第十九話 止まらぬ好奇心
一週間後。記憶の管理者は完全復旧を果たし、ようやく仕事を再開することができた。今日は、その再開日。予約者が前押しでこの日に予約したものだから、受付をする玄関ホールは人でごった返していた。
「予約者はこちらで受付します。」
アイカが普段よりも声を張って、周囲の人に声をかけている。それでも、一人ではきついものがあった。
「うちも手伝うよ!」
彼女がそういうと、どこからともなく持ってきた看板を高々と掲げた。
「列になってくださーい!こっちが先頭だよ~!」
普段から元気いっぱいの彼女はアイカよりも大きな声で声掛けをしていた。マリーを見ながらアイカはほっと胸をなでおろす。こういうのは、適材適所。慣れている人に任せるのが効率がいい。
「よろしくお願いします、マリー。」
「はいはーい!」
それからも接客をつづけた。
しばらくした、ある時。ようやくちらほら空きスペースができたころ、一人のお客さんが困ったように周囲を見渡していた。それに気づいたマリーが声をかける。
「どうかしましたか?」
「すみません。小さな男の子を見ていませんか?」
女性はキョロキョロと目線をずらしてその男の子を探しているようだった。マリーもいまいちピンと来ていないのか、首をかしげる。
「見ていないですね~。手伝いますよ!どういう子ですか?」
「はい、紫色の服を着た、茶髪の男の子です。これぐらいの身長で……。」
女性は自分の腰あたりを示した。マリーがこくこくとうなずく。およそ三・四歳のお子さんだろう。迷子になるのはよくあることだ。
「アイカちゃん。お客さん探してくるから、しばらくよろしくね!」
「はい。手伝ってくださり、ありがとうございました。お気をつけて。」
手を大きく振って、駆け足で廊下を歩く。立ち入り禁止区域にいれば、なにかと危ないからだ。
「やっぱり、使用人増やすべきなのかな。最近人工減少気味だと思ったんだけど。」
マリーは顎に手を当てながら館内をくまなく探索する。
「なーんで、利用者増えてるんだろ。」
そう思いつつ、探した。すると遠くから、声が聞こえる。
「やだやだ!探索続けるの!!」
小さな男の子の声。そして、ため息交じりに声が聞こえた。
「主が困ってる。さっさと帰れ。」
「やーだー!!」
その声を聞いたマリーはぱあっと笑みを浮かべる。
「あの悪魔さんだ!ほんと、頼りになるなぁ。」
よく見ると、襟元を猫のようにつまみながら、歩いてくるノロの姿があった。大変不機嫌そうに、耳を動かしている。
ふと、マリーは気づいた。
「ノロ様って、角とか、羽とか全くないな。あと尻尾も。そういう個体って珍しそうだな。」
にこっと微笑みながら、ノロのもとにかけていく。
「ノロ様。その子のお母さん、玄関で待ってるみたいだ家r連れていくね?」
「ああ。頼む。ただ、こいつは下ろした瞬間シオンのもとに行きかねない。首輪でもつけとけ。」
マリーはそれを聞くとぱちくりと目を瞬く。そしてクスッと笑った。
「お客様にそれは失礼だよ~。でも、了解。あとは任せてね!」
「ああ。」
すると、ひょいっと男の子をマリーに託した。案の定、男の子は逃げようとする。マリーがその手を取る。
「こらこら、僕?ここからは危ないから、帰りましょうね~。」
「やーだー!!」
「お母さんも心配してるからね~。」
マリーはにこにこ笑みを浮かべながら、引き返していく。それを見守っているノロは肩を落とした。
「大変そうだな。どこも。」
その言葉は静かに廊下に溶けていった。
玄関に戻るまでにも、その男の子は駄々をこねた。
いやだ。
まだ行くの。
管理者さんに会うの。
そんな同じ言葉を繰り返している。マリーは首をかしげて、尋ねた。
「なんで、そんなに会いたいのかな?」
「だって、だって。記憶の管理者さんって、神様なんでしょ?なんでも知ってる神様!」
マリーはあははと笑いながらも言葉を詰まらせた。記憶の管理者である、シオンは決して神様ではない。もちろん、先代も初代もその通りである。なのに、目の前の子は”神様”だと言い張った。
マリーは思う。
これをニウム様が知ったら、しょんぼりするぞと。
にこにこしながら訂正した。
「記憶の管理者様は、神様じゃないよ~。司書さんみたいな感じかな。」
「ええ!!絶対違う!!」
つかんでいるはずの腕がぶんぶん揺れる。子供の元気は侮れない。マリーはほほえましく見ていた。
「じゃあ、聞くけど。神様だったら何を言いに来たのかな?」
「僕ね、僕ね!未来みたいの!どんなお兄さんになるか、見たいんだ~!」
「いいね~。でも、ここでは未来は見えないよ?」
記憶の書の欠陥ともいわれているらしい、過去しか見えないという事実。子供にはわからないだろうが、しっかり伝えないといけない。
マリーは知っている。
勘違いをそのままにするほど損をするということを。
マリーは小さく微笑むと、静かに言う。
「ねえ、僕。いいお兄さんになるなら、まず人の話をちゃんと聞こうね?そしたらもう立派なお兄さんだよ。」
すると、その言葉を聞いた男の子はじっとマリーを見つめた。まだ何も知らぬ、幼子。だから、この言葉もきっと大人になったら忘れるだろう。
だが、男の子はぱあっと笑みを浮かべた。大きくうなずき、ぎゅっとマリーの手を握る。
「わかった!人の話聞いて、いいお兄ちゃんになる!!」
目をキラキラさせて、純粋無垢な顔を向けている。マリーも自然と笑みをこぼして、ポンポンと頭を撫でた。
「うん。きっとなれるよ。」
それが、使用人のマリーとしていえる、最大限の誉め言葉だった。
玄関ホールに戻ると、男の子の母親がそれはそれは申し訳なさそうに頭を下げていた。
「すみません、うちの子が。何か粗相をしませんでしたか?」
マリーは手を振る。
「いえいえ。少し、冒険心に芽生えてしまったんだと思います!元気があることはいいことです。次からは気を付けてね僕?」
「うん!ありがとう、お姉さん!」
その親子は少しだけ雑談をした後、帰っていく。外はもう、夕焼けでオレンジ色が広がっていた。そんな色の瞳をマリーは揺らがせながら、遠い過去を思い出す。
「うちも、いいお姉ちゃんになれたかな。」
ぼつりとつぶやいた。




