第一章 三文役者04
茶々丸はベンチにうな垂れるよう座り、私たちの帰りを待っていた。
黙って近づいて行くと、それに気が付いた茶々丸が、そっと顔を上げる。
瞳は真っ青に澄んでいて、髪もまるで空と同調するように金色に光って見えた。
今にも泣きそうな顔をされ、一瞬言葉に詰まってしまう。
一呼吸つき、気持ちを落ち着かせてから、私は改めて茶々丸を見る。
「なんて情けない顔をしているの?」
振り絞るように言う私に、茶々丸はしょんぼりした表情を見せ、またうな垂れてしまう。
「面目ない」
「ホント、とんだ迷惑。あなたたちのせいで、なけなしの貯金が飛んじゃったじゃない」
そう言いながらわたしは、ベンチにショウを横たわらせる。
「この子、本当にどこの子か、知らないの?」
すっかり憔悴しきった茶々丸が、横に首を振る。
「でも、それでは困ってしまうのよ。いくら風邪だって言っても、まだ熱は高いし、放っておくわけにはいかないでしょ。ランドセルを背負っているってことは、近くに住んでいる子だとは思うけど。本当に何も知らないの? 昨日も、一緒に居たじゃない。それとも、隠さなければならない事情でもあるっていうの? 私、誰にも言わないから、信じて話してよ」
「……本当に……、わからないんだ」
このどうしようもなく頼りない男に、私はどうして惹かれてしまうんだろう。
前髪の隙間から見え隠れしている瞳で見つめられ、私の鼓動が速まっていく。
そして、あろうことか抱きしめたい衝動に苛まれてしまっている。この事実をかき消すように、私は大袈裟なくらい大きなため息を吐く。
風が、冷たかった。
ずぶ濡れてしまってい茶々丸の着流しは肌に張り付き、見るからに寒そうに見える。そんな理由を付け、私は口を開き掛けるが、ポツリと呟く茶々丸によって遮られてしまう。
「ショウは、布団に包まり、誰かが拾ってくれるのを待っていたと言っていた」
「ちょっと待って。もしかして、あのゴミの山に居たっていうこと?」
小さく頷いた茶々丸が、力なく笑う。
胸が締め付けられた。
私の中にある感情が一気に噴き出し、それと同時に叫んでしまっていた。
「この子は、犬や猫じゃないのよ。冗談は止して。それなら今、いったいどこに住んでいるのよ。辻褄が合わないじゃない。嘘でしょ。本当はあなたたち、一緒に住んでいるのよね。隠さないで」
悲鳴に近い私の声が、人けのない公園に響き渡った。
「いい、言っていい嘘と、悪い嘘があるのよ。そんな訳……ないでしょ」
私の目から涙がとめどなく溢れ落ちる。
止むことを知らない雨のように、次から次へと溢れ出る涙は、言葉を詰まらせていた。
そしてそのしずくとともに、抱いた疑問が、頭からなくなって行く。
茶々丸は黙ったまま、空を見上げる。
風が変わった気がした。
ふと見た茶々丸に、私は息を飲む。
そこはかとなく伝わって来る悲しみ。
今まで私をむせび泣かせていた感情とは別の、深い深い底しれぬ悲しみが胸を占めて行く。
「なぜ、そんな悲しい瞳をするの?」
私の呟きに、茶々丸が小さく笑ってみせる。
その笑顔は、今にも壊れてしまいそうに思えた。
私は、頭をコツンと茶々丸に押し当てた。
正体不明。何一つ本当が見えない相手。もしかしたら不幸になってしまう相手かも知れない。そんな理性が、ふき溜まっては消えて行く。
そして、私は思ってしまうのだ。
何もいらない。今はただこうしていたい。何も答えてくれなくても、いい。
私は、この得たいが知れない彼、茶々丸の傍にずっといたい。
「……ごめん」
我に返った私は、慌てて茶々丸から離れた。
「ショウ君もそうだけど、茶々丸さんは、大丈夫なの?」
冷たい手が、頬に触れ、私は茶々丸を見上げる。
「たぶん、大丈夫」
優しい瞳だった。
ダークブランのその瞳を、私はどうしていつも真っ青な空の色に思えてしまうんだろう。
そっと頬に伝う涙を拭ってくれた茶々丸が、微笑む。
私は、それだけで充分だった。




