第八章 支配者03
「ヒラーヌ、見つけましたよ」
シルバーグレーの大翼を持った男が立ちはだかり、二人の行く手を阻む。
「まさかね。あれがギルドの分身だったとはね」
「何のことですか。ケントニス様」
「そこまでしらばっくれなくても良かろう。調べはもうついておる。その者をこちらへ寄越すのだ」
不安な面持ちでいる私に、ヒラーヌは微笑みかける。
次の瞬間、私はそのまま気を失わされてしまう。
「……ユウ……ユウさん」
一人、私は青空を見上げていた。
誰かに名前を呼ばれ、振り返る。
すだれ髪の男性が立ち、同じように空を見上げ、口笛を吹く。
「あっ、その曲」
思わず言ってしまう私を見て、男性をは微笑み近寄って来る。
陽だまりの中、走る男の子を夢中で追いかけていたころの記憶が蘇り、私は目を見開く。
行き交う人の流れの中、私は一瞬息が出来なくなるほど驚いていた。
懐かしい瞳を持つ男性が、私とすれ違っていく。
ずっとずっと待っていた、そんな気がしてたまらなくなった私は振り返り、既に見えなくなってしまった相手を追い求め、踵を返す。
かみ合わない時間。
やるせない思い。
ねじ曲がってしまったすべてのものが、ゆっくりと戻って行く、そんな感覚だった。
公園のベンチ。
何もかもが嫌になり、私は自分を捨てたいと心から思っていた。
桜の花びらが散って行くように……。
そして私は彼と出会った。
時間が巻き戻されていく。
ランドセルを背負った男の子が、私の手を引く。
「僕はずっと君のことを知っていたんだよ」
振り返り言うその言葉が嬉しくて、私は笑みを零す。
私はいつでも一人だった。
ある日、広い庭がある家を見つけ、男の子が手招く。
金色の髪を持つ、言葉もわからない相手。だけど彼の瞳に吸い込まれるように、私はそのこと夢中になって遊んだ。
彼といると、不思議と嫌なことを全部忘れることが出来た。
彼がなぜ、私の前に現れたのかも知らないで、二人があっていることは秘密だよという言葉に魅せられていった。
ある日、彼が忽然と私の目の前からいなくなってしまった。
広い庭も、大きなお屋敷も、すべて何もなかったかのように、残されているのは草が多い茂った空き地だった。
愕然となった私を誰かが読んでいるような気がして、振り返る。
誰もいない道を泣きそうになりながら戻って行く。
その夜、私は高熱を出してしまい、魘されていた。
少年が苦しそうに私に助けを求める夢だ。
「君に会いたい」
暗い場所へ閉じ込められている、少年の悲痛な叫びが胸にこだまする。
涙で枕がぬらす私の傍らに、大きな翼を持つ天使が立っていた。
天使は手をかざし、すべてを封印すべき術を掛ける。
しかし、その術はすべてを封印することが出来ずにいた。
孤独を身にまとった私は、誰とも心を通わさなくなる。
見えすぎてしまう人の心の醜さに怯え、そんな私を誰もが気味悪がった。
でも私はそれでも平気だった。時々聞こえてくる、少年の声があったから。
「僕を信じて。必ず君に会いに行く」
顔さえ思い出せない相手に、私は恋をしていた。
躰に強い衝撃が走る。
「なんて馬鹿なことを」
彼に会うのはこれしかないと思った。
苦々しく見つめるヒラーヌに、私は小さく笑ってみせる。
「愚かなるものよ。なぜ私の術が利かぬ」
私にも分からなかった。
ただ私はあの陽だまりに包まれて、小鳥たちとともにあの少年と戯れていたかった。
おもむろにヒラーヌは私に顔を近づけてきた。
「愚かなる娘よ。私はお主の誠を知り、力を受け渡すことに決めた。受け取るがよかろう」
そっとヒラーヌの唇が当てられ、息が吹き込まれる。
天高く突き出されたヒラーヌの手に、七色の光が集められ、やがてぺんぎんの姿へと変え、ポトリと地面に落ちる。
「しばらくはこの思い、預からせてもらう」
ぺんぎんへ、自分の羽根をむしり息を吹きかけ降らせたヒラーヌは、私の額へ指を当て、瞳をじっと見つめる。
その瞳はとても悲しい色をしていた。




