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ぺんぎん  作者: kikuna
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第五章 便利屋01

 夜明けを待って、取るものも取り敢えず、まだ明けきらない街を、気が付くと私は急ぎ足で歩いていた。

 「早いですね」

 いつからそこにいたのかまったく気が付かなかった私は、そう声を掛けられ飛び上がって驚く。

「どうかされましたか」

 私は恐る恐る振り返る。

 あのレストランの前、ウエイターの格好をした松浦哲司まつうらてつじが、屈託のない笑顔で立っていた。

 「ああ驚かせてすいません」

 ぎこちなく笑みを返す私は、目のやり場に困る。

 「ああこれ。今日、ちょっと訳があって、店を朝一に綺麗にしておかなくちゃならなくって」

 強張っていた私の心から、いっぺんに鎧を外させてしまう気さくな笑みで話す松浦。雨ざらし

 よく見ると、童顔の松浦である。

 意外な発見に、私は目を細める。

 きっともとはおしゃべりなんだろう。

 声を低くし、私に顔を近づけてきた松浦が、少年のような目で見つめてくる。

 それに戸惑いを感じた私は目を反らす。

 「ここだけの話なんですけどね、うちの店、ドラマに使われるんです」

 「はぁ」

 キョトンとする私に、松浦は頭を掻く。

 「すいません。あまり、そういう話、興味ありませんか?」

 躊躇するように身を引きながら言う松浦を見て、慌てて言い継ぐ。

 「凄いですね。何て言うドラマですか?」

 メガネを指で押し上げた松浦が、目じりにいっぱい皺を作り私の目をまっすぐ見てくる。

 「良いですねその笑顔。こんなこと言ったら困ってしまうのかな? 私とおつきあい願いたい」

 唖然とする私に、松浦はにっこり微笑む。

 逆らえないその笑みに、私は、私の心は揺らぐ。

 「ユウさん」

 一瞬、茶々丸の声がの言う璃をかすめて行く。

 「……ごめんなさい」

  それでもなお、つぶらな瞳で見つめてくる松浦から、私は逃げ出すように背を向け、駅へと急ぎ足で歩きだす。

 いつまでも、松浦の視線が追いかけてくる気がした。

 ちょうどホームに入って来た電車に飛び乗ろうとして、私は息を飲む。

 中に立っていた男性が、一瞬、松浦に見えてしまったのだ。

 発車のベルにせかされ、私は乗り込む。


 似ても似つかない男性をどうして?

  

 流れる景色を眺めなら、松浦の顔が頭から離れずにいた。

  

 頭を下げる私に、松浦は表情を一つも変えず、食い下がってきた。

 「そう言わず、煎り立てのコーヒーでもいかがです」

 心地よい声に、私は惹きつけられようとしていた。


 「本当にごめんなさい」

 踵を返し板私の腕を松浦が掴んで来る。

 「行かれては困る」

 え?

 私に向け、松浦が手を翳す。

 記憶の断片が姿を現し、空を見上げていた茶々丸が振り返り微笑む。

 「ユウさん、小生を信じてくれますか?」

 

 降り立った街は、私が知っているものと少し姿を変えていた。

 道は綺麗に舗装され、あちらこちらに新しいマンションや店が建ち並んでいる。雑草だらけの空き地だった場所だ。良くここに来て、仲間たちと遊んだ。

 ふと、私は足を止め、首を傾げる。

 仲間?

 私に仲間?

 私はいつでも一人だった。そんなはずがない。一瞬でも思い浮かんだ思考に、私は大きく頭を振る。

 何かが狂い始めていた。

 人知れず忍び寄る恐怖。それに怯える自分。形成されて行く自分の知らない自分。

 

 家の前、一瞬躊躇ってから、玄関を開け中へと入って行く。

 朝食の支度をしていた母親が、目を大きく開き手にしていたものを落としそうになる。

 この大袈裟な仕草が、私は気に入らなかった。黙ったまま階段を上って行き、私は自分の部屋へと入って行く。

 綺麗に片された部屋。

 携えていたビールを窓辺に置き、ベッドへもぐりこむ。

 忘れてしまいたいことが山ほどあった気がする。

 

 しばらくしてノックされ、兄が中へと入って来た。

 「おまえ、急にどうしたんだ」

 がばっと起き上がった私は、兄の顔をじっと見つめる。

 その後ろに母親が見え、私は目を伏せる。

 「メシ、食ったのか。階下に行って一緒に食おう。久しぶりの母親の手料理は上手いぞ」

 「ごめん。やっぱり帰る」

 バッグを手にして出て行こうとする、私の手を兄が掴む。

 「あの事故は、お前のせいじゃない」

 何の話をしているのだろう。

 意味が分からなかった。

 「放して」

 兄の手を振り解いた私は、逃げるように故郷を離れる。

 頭の中が渦巻いていた。

 気が付くと、私の瞳は濡れいた。

 茶々丸に会いたい。今すぐあの暖かい胸に抱かれ、頭を撫でてもらいたい。

 そんな思いを募らせた私は、ゴミの山に覆い尽くされたアパートを見上げていると、いつの間にかやって来た美和子が、凄いわねと呟く。

 驚いてみる私を、ずっと一緒にいたような振る舞いを美和子は見せる。

 「ねぇこのままでいいの?」

 どういう意味だろう?

 何も言わないまま見返す私に、美和子はにっこり微笑む。

 「私に任せて」

 自信満々の笑顔。ウィンクをしてみせる美和子に違和感を覚えなかったわけではない。でも、私はそれに従ってしまった。


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