綴られていた。
「それにしても、自分はかなり上の立場だったはず。こんなに現場に向かうのか。光属性の使い手だから?」
当事者の自分をあまり知らない以上、見てもその日記はあまり頭の中に入ってこない。いつもどおり、現実味がない。
しばらく読み進めていた時だった。とあるページで手が止まる。
十二月十九日
僕は強行突破することにした。みんなからは反対された。でもいいんだ。一人の犠牲で、百人、千人救えるのなら。犯人はもう掴んでいる。いつまでも遠くで見るだけでは本質的な解決には至らない。だから、ここに遺書を残そうと思う。……遺書ってどう書けばいいのだろうか。わからない。でも、いい。中には、遺書を書かずに死んだ同僚もいる。自分が偉大かどうかはさておいて、たくさんの人に僕という人柄を覚えていてほしい。
「遺書……」
自分は死ぬつもりだったのだろうか。それほど大きな戦いだったのだろうか。自然とその手は次のページに行く。そこには、過去の自分の言うとおりに遺書が書かれていた。
まずは、家族へ。体の弱い僕をここまで育ててくれてありがとう。そんな僕が警備隊になりたいといったときに、肩を揺さぶるほど動揺したの、申し訳ないけどすごくおもしろかった。それでも後押しをしてくれた、あなたたちのおかげで副隊長まで行けたんだ。夢の体調にはあと一歩及ばずだったけど、満足している。
次に、同僚へ。僕が無理をして熱を出しまくっても、文句ひとつ言わずに看病してくれてありがとう。だけど、一つ隠していたことがあるおかゆは火傷しそうなほど熱かったよ。でもおいしかった。
最後に使い魔、ノロへ。君は本当に僕がふさわしい主だったのかはわからない。それにこんな形でお別れしてしまって申し訳ない。それでも、だれよりもそばにいてくれてありがとう。ほめられなれてなかったが、君ともう一人の悪魔に褒めちぎられたときは、とてもうれしかったんだと思う。だから、ごめん。僕とはここでお別れだ。
みんな、僕がいなくてもどうかお幸せに。
その言葉を最後にその遺書は終わった。
あまりにも簡潔に。
あまりにも素直に。
その言葉がここで生きていた。
「……ん?もう一人の悪魔?」
使い魔はノロだけのはずだ。ノロもそれ以上も言っていなかった。
「悪魔が二人も過去の私とかかわっていたのですね。事件に関与している悪魔も含めて三名。」
光殺し事件に手を貸しているノロの妹である悪魔。
そして過去の自分の使い魔であるノロ。
三人目はいまだ情報はゼロだが、おそらく見方である。
「これって、逆に天使はどう思っているかな。」
悪魔の反対に位置する天使。人の見方をし、神の手助けをするとかしないとか。過去に、病に伏せていた優しいお爺さんが天使に救われたという話を聞いたことがある。シオンもそれを書物で知っていた。
それでも、シオンは悪魔と過ごしていた。光属性だというのに。それはいったいどうしてなのだろうか。何きっかけなのだろうか。やはり、自分にはまだまだ分からない話である。
結局、光属性魔法の手掛かりはこの日記からは手に入れることはできなかった。過去の自分はどうやら自分語りするのが苦手なよう。
「必ず、思い出すよ。アスターさんとノロ、そして記憶の管理者を支える皆さんと一緒に。」
自分の記憶の書は見てはならない。
記憶喪失だとしても関係ない。
この日記を見て、改めて自覚した。
空っぽでも、この体を動かすのはまさしく自分自身だから。




