終章03
恐る恐るインターフォンへ指を伸ばす私を待ち望んでいたかのように、扉が開く。
心臓がひと跳ねする。
何が待ち構えているのか、想像が付かないまま私は前へ進みでる。
ドアが閉まり、思わずユウは振り返ってしまう。
恐怖で足が震えていた。
意を決し、私はエレベーターへ乗り込み、ボタンを押す。
もう引き返せないところまで来てしまっていた。
エレベーターが開き、ユウは息を飲みこむ。
鼻の奥が、ツーンと痛くなる。
ずっと探していた景色がそこにはあった。
一面に広がる草原。白いベンチが置かれ、一人の青年が空を見上げていた。鳥たちが歌を歌い、彼に私の音連れを知らせる。
着流しの袖へ両手をしまいこみ、前髪が目にかかっているその青年が、私へ微笑みかけている。
「茶々丸」
嬉しそうに茶々丸が両手を広げ、一瞬にして白い翼が広がる。
「会いたかった」
「小生もです」
胸に飛び込んだ私は、その異変に気が付き、茶々丸を突き飛ばす。
「どうしたんです? ユウさん」
「違う」
「違うって、何がです?」
「あなたは誰?」
「小生まで、忘れてしまったのですか」
私は首を振り後ずさった。
なぜだろう。声も姿もすべて茶々丸なのに、何かが違うように思えて仕方がなかった。悪魔になりかけてしまったからだろうか。しかし、すべての記憶が封印されてしまっていた時にさえ、感じられたものが、この人から何も感じられないのだ。
「小生も、愚かでした」
じわりじわりと茶々丸が微笑んだまま、ゆうへ近づく。
「このような小細工に引っかかっていたとは」
前髪が払われ、顕わになった真っ暗な瞳が、鈍い光を放つ。
身が凍るように冷たくなり、ユウは身動きが取れなくなってしまっていた。
首を軽く傾けた茶々丸が、口笛をひと吹きにすると、カバンから勝手にぺんぎんが飛び出す。
冷ややかな笑みを口許に浮かべた茶々丸が、それを手にしようとした瞬間、弾き飛ばされる。
「貴様は」
「見つけましたよ。テーデ」
「テーデって、茶々丸じゃ」
シルバーグレーの大翼をたたんだ杉浦が、悲しげに首を振る。
「どういうことなの?」
「彼はもう」
そういうと、杉浦は翼を広げ、茶々丸へ飛び掛かって行く。
「ウソ……ウソよ」
ユウはヒラーヌの優しく揺れる瞳を思い出していた。
「愚かだが、愛しい我が弟。ギルバードを救ってはくれぬか」
激しい攻防戦が空中で行われていた。
「悪魔に魂をむさぼり荒らされる前に……」
優はスッと立ち上がり、羽が飛び散る宙を見上がる。
一人では埒が明かないと考えた杉浦が、応援部隊を呼んでいたらしく、数名の天使が一斉に攻撃を仕掛ける。
「止めて、彼は、彼はテーデなんかじゃない」
ふと、脳裏に友暉の姿が過る。
ぺんぎんを空にかざし、あの眩しそうに話す姿だった。
「これはね、すごい力があるんだ。本当に叶えたい願い事だけにしないとね」
私はギュッと手を握る。
茶々丸への思いは、一生私の心から消えないだろう。
離れることなんて、考えられない。
白い羽があの日の、桜の花びらのように私の周りで舞う。
「ユウ」
「ユウさん」
ショウ、茶々丸。
私の涙を拭うヒラーヌに、私は問うていた。
「どうすれば、茶々丸は、助けられるの?」
「その聖なる力は、自らの意志によって開かれる。今は娘、そなたがその主]
何を言わんとしているのか、私には分かった。
茶々丸が失墜し、落下を始める。
涙が邪魔をして、良く見えなかった。
私は、ぺんぎんを強く強く握りしめる。
「鍵は自分からやって来る」
友暉が満面の笑みで振り返る。
当たり前じゃない。だって、鍵は私自身だもん。
追い打ちをかけようとしている杉浦へ、私は声を張り上げる。
「松浦さん、私に彼を仕留めさせて。お願い」
ぺんぎんは大きな剣へと姿を変えていた。
「ユウさんそれは」
決意が固いことを知った松浦が、肩を竦め、私を抱き飛び上がる。




