序章06
一瞬、全てのものが止まったかのように思えた。
新年を迎えたばかりの街。
若者が集うこの街で、あり得ないことだけど、その時の私は、そう感じていた。
防寒装備の人の流れが割れ、着流し一枚と素足にスニーカーを履いた青年が、誰の目も臆することなく、前へ突き進んでいた。
大勢の人で賑わっているというのに……。
その物珍しさに私は目が離すことが出来ずにいた。
しかし何ていう街だ。
そんな青年が歩いていても、誰も関心を示さない。
目の端には映っているのだろうけど、気が付かないふりをするのが確かにこの街のルール。
人畜無害の存在。
そう考えると、私もきっと彼と同じ。
不純な理由で進んだ大学。
やりたいことや、学びたいことがあったわけではない。学力も志もないまま四年間を過ごした。
その結果がこれだ。
自業自得。仕方がないこと。
情けないが、そんな言葉しか思い浮かべない四年間だった。
自分の滑稽さが嫌になる。一つも決まらない就職。面接を受ける度、自分が自分じゃなくなってしまうんじゃないかと思えてきた。不合格通知を受ける度、私という人間を、全力で否定されているような気がして、生きる希望すら失せさせられてしまっている。
昔から、この世は二種類の人間に分けられると思う。
勝ち組と負け組。引き分けなどない。そう考えると、私は完璧に後者。この世に神も仏もない。
私は何も信じない。信じたくはない。そう思っているのに、人の塊の中に混じり、手を合わす。
何を頼んでいいのか分からないまま、形だけの祈りを済まし、私は虚しさだけを抱えて、また人の波に混じり歩き出す。
今までも、これからもこうやって、私は生きて行くのだろうと思う。
みんな同じ人間なはずなのに、どうしてこうも違う。不公平じゃないか。
そんな不満を連ねたところで何も変わらない。
だから、私の中の感情は抜け落ち、お人形のような笑みで嘘を並べる。本当はそんな人間じゃないのに。
そう、誰もがそうするように……。
私は一風変わった装いをした男性とすれ違う。
え?
すれ違う瞬間、確かに彼は私を見て、微笑んだ気がする。
見間違いかと思い振り返ったが、彼の姿は、もうどこにもなかった。
時間は、留まることを知らない。
現実に押し流され、彼の記憶は風化し、大学を卒業する頃には一欠けらも残っていなかった。
――そして四月、私は完璧な抜け殻になった。
上司に言われたことは何となく熟す。だけど、それ以上のことは、自らしようとは思えない。
私にとって、無理な相談なのだ。
積極的に前へ出て話すタイプではない。むしろ対人恐怖症なのだから。仕方なく、営業の仕事に就いたけど、昼下がりの公園で一人、私は空を見上げ、ため息を吐く。こんな生活が一年も続いている。
「ノルマって、何ですか?」
誰に問うでもなく、呟く。
私は涙が出そうになって、慌てて目を袖でごしごしと擦り、次の瞬間、ずっと忘れていた記憶が、渦を巻くように頭の中に蘇って行く。
彼だ。
あの着流しにスニーカーの彼が、目の前で空を見上げていた。
「どうして……」
無意識に出てしまった言葉だった。
遠目で、どんな表情をしている何か分からないはずなのに、私にはまるで、彼が泣いているように思えた。
おもむろに振り返った彼が、ふっと笑みを浮かべる。
一瞬我を忘れて立ち尽くす私の横を、彼が通り過ぎて行く。
え?
微かに聞こえた者が何だったのか判別かつかないまま、私は振り返る。
まただ。
ふんわりと心が撫でられた気がした私は、気が付くと無我夢中で、彼の後を追っていた。
手にスーパーの袋をブラブラさせ、彼は私に気付くことなく、部屋に入って行く。
出入り口を塞ぐように積み上げられたゴミの山。
わずかなスペースが空けられている階段。
それを彼は上がって行った。
猫の額ほどの踊り場と、アルミの扉。それが彼の部屋だった。
--夢でも見ているんじゃないかと、自分の目を疑いたくなる光景。
それが私と茶々丸の出会いだった。
名前を変え新たな自分となったが、しっくりいかないまま、就職という荒波にあい自信喪失をしてしまったユウキ。まるで光が当てられたかのように表れた彼の存在が、ユウキに行動をとらさせることに。いよいよ動きだした運命の歯車。一章へ続く。




