第二話 過去の礎
三年目を迎えた今日。シオンは食堂に呼ばれた。一体何の用事だろうか。
食堂に着くと、いつものみんなが出迎えてくれた。
アイカに、金髪の使用人マリー。台所から出てきた青髪の使用人ブルー。壁に寄りかかる銀髪の使用人キュラ。そして、いつもならこの場にいないアヤメもそこにいた。
「主。来てくれてありがとう。」
アヤメが声をかけてきた。シオンは姿勢を正し「はい。」と返事をする。アヤメは数秒沈黙したあと言う。
「主が来てから丁度三年目だ。それで、我々からあるものを見せたいと思ってここに来てもらった。」
「あるもの……ですか?」
アヤメは懐からとあるものを取り出した。それは、一冊の日記だ。かなり汚れている。ただ確かにそこに存在した。
「主は昨年、いろいろなことを思い出した。自分が光属性魔法を使うことだったり、魔眼であったり。でも 、それは自分の"力"に過ぎず何者かを理解していないだろう?」
アヤメが手で汚れを掃いながら、シオンに差し出す。
「これは、主の持ち物だったものだ。近くに落ちていてね、とても汚れているが中身はちゃんと見れるよ。」
シオンは手袋を脱ぎ、それを受け取る。確かに汚れているが何かが書かれているのがわかった。
自分の日記。そこには何が刻まれているのだろうか。
シオンがそう考えながら目を伏せていると、様子を見ていたキュラが言う。
「でも、シオン様。一つ言わせて。僕ら、無理して思い出してほしい、なんて言ってないんだ。いきなり記憶を思い出しすぎると今の記憶も消えちゃう可能性があるからさ。」
シオンは紫色の瞳をそちらに向ける。近くにいたマリーもこくりとうなずいた。
「そうだよ主様。無理したらうちらが突撃するからね?」
にこっと微笑んで、冗談を言う。シオンは瞬きした後ふっと微笑んだ。
「もちろんです。無理をしてこれまでの努力が失われたくありませんから。」
それは自身のためでもあるが、いまだ本調子に戻れていないアスターのためでもあった。自分のためにみんなが手を貸してくれている。その手を振り払う気はない。
マリーはそんなシオンの言葉を聞いて小さくと口笛を吹く。
「なんかシオン様、成長したね。」
「……誰目線だそれは?」
ブルーが眉をひそめながらツッコんだ。マリーは彼の素っ頓狂な声にくすくすと笑いながら、腕を後ろで組む。
「ま、それはさておき今日は記念日でもあるよね。てことでサプライズ!ささ、ルーくん持ってきて。」
ため息をつきながら、ブルーが台所に引き返していく。シオンが首をかしげると、アイカが近づいてきた。
「シオン様。席へお座りください。」
椅子を引いてシオンを席へ案内する。かたんと音を立ててシオンは席に着いた。使用人含めて六人がここにいる。何気に集まるのは久しぶりだった。
そして数秒後、やってきたブルーの手の中にはろうそくの燈ったケーキがある。白いクリームがかわいらしくデコレーションされており、蝶の形をしたチョコレートが上に載っており、ホワイトチョコでこう書かれていた。
シオン様。お誕生日おめでとうございます。
記憶を失ってから初めて誕生日を祝われたような気がした。シオンは目を丸くして、そのままブルーを見つめる。
その不安そうなまなざしを受けて、横からアヤメが割り込んだ。
「シオン様の本当の誕生日は私たちにもわからない。だけど、”シオン”という名前を命名した日は今日三月二十二日。記憶を思い出すまではこの日を誕生日とする。」
シオンはそのまま視線をケーキに移す。ゆらゆらと揺れているろうそくの炎はこちらを見ていた。
「私の誕生日……。」
そういえば、記念日など気にしたことがなかった。確かに、ここにきてから三年目だという事実はシオンの記憶に刻まれている。だが、何月何日という詳しい日にちは把握していなかった。
「そうですか。」
その声は事実をかみしめるように、あるいはうれしさを漏らしたかのような小さな声だった。使用人のみんなは目配せをして杖を構える。
そして、誕生日を記念した魔法劇が始まった。
シオンが視線を上げると、アイカが杖を振る。そこから赤色の火花が散った。次に、隣にいたブルーが青色の火花を咲かせる。さらにマリーとキュラがそれぞれ黄色と桃色の火花を放った。最後に、アヤメが紫色の光で蝶を出現させる。
すると、どうだ。その蝶を囲うようにみんなの魔法が共鳴した。小さな花火を作り出し、そこでショーのように色が点滅した。みんなの色。自分の色。
それが、目まぐるしく暗い食堂を照らしていた。
シオンはそれに目を奪われている。いや、奪われざる負えなかった。それは魔法の美しさをそのまま表現しているような景色だ。
数分後。一匹のみんなの色をまとった蝶がろうそくに止まり、シオンを見つめている。
キュラがシオンに声をかけた。
「願い事した後に、ふーって息で消すんだよ。」
「願い事……。」
先ほどの景色がまだ脳裏によぎる。深呼吸をして改めて考えた。
”願い事”。自分は何を願うのか。応えは一つだった。
「自分のことを思い出せますように。」
恐る恐るろうそくに口を近づけて、ふうっと息を吹きかける。炎と、色とりどりの蝶はさっと姿を消した。煙がろうそくから立ち込めている。
それを見届けた使用人は拍手で彼を包み込む。シオンは恥ずかしそうな、嬉しそうなあいまいな表情を浮かべた。
今年で三年目。彼らにいったい何が待ちわびているのだろうか。




