第七章 救世主01
あんなことをされたのにもかかわらず、私はどうしても宗像のことが頭から離れずにいた。
空を突き抜けるようにそびえたつマンションを見上げ、意を決し、一歩前へ踏み出すと同時に、誰かが私の名前を呼ぶ。
「やっぱりそうだ。さゆちゃんだよね」
独特のアクセントに、私は聞き覚えがあった。
「僕、広瀬、覚えている? 昔、よく遊んだんだけど……」
キョトンとする私の顔を、その男性は覗き込む。
人懐っこい目に、独特のアクセント。長く伸ばした髪からはみ出して見える、補聴器。
ニコニコといつも私の味方をしていてくれた、その笑顔が一瞬にして蘇る。
「ヒロ君?」
「良かった。間違ってたら、超恥ずいから。こんなところで何をしているの?」
「別に……、ヒロ君こそ」
「僕は、君を探していた」
「またまた」
思わず顔を綻ばせる私を見て、広瀬は照れ笑う。
それからの流れは、ごく自然だった。
久しぶりの再会を祝して、食事をすることになり、広瀬の行きつけのレストランへ向かった。
イタリアンレストランの一角、二人はとりとめない会話を楽しむ。
トンボ眼鏡をかけたウエーターが、お替りのお冷を刺しながら、広瀬に話しかける。
「珍しいですね。広瀬さんが女性を連れて来るなんて」
黒髪を一つに束ねたウエイターが私を見て、微笑む。
「松浦さん、からかわないでください」
「すいません。ごゆっくりどうぞ」
なかなかいい顔をしているウエイターについ見とれてしまっている私に、広瀬が咳払いをしてみせる。
「あの人、松浦さんって言うんだ。僕、耳がこんなだから、あまりこういうとこ、苦手ではいりずらかったんだけどさ、店の前であの人にどうぞと言われた時、ここなら何度聞きなおされてもいいかなって思えたんだ」
「そうなの?」
「だけどあの人」
ウエイターが消えて行った方を一瞥してから、広瀬が続ける。
「手話とかできるんだ。だけどそんなの使わなくても、不思議と通じちゃうんだ」
ただ感嘆するしかなかった。
気が付くと、広瀬が真顔で私を見つめていた。
戸惑った私は、首を傾げて見せる。
店内に流れる曲が一瞬消え、ふわりと躰が軽くなった気がした。
「いつでも僕はそばにいる。僕は君の味方だから」
白い霧が立ち籠る向う側。
懐かしさが胸を詰まらせる。
「君は待っていればいい」
一面に広がった星空。
パタパタとスカートの裾が揺れ、本当の自分が知りたいと心から願い、夢で見たことを真に受け、空に近づける場所を目指した。
すべてがどうでも良く思えてきて、気が付くと私はフェンスを越え、宙に足をぶらつかせていたんだ。
ハッとなった私は、改めて広瀬を見る。
微かに、広瀬の唇がお待たせと動いた気がした。




