第五章 便利屋05
美和子が死んだ。
跡形もなくなってしまった場所で、私は一人立っていた。
手には、ぺんぎんが握られている。
倉庫から火が出たニュースは、皮肉にも志津恵さんから知らされた。
一瞬、その知らせを聞いた時、志津恵の仕業じゃないかと正直思った。それは違っていた。
彼女の盗み癖は治らず、退社に追い込まれたのは、茶々丸が姿を消してしまう、三日前の出来事だった。
仲が良いように見えた二人だが、美和子はあっさり志津恵を切ったのだ。
警察沙汰にはしない。
険悪な雰囲気を醸し出す二人の間に割って入った金森の言葉に、渋々了承した志津恵だったが、腹の虫がおさまらなかったのであろう。去り際、こんな会社、消えてなくなっちまえ。と、暴言を発し、去って行ったのだった。
「あの女、どこまでもクズだね」
そう笑って言う美和子の顔が、今でも目に焼き付いてしまっている。
「箕輪さん」
警察関係者と話し終えた金森が、疲れた顔でやって来る。
「いったいこれは?」
「分かりません。ただ遺体の損傷や燃え方から考えて、自殺の可能性が高い。というのが警察の見解だそうです」
苦々しい表情をする金森をそっと見た私は、迂闊にもホッとしてしまっている自分に気が付く。
ん? という顔を祖され、私は慌てて目を伏せる。
茶々丸というものがありながら、私はなんてことを……。
「そう言えば、彼氏は戻って来られてのですか?」
首を振る私を見て、金森が声のトーンを落とす。
「このまま戻って来なかったら箕輪さん、どうされるつもりですか?」
「戻てきます。茶々丸はきっと」
泣きそうだった。
力強く言う私に、面を食らった方に金森が微笑む。
「こんな時に何ですが、食事にでも行きますか?」
「いや、私は」
そう言い終わった瞬間、私のお腹が鳴ってしまう。
ここのところ、私はまともな食事を摂っていなかった。
茶々丸どころか、ショウまでが姿を見せなくなってしまい、私の不安は増す一方だった。
「こんな時だからこそ、きちんと食事を摂って、元気出さないと。あっそうだ。凄く雰囲気が良い店、見つけたんですけど、行ってみませんか。ね、良いでしょ。行きましょう行きましょう」
ぐいぐい引っ張って行くかなもろの手を、私はどうしても振り解くことが出来ずにいた。
ダメだダメだダメだ。
「箕輪さん、忘れてしまうのも一つの手ですよ」
目じりに皺を寄せた金森が悪戯に私を見て笑う。
「止して下さい」
私は思わず目を伏せる。
自分がこんなにも不埒な人間だとは、思いもしなかった。
ついこの間は、松浦に心を動かされてしまい、自分が分からなくなった私は、実家にも会社にもいかず、悶々とした気持ちで一日を過ごした。今度は金森に、惹かれかかっている。
自分を落ち着かせようと、私は街をさ迷い歩く。
「箕輪さん?」
心配げに顔を覗き込んで来る金森に、私は無理をして笑顔を作る。
「ごめんなさい。私やっぱり帰ります」
「そう言わず」
「本当に放して」
このまま引きずられてしまいそうな自分が怖かった。
手を振り解き、駆け出す私を、力なく見つめる金森だった。
その後、茶々丸を探す項目で、私はやみくもに街を歩き回っていた。
薄れかけた霧の向こう側、浮かぶシルエットが、金森と重なり合う。
そんなはずはない。
頭を振る私は、肩を掴まれ、ハッとなる。
「良かった。やっと会えた」
驚いた私は、落としそうになり、ぺんぎんを手にしていたことを思い出す。
光沢はなく地面の色を反映させていた。
「すいません、何度も声を掛けたんですけど、お気づきになられなかったもので」
パッと手をひっこめながら言う寺田に、私は顔を強張らせる。
「先日はありがとうございました」
黒で統一された装いだった。
目じりを下げた寺田と目が合う。
光沢のある髪は片側が編み込まれ、後ろで一つにまとめられていた。
ゆっくりと、ぺんぎんを持つ指がはがされて行く。
「これは上等品だ」
ニヤリとする寺田から、私は目が離すことが出来ずにいた。
「いい子だ」
寺田が興奮を抑えきれない様子で、私の手からぺんぎんを奪い取って行く。
「ユウ」
突き飛ばされた私は、茫然と名前を呼んでいた。
「友暉?」
「しっかりしろ。早くそれをしまえ」
ぶつかられた衝撃で、ぺんぎんが私の足元へ転がっていた。
「おっさん、何してんだよ」
「わたしはただ」
口ごもった寺田は踵を返し、そのまま車で走り去る。
唖然だった。
「友……」
「何やってんだよ」
てっきり友暉だと思っていた私は、振り返った顔を見て目を瞠っていしまう。
「ショウだったの?」
そんな私に、不機嫌な顔をしたショウが鼻を一回鳴らす。
その顔は、少し見ないだけだったのに、大人びて見えた。
「もうちょっとしっかりしないと駄目じゃないか」
肩で息をするショウが、私に抱き付いて来る。
アクセントをおかしく喋るショウに、私は吹き出す。
「何だよ」
「んん、何でもない」
笑いながら、涙が込み上げて来ていた。
「行くぞ」
ばつが悪そうに言うショウが、プイと横を向く。
「ごめん、そんなに怒らないでよ」
「怒っていねーし。ていうか、早くしないと、あいつ分からなくなっちまうぞ」
「あいつって」
「茶々丸だよ」
「見つかったの?」
「ああ」
ショウが顔を曇らせる。
「茶々丸に何かあったの?」
「とにかく急ごう」
駆け出すショウにつられ、私もその後に続く。
少し遅れて、電線が揺れ、大きな鳥が飛び立つ。




