第一話 三年目の始まり
記憶の管理者【1】の続編です。
冷たい雨が地面をたたいている。道端に一人の青年が倒れていた。浅い呼吸をくり返し、ピクリとも動かない。近くには彼の使っていたであろう武器や荷物が散乱していた。泥水が彼の肌に跳ねて汚している。
誰にも見つけられず、誰にも知られず死ぬのだろうか。彼の脈が弱くなっているときだった。
「ここにいたのか。」
誰かの声が倒れている彼の耳をかすめた。声の主はその青年に傘を差し伸べて、状態を確認している。
「よかった、意識がないだけだな。失礼するよ。」
その人は軽々と青年を抱きかかえるとどこかに向かって歩き出した。あの、森の奥に佇む大きな館へ。
ふと、部屋の中にいた青年が目を覚ました。先ほどの光景は夢だったようだ。
「うーん……」
こめかみを手で押さえて目を開ける。黒髪、紫色の目。彼はこの館の主である”シオン”だ。あまり目覚めがよくなかったのか、目をこすりながら起き上がった。
「雨の日をよく見るのですが……いったい、過去に何があったのでしょう。」
シオンはぼんやりそうつぶやく。
彼は、記憶喪失だ。三年前、この館に来た時にはすでにその状態だった。そのため、落ち着いてきた二年時、前を進み始めたのだが、いまだ確信に至る情報は少ない。
「とりあえず、今日も頑張りましょう。」
シオンはそう意気込むと、部屋を出た。
改めて説明しよう。ここは、記憶の書というものを管理している記憶の図書館だ。そして、それを管理する人を記憶の管理者という。千年前から続いてきた伝統ある職業だ。
シオンは十七代目記憶の管理者で、勤めてから三年目を迎えた。そんな彼は昨年に比べて、前向きになっている。いつも歩く廊下は目を伏せがちだったのに対し、ここ最近は窓の外を眺める余裕ができた。
「もう、春ですね。」
シオンは小さく笑みを浮かべて歩き進めた。
しばらく進むと、誰かが声をかけてくる。
「シオン様。おはようございます。」
赤い髪をなびかせ会釈をしてきた使用人。赤い瞳がシオンを見ていた。シオンも会釈を返し、声をかける。
「おはようございます。アイカさん。」
「はい。こちらが本日の予約者となっております。確認をお願いします。」
アイカは一枚の用紙を手渡した。そこには数人の予約者のリストが書かれている。一人一人の名前をシオンは目で追う。その様子をアイカは見ながらぽつりとつぶやく。
「シオン様が来てからちょうど三年目ですね。」
シオンはそれを聞いて、手を止めた。こくりと小さくうなずく。
「皆さんには今まで、本当にお世話になりました。今年もよろしくお願いします。」
アイカはその言葉に少し、目を輝かせた後「こちらこそよろしくお願いします。」と伝えた。
アイカは少しだけ考えた後、こほんとわざとらしく咳をした。シオンがこちらを見たのを確認して、アイカは言う。
「シオン様。本日の業務が終わり次第、まっすぐ食堂に向かってください。理由は後程、その場でお話しします。」
いきなり何のことだろうと、シオンは首を傾げた。ただ、断る理由はないので、「わかりました。」と伝える。一体、何が待っているのだろうかと、シオンはわずかに心を躍らせた。
次に向かったのは、記憶の書が保管されている場所”記憶の保管庫”。異空間に存在する白い塔の中に、数多の記憶の書が並んでいた。天井から差し込む光は、どこか神秘的でこの場所がいかに神聖かを物語っている。
「今日の予約者はどこでしょうか」
そうつぶやくと、きらりとシオンのつけるイヤリングが光った。そのイヤリングは代々記憶の管理者に受け継がれており、記憶の書を探すための手助けをしてくれるのだ。
まっすぐレーザーのように位置を示してくれる。シオンはその位置をみて目をひそめた。
「また、最上階ですか。」
シオンは肩を落としつつも、一段一段と足を運ぶ。その足取りは妙に手馴れていた。
そして最上階につくと、一匹の蝶がふらりと図鑑を見ている。シオンの足音に気づくとこちらを見た。
「あ、シオン君。おはよう。」
「おはようございます。アスターさん。」
その蝶の名前はアスター。アスターもまた、記憶喪失である。ここで、記憶を思い出す手がかりを探している。
「今日は何か見つけましたか?」
シオンが少しかがんで図鑑をのぞくと、アスターはクスッと笑った。
「スライムの水分が二百パーセントってことはわかったよ。」
「……なるほど。面白いですね。」
その話にシオンも乗ってしまう。関係のない話でもそれは興味深い話だった。
「それよりシオン君は仕事中だよね。この話は後でしよう。」
シオンはハッとして口元に手を添える。
「あ、そうでした。頑張りますね。」
「うん。頑張ってね。」
パタパタと羽を動かし、シオンを見送る。記憶の書を集め終えたシオンは階段を下りて行った。
そこからはシンプルな作業だ。記憶の書の読める範囲を記憶の管理者が定める。定め終えた記憶の書を受付にて予約者に貸し出す。そして、読み終わり次第元の場所に返す。
そうしているうちに一日が終わる。これを二年続けてきた。
しかし、今日は少し違うらしい。まっすぐ食堂に向かえということだが、何かあるのだろうか。
シオンはぼんやり思い出しながら足を運んだ。
この話から読み進めてもいいですが、【1】を読んでからのほうがわかりやすい内容があるかもしれません!よろしくお願いします!




