第五章 便利屋03
ここは一人でという私に、自分も一緒にと美和子は引き下がろうとしなかった。
どうしても美和子と茶々丸と会わす気にはなれずにいる私に対し、意地になっているようだった。
こういうところは、大学時代とちっとも変っていない。むしろ強引になっている気がする。
階段の中腹でもめていると、不意に茶々丸に声を掛けられ、私たちは肩をビクつかせ舌を見る。
「茶々丸」
慌てて言い訳をしようとする私は、そこで言葉を飲み込んでしまっていた。
いつも前髪で隠れている瞳が、まっすぐ美和子を見ていた。
どういうわけか、さっきまでの勢いはどこへ行ってしまったのかと思うくらいおとなしくなった美和子の嬉々とした表情を見て、私は慌ててその場を取り繕うとする。
「茶々丸、実はね」
ゆっくり階段を降りだした美和子が、
「初めまして私、ユウキとは大学時代からの親友で」
そこまで言いかけた美和子が私を見返り、口元を歪ます。
勝利の笑みだ。
首を傾げ、手を差し伸べる美和子をしばらく見入っていた茶々丸は、何も言わないまま背を向け歩き出す。
「茶々丸待って」
慌てて追いかけようとする私の前へ、にこやかな顔をした寺田が立ち塞ぐ。
「奥さん、二階の部屋なのですが立ち合い、お願いします」
小走りして美和子が茶々丸の横へ並ぶ。
思い出したくない過去が頭を過る。
大学のキャンパスで何度も目にした光景だった。
「嫌っ」
口元を少し歪めた寺田が首を傾げる。
「どうされたんです?」
寺田と目が合った私は、動揺を隠せずにいた。
どうしてこんな時に、真っ白く塗りつぶされた背景が目の前に広がり、浮き上がった輪郭が振り返る。判別できないその相手が何よりも暖かく、そして優しく微笑んでいる気がして、私は駆け寄りたい衝動に駆られる。
「ユウ」
甲高く響く声に割かれ、私は現実へと引き戻される。
「ユウ、そんなところで何をしてんだよ」
「ショウ?」
怒った顔をしたショウが、私ではなく寺田を睨んでいた。
「お前、茶々丸に内緒で何をしてんだよ」
「何って、片づけを」
「あいつ、カンカンだったぞ。探しに行った方が良いんじゃないのか」
「茶々丸に会ったの?」
私はすがる思いでショウを見詰める。
「ああ公園の前で」
「ありがとう」
駆け出す私に寺田が声を掛けてくる。
「奥さん、続きは」
「ごめんなさい」
振り返り言う私は、一瞬見間違えかと自分の目を疑ってしまう。
寺田の背に煌々とした黒いものがあるように思えた。
私は頭を振り、改めて見直す。
ガラクタが積み上げられている荷台を点検する寺田の姿には、どこにもそれらしきものはなかった。
ランドセルを音を鳴らせながら、あっという間に追い越され、ショウが振り返る。
「急げ」
私は促されるまま、速度を上げて行く。
しかしショウの足は速く、すぐに姿が見えなくなってしまっていた。
公園に駆け込み、肩で息をする私の耳にふと、ハーモニカの音が聞こえてくる。
「ショウ、今そんなことしている場合じゃないでしょ」
私の声などまるで聞こえていない様子で、ショウは夢中でハーモニカを吹いていた。
「だから」
私は顔を覗き込み始めてショウが泣いていることに気が付く。
ショウがハーモニカを吹くのを辞め、小さく微笑む。
その笑顔がどことなく寂しげで、居たたまれなくなった私は抱きしめていた。
グイと押し戻されて、私はハッとなる。
大人びたショウの眼差しがそこにはあった。
私は何かを思い出し掛けていた。
「バーカ」
悪たれを吐いたショウが駆け出して行き、一人残された私の肩に、ハラハラと一枚の枯葉が落ちてくる。
私は、枝の先に手を拱く者があったことを知らずにいた。




