↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ぺんぎん  作者: kikuna
PR
8/61

第一章  三文役者02

翌日、雨が降っていた。


 むき出しに置かれた布団に、雨粒が吸い込まれて行き、わずかに開けられているスペースを、じっと私は見つめていた。


 傘に当たる雨音が増えた気がした私は、振り返り目を見開く。

 

 コンビニでも行っていたのか、手に小さな袋を持った茶々丸が、私に気が付く素振りも見せずに、通り過ぎて行く。


 「茶々丸」

 不意に巻き起こった呼び声に、私の肩がビクンと動く。

 「ショウ?」

 きょとんとした声で言う茶々丸が振り返り、私は慌てて目線を地面に落とす。

 ランドセルを背負ったままのショウが、傘も差さずに立っていた。


 まただ。

 また、私の存在などないように、二人の会話が始まる。


 「遊ぼう」

 「いいけど」


 私は思わず、腕時計を見ようとして、修理に出したことを思い出す。

 

 ショウが、息をひそめて立ち尽くす、私の横をランドセルを音を立てながら、すり抜けて行く。

 「じゃあ決まりね」

 茶々丸の腕を取ったショウが、本当に嬉しそうに笑う。


 ……いくないだろう。どう考えても学校がある時間のはず。


 二人に気が付かれないように一瞥してから、私はふっと笑ってしまう。


 私も、人のことを言えた義理じゃなかった。

 今日も仕事をサボって、こんな所に来ているのだから。


 「何する?」

 「この雨だし……、室内で出来るものが良いかと、小生は思われるが、如何かな?」

 「オレ、ゲームとか持っていないし」

 「ユウさんは、何が良いと思われます?」

 突然、声を掛けられ、私はギョッとする。

 「私?」

 自分を指さしながら聞く私に、茶々丸は大きく頷く。

 「茶々丸、オレ、寒い」

 見るとショウの唇が青くなり、躰が小刻みに震えていた。

 どうしていいのか分からないのか、茶々丸はそんなショウを見て、きょとんとするばかりだった。

 「あのー、早く躰、温めてあげないと」

 恐る恐る言う私を見て、茶々丸は目を輝かせ、手を一つ叩いて見せる。

 「お医者さんごっこ!」

 「そうじゃなくって」

 目の前で、ショウがぐったりと座りこむ。

 「大丈夫ですか?」

 手にしていた物を抛り出した茶々丸は、ショウを抱き上げ、まるで初めて会った人のように、声をかけ始めた。

 「急げ。このままだと、この子の命が危ない。ストレッチャーの用意を」

 身動きできずにいる私を見て、苛立った声を茶々丸は張り上げた。

 「もういい。時間がない。急ぐぞ」

 そう言って茶々丸は、ショウを抱いたまま、雨の中を全速力で走り出す。

 無残にさかさまになった傘の上に、容赦なく雨粒が降り注ぎ、袋からは中身が半分、飛び出していた。

 

 彼は、いったい何者なのだろう。


 突然、ふたを閉めらていた思考回路が動き出す。

 茶々丸に対しての疑問が、次々と溢れ出てくる。


 本当は、ここの住人じゃないのかもしれない。

 住所不定。

 ふと、頭にそんな言葉が浮かんだ。

 何かのトラブルに巻き込まれ、身を隠している。

 詮索や思い込みは良くない。本人に聞けばいい。

 概念が頭をもたげ、私はいったん考えを止めさせ、改めてアパートを一望する。

 しかし、一度咲いてしまった好奇の芽は、摘まれることなどそう容易くは出来やしない。

 パラパラと、傘を叩く雨粒のメロディに合わせるかのように、私は想像の花を咲かせ続ける。


 行くところをなくした茶々丸は、偶然、ここを見つけ住みついた。

 取り壊す予定の、廃屋。

 問題がある茶々丸にとって、好都合だったのだろう。

 不意に悲しみが突き上げてくる。

 どこまでおめでたい私なのだろう。勝手な想像なのに、不憫に思うなんて。もしかしたら強犯罪者かもしれないというのに。

 茶々丸という名前も、本当かどうか判らない。

 事件に巻き込まれでもしたら厄介なことになる。


 それにしても……。


 私は、苦笑してしまう。


 さっき見せた、怖いくらい真剣なまなざし。

 あれは、迫真の演技ってやつなんだろうか。

 売れない役者って考えもある。

 ここいら辺は、大小関係なしに劇団があると聞いている。仕事柄、そういう人にも遭遇したこともあった。それにしたって、あんなゴミ屋敷に住むなんて、まともじゃないことは確かだ。

 首を竦め、私は踵を返した。

 雨は一向に止む気配を見せていない。

 足が重い。鉛の靴でも履いているようだった。


 仕事に戻りたくなかった。

 中途半端な私。

 友達なんて名ばかりの人に、愛想笑いで電話を掛ける。

 露骨に嫌そうな声を出され、くじけそうになりながら、会う約束を取り交わす。

 「家族はともかく、親戚にまで迷惑を掛けるようじゃ……」

 母親の言葉が蘇り、私は頭を振る。

 私だって好きでやっているんじゃない。

 泣きそうになりながら、公園を横切ろうとした私は、ハッとして足を止めた。

 

 もうとっくに暖かい場所に身を移して、二人で仲良くしているものだと思っていた茶々丸が、ま悪ふざけを続けていた。

 屋根が付いているといっても、隙間だらけの日差し避けで、ベンチに横たわっているショウに、雨粒は容赦なく降り注いでいる。茶々丸の髪からも雨が滴っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=615037994&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。