第一章 三文役者03
「何をしているんだ。処置はまだ、終わっていないぞ」
公園を横切ろうとする私に、茶々丸の罵声が飛び交う。
ベンチに横たわるショウの脈を取りながら、茶々丸が私を鋭い目で睨んだ。
「まずい。肺炎を起こしかけている。このままだと彼の命が」
自分の耳をショウの胸に押し当て、終いには自分の着ていた着流しを茶々丸は脱ぎだしていた。
呆れるほかなかった。
何かが一本ぬけている。非常識なのは薄々気が付いてはいた。しかしこれほどまでかと、私は思う。素っ裸になってしまった茶々丸に、慌てて背を向け声を張り上げる。
「いい加減にして。あなた、正気の沙汰ではないわ。こんな所で何をしているのよ? 代替何でパンツ履いていないのよ?」
「パンツとはなんであるか?」
「は? 冗談にもほどがあるわ。早く、服、着なさいよ。風邪、引くわよ」
「何を言っているんだ。このうす衣だけでも足らぬというのに、お前はこの者を殺す気か? この子の熱は40度、いいやもっとだ。もっと超えている。風邪なんて生易しいものではない。お前は、この子の何を見ているんだ」
「何よその言い方。あなたこそ、頭、おかしいんじゃないの?」
「小生の、どこがおかしいと言うんだ」
「全部よ全部」
「もういい。話にならん。きみ、きみ、しっかりするんだ」
「警察に捕まったっても、私、知らないからね」
怒りに任せ振り返った私はショウの様子に驚き、駆け寄る。
演技にしては、うますぎる。それに頬が……。
着流しに包まれたショウの頬は赤く、息使いも荒くなっていた。
「どいて」
額に手を当てると、ものすごい熱さに私は目を見開き、茶々丸を見る。
「あんたこそ、この子を殺す気? この子の家はどこ? 病院へ連れて行かなきゃ駄目じゃない」
さっきまでの威勢の良さを失くした茶々丸が、首を大きく横に振る。
「うそ。友達なんでしょ? どうして知らないのよ」
じんわりと涙が浮かんできていた。
「申し訳ない」
「いいから、服、着てよ」
すっかり濡れてしまっている着流しを、茶々丸の胸に押し付けるように返した私は、代わりに、自分が着ていたコートをショウに掛けてやると、説明がつかない苛立ちと悲しみが、波のように押し寄せてきていた。
たいした知り合いでもないのに、私は茶々丸を一睨みしたのち、ぐったりしているショウを負ぶり、駆け出していた。
背中に伝わってくるショウの息遣いや温度が、怖くて仕方なかった。
飛び込んで行った病院で、白い目で見られ、私は我を取り戻す。
名前の他に身元が分からない子を、どうしていいのか分からないというのに。私はバカだ。
売店で買いそろえた下着とパジャマに着替えさせ、嘘を連ね診察をした医師たちはたじたじに答える私を訝った。財布を空にして私は再びショウを負ぶって、トボトボと来た道を戻って行く。雨はすっかり上がり、まだらな青空が雲の切れ間から覗かせていた。
最悪。の一言で片づけられる事態。
何もかも投げ出したい気分だった。
それにしても……。
着替えを買い与え、汚れた服をランドセルにしまおうとして、私は愕然となってしまった。
中身が何も入っていないのだ。
黒マジックで消された名前と住所。よく見ると、年代物のランドセルで、小学三年生くらいであろうショウが持つものにしては、傷みが激しい。
おさがりを貰った可能性はあるが、それにしてもすべてがおかしすぎる。
ぼんやりとした思考が頭を巡る。が、それも数分ももたなかった。
その疑問はあっさり私に頭から拭い去れ、茶々丸が待つ公園へ着くころには、あれっと、一瞬自分が何で賞を負ぶっているのか分からなくなり、ああそうっかと思い出す有様だった。
よくよく考えてみると、私の記憶力ときたら呆れるほど悪い。
何かの病気では? とも考えたこともあったが、そのことすらきれいさっぱりなくなってしまうのだから、成す術がない。
それでも、それはほんの一部分の記憶で、生活に支障をきたすものではなかった。




