第五章 便利屋08
人間嫌いになったのは、その頃からだった。
人の声が、私の耳には雑音にしか聞こえないのだ。
鳥たちのさえずりは、こんなにも綺麗な歌声に聞こえるのに、耳を塞いでも聞こえてくるのは、汚い言葉ばかりで、人が集まる場所は、私にとって恐怖の場所になってしまっていた。
生きているのが辛い。とさえ思い出した私はある日、家族に内緒で、あの場所を目指していた。
なけなしのお金を握りしめ、暗くなった山道を黙々と上って行く。
一面に広がる緑は、月明かりに照らされ、不気味を放っていた。
私は、祖母の皺だらけの顔を思い出す。
脳裏を、あの言葉が過って行くのを振り払い、私は生唾をごくりと飲み込み、草をかき分け前へ前へと進む。
「そっちではありません。もう少し右です」
ハッと立ち止まった私に、また誰かの声が聞こえてくる。
「お急ぎなさい。もうじきここを蛇が通ります。彼はとても乱暴者。あなたの足をガブっ」
「ガブっ」
「ガブっ」
幾重にも声が重なり、私は辺りを見回す。
何が起きているのか分からなかった。
声に合わせて、草がそよいでいるようにも見える。
怖くなった私は、無我夢中で草むらを抜け出していた。
「さあ時間がありませんよ。お急ぎなさい」
足元に咲く小さな花に言われ、私は一目散で走り出す。
月明かりに照らされ、くっきりした白い門扉が見え、私はホッとなる。
しかし、私の歓喜はそれまでだった。
しっかり施錠された門扉は開かず、先に見えるはずの屋敷もブランコもなく、見えるのはたった一本の木だけだった。
振り返れば、暗がりだけで、私はその場に腰を落とし、泣き続けた。
――今まで聞こえていたはずの声もまったく聞こえず、そこにあるのは闇だけだった。
自分の泣き声さえ、耳に入ってこない恐怖は並大抵のことではない。
見上げる空に浮かぶ月も星も、ものすごい勢いで回っているかのように見える。
気がおかしくなりそうだった。
その時だった。
耳を何かが掠め飛んで行った気がして、辺りを見ました私は、遠くに立っているあの少年を見つけたのだ。
喜びが胸に込み上げてくる。
今までの恐怖がまるで嘘のように、辺りが明るく照らされ、彼に続く道が一筋に照らされているように思え、迷うことなく駆け出していた。
しかしそれもすぐに闇へと変わってしまう。
勇んで走る私の目の前を、ふっと遮られるように、何も見えなくなり、そこで私の記憶は途切れている。
ぺんぎんを握り、強く強く瞑った瞼の裏に浮かんだのは、たったそれだけだった。
この後、私の身に何が起こったのか、さっぱりと思い出せないまま、草をかき分け、あの日のように、白い門扉を探し求める。
きっとそこに答えがあるはず……。




