第六章 探究者01
私は確かめてみようと思った。
大急ぎで身支度を整え、明けきらない街へと飛び出して行く。
昔、私は同じ夢を見ては魘されていた。それを誰かに夢中で話した記憶がある。
「さゆちゃん、行って確かめてみよう」
その言葉に、私は眉を顰める。
耳に残る祖母の言葉が蘇り、私を怯ませていた。
「いいかい、河原に行くのは構わんけど、獣道だけは入って行くんじゃないよ」
「獣道?」
にゅうっと暗がりから祖母の顔が浮かび上がり、私は固唾を飲み込む。
兄たちと何度も河原へは出かけて行ったが、一度もそれらしき道を見たことがなかった。
そんな話、私は信じていなかった。
川のせせらぎと、草の匂い。
土臭い細いくねった道、私は生唾を飲み込む。
そして、恐る恐る一歩を踏み入れたその時だった。
「だからそこはダメだといったじゃろ」
その声に一斉に鳥たちが、キーキーと鳴き声を上げながら飛び立つ。
「……さゆ。また変な夢見たの?」
顔を覗き込むように聞いてくる少年に、私はコクンと頷く。
いつのころからか、私は自分の世界に閉じこもるようになっていた。
耳を塞ぎ、誰の声も聞きたくはなかった。
だけど、兄の友達というその少年だけは特別な存在で、唯一心を開けた相手だった。
彼の心はまっすぐで美しい。それはきっと彼がろうあ者だから、余計なものを聞かないで済んでいるからだと、私は思う。
二人はいろんな話をした。
一方的に私が喋り捲るというものだが、彼は嫌な顔を見せずに、最後まで聞いてくれる。優しい少年だった。
誰にも話せない話でも、彼にだけには話せる。
その嬉しさのあまり、私はついつい彼の耳が不自由なことを忘れてしまう。
散々喋ってから、私はハッとなる。
「ごめん。また私やっちゃった」
「大丈夫。僕、唇読む名人だから」
そのアクセントがおかしくて、私はつい笑ってしまう。
そんな私を、彼は決して怒ることはなかった。むしろ、一緒に笑い転げていた。
大切な思い出だったのに……。
電車に飛び乗り、なつかしい匂いがする街へ降り立つ。時間を巻き戻されたかのように、薄らと記憶が蘇ってくる。変わらない景色を見回し、しっかりした足取りでバス停へ向かう。
乗客は私一人きりで、見慣れない顔に、運転手が何度もバックミラーで確認してくる。
田舎町はこれだから。
ひとりごちった言葉に、私はフッと横で笑うあの少年を思い出す。
前にもこんなことがあった気がする。
バスが遠ざかり、山道へと足を踏み入れる。
人などめったに来なくなってしまったのだろう。
草が生い茂り、何度も足を滑らせながら私は河原へとたどり着く。
昨晩の雨のせいで、川の流れが速くなっているように思えた。
草をかき分け、私は小さく呟く。
「あった」
依然に増して険しくなってしまっている道を目の前に、私は自分が履いて来てしまったヒールを恨めしく思う。
行くしかなかった。
何度も足を滑らせ、私は前へ前へと進んで行く。
服も顔も泥だらけになって……。
「見つけた」
一面に広がる緑がそこにはあった。
不意に暗くなり、私は空を仰ぎ見る。
風が通り、草が大きなびく。
太陽を隠すように、何かが旋回しているのが見え、私はゾッとなる。
その影が急降下をし始めだしていた。
恐ろしさで足が竦み、うごけなくなってしまった私は、その場で頭を抱え蹲ってしまう。
「行こう」
誰かに腕を掴まれ、私はグイグイ引っ張られ始める。
ショウ?
振り返った相手を見て、私は驚く。
「伏せてっ」
ショウになぎ倒され、私はその場にうつ伏す。
頭の上を、強い風圧が渡って行く。
私はまた悪い夢を見ているんだと思った。
しかしそれは違っていた。
風が収まり、私は恐る恐る顔を上げる。
「ショウ」
いたはずのショウの姿はどこにもなく、代わりに居た人物を見て、私はギョッとしてしまう。




