表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ぺんぎん  作者: kikuna
52/61

第八章 支配者02

 天空を漂うぺんぎんへ、ヒラーヌが息を吹きかけると、それまで不規則な回転を見せていたぺんぎんの腹が割れ、ぽっかりと穴が開く。


 「参るぞ」


 そう言うと、ヒラーヌは私を腕の中へすっぽり包み込んだまま、穴の中へと身を投じたのだった。


 強い力で後ろへと引っ張られ、躰がバラバラになってしまいそうなくらい、全身が痛んだ。

 必死で、私はヒラーヌの胸へしがみ付く。


 「着いたぞ」

 「ここはどこなんです」

 「黄泉の世界だ」

 「どうして、こんなところへ」

 暗くし湿った気持ち悪い場所だった。

 ヒラーヌは、先を見据えたまま、答える。

 「会わねばならぬ者がおる」

 「誰です」

 「来れば分かる」

 ぬかるみに足を取られながら、私は見えない先へと進む。

 

 「これはこれは珍しいこともあるもんだ」

 突然、目玉をぎょろぎょろさせた老婆が目の前に現れ、私は悲鳴を上げてしまう。

 「どういった風の吹き回しだい。ここには、天使は入って来られぬ場所のはずじゃが」

 甲高い笑い声をあげる老婆を人払いしたヒラーヌは、先を急ぐように私を促す。

 生臭く、ひどく気分が悪くなった私は歩くのもようやっとだった。

 半分意識を失いかけている私の頬を、ヒラーヌに叩かれ、何とか歩いていくと、ぼうっとした白く浮き立った場所へと辿り着く。

 「ここは」

 ヒラーヌが指を口の前で立て、私を黙らせると、私の姿を隠すように翼で包み込む。

 水滴が落ちる音が聞こえ、ヒラーヌの声が響く。

 「ペルセナ、お主に頼みがあって参った」

 翼の陰から、私はそっと盗み見る。

 赤い花が立ち並ぶ真ん中に、一人の少女が佇むようにこちらを見返る。

 「まぁヒラーヌ様、何て事をなさったの?」

 言葉とは裏腹に、少女の顔は明らかに喜んでいた。

 「悪魔と契約なさったのね」

 「ああそうだ。こっちの世界がどんなものか知りたくてね」

 「ええ良いですわ。大歓迎よ。お客様なんて3429億年ぶり。でも、元、天使さんは初めてよ」

 飛び跳ねて喜んでいるベルセナの隙を狙って、ヒラーヌが私へ話しかけてくる。

 「私がひきつけているうちに、あそこで咲いている花を摘み取って来て欲しい」

 大輪の花を指していることは、すぐに分かった。

 「何か言った?」

 急に顔を近づけられ、私は思わず悲鳴をあげそうになるのを、慌てて口をふさぎ堪える。

 まじまじとヒラーヌの顔を見たベルセナが、顔を老婆に変えすごんだ声で尋ねる。

 「なんだか生臭い匂いがするね。私の好物だよ。人の生き血は私を若返らせてくれるからね。あんたの手土産かい? 随分気が利いているねぇ」

 ぎょろっとした目が、忙しく動くのが見え、私はすぐにも逃げ出したい気分に見舞われる。

 がしかし、ヒラーヌの翼が固く隙間を塞ぐように私の躰を締め付ける。

 「すまぬ。ここへ来る前、ひとの子を一人、殺めてきた。多分、その時の匂いだろう」

 「またどうして天使ごときが、そんな真似を」

 「地獄に行くには、悪さを少々するもんだって、悪魔から聞かされたもんで。気に入ってくださったかな」

 首を竦めたヒラーヌへの疑心は残るものの、ベルセナは踵を返し、先を歩き出す。

 「最初は、死の泉がいいかね」

 振り返りながら言うベルセナに、ヒラーヌは軽い投げキッスをすると途端に、少女の姿へと戻りはにかみ、再び背を向ける。

 その隙に、そっとの翼から抜け出し、私は身を岩陰へと隠すが、うっかり触れてしまった、洋服のすそがみるみる解け、思わず小さな悲鳴を上げてしまった。

 「誰だい。誰かいるのかい?」

 しゃがれたベルセナの声が、闇へ響く。

 突然ヒラーヌが翼を広げ、ペルセナを目隠しをする。

 「ベルセナ。私はせっかちな性分でね、さぁぐずぐずしないで案内を」

 「ええい。どかんか。この私を騙せると思ったのか。若い生娘の匂いじゃ。土産として持ってきたのであろう」

 広げられた翼をベルセナが触れた途端、腐敗が始まり、その痛みに耐えかねたヒラーヌが怯んだ隙に、私を目がけベルセナが飛んでくる。

 花の前から離れた途端、少女だったはずのベルセナの皮膚がどろどろと溶け出し、老婆の顔へと変貌した顔が目の前に現れ、私は身動きが出来なくなっていた。

 「うまそうじゃないか。これで当分の間は若さが保てる」

 ベルセナが大きく息を吸い込みながら、私の生気を飲み始める。

 シュルシュルと嫌な音が耳を衝き、その場に立っていることが出来なくなった私を庇うように、ヒラーヌを抱きとめる。

 「ヒラーヌ」

 「私は大丈夫。早くあれを」

 ヒラーヌの叫びに促され、駆け込んだ私は花をもぎ取ろうとし、焦る。

 どうやってもびくともしないのだ。

 「これを使え」

 ぺんぎんが剣の形に代わり、私の手中へと飛び込んで来る。

 「ならぬならぬ。それはお主には摘めぬ」

 ベルセナを矢で打ち抜いたヒラーヌが、根元から、勢いよく切り取った私を捕まえ、飛び立つ。

 「逃げられぬ。生きた者が、ここから出られぬことは、お主も知っておろう」

 皺だらけの老婆の顔が絡みついて来るのを必死で払いのけ、わずかな光が指す方へと向かって急ぐ。

 間一髪のところで飛び出した私たちは、水面へと躰を擦り当てながら、なんとか地表へと辿り着く。

 改めてヒラーヌの姿を見た私は、言葉を失ってしまう。

 神々しかった翼はボロボロになり、至る所の羽根が抜け落ちてしまっていた。

 天使のことはよくわからない私でも、これがどういうことなのか、何となく分かる。

 「何とかなったな」

 翼をしまったヒラーヌがホッとしたように呟き、不思議な光を掌に灯し私へ見せる。

 「これのおかげで、戻って来られた」

 「これは?」

 「触れてみるがよい」

 恐々と人差し指をそっとあてた私の目の前に、友暉の姿が現れる。

 「ヒロ君?」

 「良かった。僕のささやかな力が、役に立てたんだね」

 「どういうこと?」

 ぐったりとしているヒラーヌが、水をひと掬いし、口へと運ぶ。

 「お主の友には感謝する。あの者の命の灯がなければ、戻って来れなかったであろう」

 目を見開く私へ、友暉は優しく微笑む。

 「ヒロ君、何をしたの?」

 「さゆちゃん、僕は君が好きだったんだ」

 「でも私は」

 「知っているよ。君には待ち人がいた。待ってもどうしようもない相手。それでも良かった。君のそばにいられるだけで、僕は幸せだったんだ。だから僕の命を、君のために使うことを決めた。僕の願いは君の役に立ちたいだったからね。これで良かったんだ」

 「でもでも、そんなことをしてもらっても、私、応えてあげられない」

 「大丈夫。心配しないで。今度はさゆちゃんが、願い事を叶える番だよ。しっかり考えて、決めるんだよ」

 ふんわりと髪の毛を風が揺らし、友暉の姿が消えて行く数秒間、私は息もできずにいた。

 「あの者の誠に、敬意を尽くそう。さ、娘、先を急ぐぞ」

 後ろ髪を引かれる思いだった。

 大きな翼に覆いつくされ、私の視界が奪われる。

 それとともに、記憶が糸が切れたように途切れる。

 あるのは、真っ白い世界と、優しい風の音だけだった。 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=615037994&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ