第七章 救世主02
広瀬と別れてから、私は自分の中にあるモヤモヤと戦っていた。
偶然なのか、広瀬が案内してくれたのは、自分が住んでいる街で、毎日のように通ってきた場所にあった。
満面の笑みでまた会おうと言う広瀬に、私はぎこちなく手を振る。
覚えていられる自信がないのだ。
曖昧な記憶のまま、私はその場しのぎの笑みで何とか合わすことが出来たが、広瀬が話す話の半分も、覚えていなかった。
ひどい話である。
肩をすぼめ、私は店の脇にある階段を見やる。
あの光景はいったい何だったんだろう?
突然鳴りだした携帯に慌てて出た私は、それっきりそのことを忘れ、家路へと就く。 電話の相手は、寺田だった。
明日の業務の連絡である。
なぜだか、寺田は他の従業員がいるのにもかかわらず、コンパクトな作業を私と二人っきりでしたがる。考えてみると、私は寺田のことを何も知らずにいた。他の従業員たちとも、滅多に顔を合わせることはない。いつもこうして業務連絡が入り、直接現地へ向かい、帰りは送ってもらう生活である。
不思議な気持ちで、ぺんぎんを眺める。
気のせいだろうか、ぺんぎんの腹に部分に何かが入っているように思えて、私は電気にあて目を凝らす。
どこからともなく一羽の大きな鳥が飛んできて、地表に降り立つと同時に男性へと姿を変え、何でもないかのようにアパートの階段を上がり始める。
その男は、ユウキの部屋の前に立つと、実に楽しそうに指でタクトを振る。
「ギルバード、見つけましたよ」
ハッとなった男が、手を止め振り返る。
シルバーグレーの男が、鋭い目つきで睨みながら近づいていくと、口元を歪め首を軽く振る。
「久しぶり、兄さん」
「愚かな弟よ、もうそこまで浸食されてしまったのですね」
「何のことです。僕は僕のままですよ兄さん」
「ギルバード、今ならまだ間に合う。天界へ即刻戻るのだ」
「戻ってどうするんです? 僕は素に戻されてしまうんです。行き場所はあそこにはもうない。あなただって、かわいい弟がそんなことになるのは忍びないと考えたから、あんな真似を」
ニヤリと笑うギルバードを、忌々しくヒラーヌは見やる。
大きく頭を振ったヒラーヌが手を上げようとした瞬間、背後から忍び寄る影が襲い掛かる。
「おっと、今ここでその力を解放されては困りますよ、ヒラーヌ」
「貴様」
手を掴まれたヒラーヌが渾身の力でその手を振り解く。
風が強まり、窓をうるさく鳴らし始める。
得体のしれない恐怖に襲われ、私は一人でいることが怖くなり、部屋を飛び出す。
「おとっと」
ドアにぶつかりそうになった男性に、私は慌てて頭を下げる。
「ヒロ君?」
広瀬は右腕を庇うように立っていた。
「忘れ物、取りに戻ったら、さゆちゃんに渡したって聞いて」
「腕、どうしたの?」
「ああこれ、大丈夫。慌ててたものだから、そこでぶつけちゃって」
ぶつけたにしては、様子がおかしかった。顔色も、青ざめて見える。
「ちょっと待ってって。あのぺんぎんだよね」
部屋の中へ戻ろうとした時だった。
ドスンという音に気が付き振り返ると、広瀬がその場に崩れ落ちていた。
「ヒロ君、大丈夫?」
「僕は大丈夫。それより、あのぺんぎんを」
広瀬にせかされ、振り返った私はギョッとなる。
ぺんぎんを手に、宗像がそこに立っていた。
「さゆちゃん、そいつにそれを渡しちゃダメだ」
「どういうこと?」
宗像は嘲笑いながら、ベランダから飛び降り、それを追うように広瀬も策を乗越す。
何が何だか分からない私は、下を覗き、必死で広瀬の名を呼ぶ。
そして、あるであろう二人を探しに階下へと降りて行った私は、茫然となる。
どこにも、二人の姿はなかった。
街灯がパチパチとおぼつかない明りを点滅させ、浮き立つように残されたぺんぎんを私は拾い上げる。
その様子を電柱に腰かけた松浦が見ていたことも知らず、私は夜の街を駆け出していた。




