第六章 探究者05
桜の花びらが舞い散り、まるでそれが羽のように思えて、私はふと空を見上げる。
「居た居た。また空なんか眺めて」
その声に振り向く私に、人懐っこい笑みで手を振る男性が近づいてくる。
「寺田君」
「さっさとノルマこなさないと、またどやされてしまいますよ」
首をすくめた私は、ベンチに置いてあるカバンを、大げさな掛け声とともに肩に担ぐ。
「行きましょうか。次はあそこのマンションよね」
「凄いですよね。30階に住む感覚ってどうなんでしょうね」
高くそびえたつマンションを見上げ、おのずとため息が漏れてしまう。
考えたくもない。地震とかのレベルじゃない。少し強めの風が吹いただけでも、ぼっきり折れてしまいそうで、恐ろしくて住む人の気が知れない。
人嫌いで、なるべくかかわらなくても済む仕事を探し求めていた私は、この便利屋をしている寺田に拾われた。
あの頃、何としても一件、契約を取って来いと上司にどやされ、私は手当たり次第玄関チャイムを鳴らし歩いていた。
話すのが苦手で、商品の説明どころか、最初の一声さえままならない私を、相手にする人など誰もいない。当然である。
昼食もそこそこに、半分諦めが入っていた私は、玄関が開いた途端、無我夢中で言葉を連ねる。
さんざん喋った後、申し訳なさそうに、応対に出た男性が謝る。
ここの住人じゃないと聞かされた途端、私は壊れたように笑い出してしまった。
もう辞めよう。
判然としない様子で私を見ている男性に頭を下げ、立ち去ろうとした時だった。
「もし良かったら、お茶でも一緒に飲みませんか」
意表を突かれた私は、ポカーンと口を開いたまま、その男性を見つめてしまっていた。
有無なしに中へ通され、お茶を振る舞われている自分が居た。
その男性こそが、寺田だった。
寺田は名刺を差し出し、自分は便利屋で、今日はここの引っ越し後の片づけをしていたと言う。
言葉なくいる私を見て、寺田は、良かったら話、聞きますよと切り出してきた。
人に話すことなどない。あったとしても、見ず知らずの人に聞かせることでもない。
躊躇する私に、寺田はにこにこと持参のお茶を勧める。
ハーブティなんて飲むのは初めてだった。
寺田は聞き上手で、気が付くと、今の仕事が向いていなくて辞めたいことを話してしまっていた。
目じりにしわを寄せた、人懐っこい目をした寺田は最後まで話を聞き、もし良かったら、一緒にこの仕事をしませんかと提案してきたのだ。
「まったく、人とかかわらない。というわけにはいかないが、主に清掃業務が大半で、季語心知れた仲間と動く仕事だから、何とかなるんじゃないかな。それでも駄目のようなら、事務をしてもらう手もあるから」
不思議と、寺田のその言葉がスットンと、自分の中に落ちた。
仕事には厳しく、失敗だらけの私は、いつも叱られてばかりでいる。それでも苦になったことは一度もない。
「30階、私も行かなくちゃダメですか?」
「まだそんなこと、言ってんの?」
「だって」
渋る私に寺田が、コツンと頭を拳骨で叩く。
「簡単な清掃だから。窓ふきとかは俺がやる。ユウは、水回りとか頼む」
私は大袈裟なため息とともにエレベーターに乗り込む。
そして、応対に出てきた男性を見た瞬間、私の脳裏に何かが霞み消えて行った。




