終章02
ケントニスの羽根が日差しを遮る。
まだらな羽を忍ばせたギルバードとの激しい攻防戦が続けられていた。
一撃を食らってしまったギルバードの体制が崩れる。
羽を散らせながら落ちてくる茶々丸を、私はどうすることもできずに、ただ口を押え見つめていた。
どこからともなく飛んできた黒い影が、そんな茶々丸を攫って行く。
「逃さすか」
ケントニスが放った一撃に、躰をぐらつけさせたものの、その蔭は遥か彼方へと飛び去ってしまう。
スーッと目の前に降り立ったケントニスが松浦の姿へ戻る。
「ユウさん、大丈夫ですか?」
私は咄嗟的に、手にしていたものをカバンへとしまい、曖昧な笑みで答える。
「ええ。少々戸惑っていますが、大丈夫です」
「なら良かった」
「ユウさん、少しお話しを」
「ごめんなさい。私、疲れてしまって」
立ち去ろうとする私の目の前に立ちはだかった松浦が、深いため息を漏らす。
「人の子に、手荒な真似はしたくないんです。ユウさん、あなたが持っている」
「私、何も持っていません」
「しかし」
引き止める松浦の手を振り解き、私は急ぎ足で公園を出て行く。
まだ信じられない気持ちで、いっぱいだった。
私は高層マンションの前に立ち、見上げる。
「そなたの記憶を消し去ることは、不幸ではない」
寂しげに言うヒラーヌの瞳から、私は目を放すことが出来ずにいた。
「辛うじて天使としていられるのは、まだ望みである、穢れを知らない聖なる力がそなたの中へあるからだと、ヒラーヌは言う。黄泉から持ち帰った命の源とともに返上すれば、ギルバードは天使として、天界へと戻れるやも知れぬ。頼む。そなたの願いとして、それを返上して貰えぬか」
息絶え絶えに言うヒラーヌの思いが、私には理解できなかった。
「なぜです。あなただって、そう長くないのでしょ。それが本当なら、あなたにも同じ効力を持っているはず。そうではないでしょうか」
私の言葉に、ヒラーヌの透き通る瞳が揺れる。
「ならぬ。たとえそうであっても、我の矢で起きてしまった惨事。後始末はせねばならないのです」
「二人が、助かる方法はないのですか」
「心優しき娘よ、そのようなことが許されてはならぬのじゃ。罪は罪。裁きを受けねばならない。天地神明に誓って。そのようなことがあっては秩序が乱れ、恐れや災いが生じてしまう」
「でも」
「いいのです。ギルバードはまだ何も知らぬべーべ。私はもう充分」
ヒラーヌが私の髪を撫で、微笑む。
「さぁ、ギルバードの罪を拭わなければなりません」
私のカバンからぺんぎんが勝手に飛び出し、宙を漂う。
ヒラーヌが手を翳すと、それは剣へと姿を変え、私の手中へと収まる。
「さぁ、私をひと突きで仕留めるのです」
「できません」
「やがて、この身は暗黒で包まれ、己を失うことになる。生きても死んでも地獄。さすれば、せめても願いは、愚かな弟の罪をわが血で拭うこと。真実の鏡は、すべてを塗り替えられる」
大きく首を振る私へ、ヒラーヌは優しく微笑む。
私は深い悲しみに触れた気がした。
そこはかとなく深い深い海の底を漂うような、草木も黙り込んでしまっていた。
「ユウ、茶々丸のためだぞ」
ショウの小生意気な顔が目の前に現れ、ヒラーヌの胸を目がけ、目を瞑った私は一突きする。
閃光が広がり、羽が乱舞し、そして空からひとひらの羽根が私の目の前にそっと落ちてきたのだった。
「ありがとう」
一瞬、金森の笑顔が目の前に現れて気がした。
もうこれで、茶々丸が天界へ戻っても、罪を問われることはなくなったのだが、しかし、すべてを思い出してしまった私は、どうしても素直に、ヒラーヌの申し入れを受け入れることが出来ないのだ。




