第五章 便利屋06
どうしてだろうと、前を走るショウを見ながら、私はずっと思っていた。
以前にも、こんな光景があった気がする。
ずっと昔、霧に包まれた記憶の向こう側。薄っすらと切れた隙間から、少年が満面の笑みで振り返り、私の名を呼ぶ。
発音が悪く、はっきりと聞き取れない声。
懐かしさで、鼻の奥がツーンと痛くなる。
「こっちこっち」
ランドセルを鳴らし、ショウは振り返り、私を手招く。
普段の運動不足がたたって、肩で息をする私の足はすでに限界に達していた。かなり間が開いてしまった私を見て、ショウは呆れてしまったのか、先へと駆けて行ってしまう。私の制止する声を無視してだ。
ドンドン小さくなる背中。
私の中の何かがぐらつき始めていた。
一瞬脳裏を過るもやがかかった少年の後姿と重なる。
私はその場で顔を手で覆いつくし、しゃがみ込んでしまう。
何かが私の足元で鈍い音を立てる。
「大丈夫ですか?」
私は咄嗟にペンギンを拾い上げ、隠すように顔を上げる。
逆光だった。
相手の顔が良く見えないまま、私は頷く。
手がするすると伸びてくる。
「来ないで」
私は思わず、ぺんぎんを胸に強く抱き、夢中で首を振る。
「どうされたんです? 早くこちらへ」
冷ややかな笑みを浮かべた寺田が、差し迫って来る。
私は恐ろしさのあまり、立ち上がることもできずに後退った。
「あなたがそれを素直に渡すなら、私が代わりに茶々丸さんを探して差し上げます」
それがどうしてなのか、理由も分からずに、穏やかな笑みで伸ばされるその手を振り払い、どこにそんな体力が残っていたのか自分でも分からないまま、全速力で、ショウが消えて行った方へと駆け出す。
足が縺れ、何度も転びそうになりながら、夢中で電車に飛び乗る。
なぜか、この場から離れなくてはという衝動が、自分をそうさせていた。
いくつかの電車を乗り継ぎ、私は、人がまばらな駅へと、足を踏み下ろす。
すべて無意識だった。
手にしていたぺんぎんは、いつの間にかバックへと押し込められ、歩くたび、ごつごつと腿に当たり、痛みを感じさせていた。
張りつめた空気が、私の身を震わせる。
気温が、明らかに都会の物とは違っている。
誰に問うこともなく、山道を走って行くバスに乗り込んでいた。
雨風にさらされ、風化してしまっているバス停。
舗装はされている車道から脇に伸びる細い山道へ、迷わず私は進んで行く。
遠い記憶にあった。
どこからともなく聞こえてくる水の流れる音に向かって、私は確実に足を進めて行く。
赤土に埋め込まれた石階段。途中から丸太に変わり、気を抜くとそのまま転げ落ちてしまうのではないかと、冷や冷やしながら下り、背丈よりも高く伸びた草をかき分け、私はようやく、目的地へ辿り着く。




