第四章 鑑定士06
自分が自分で説明が出来ずに、混乱するばかりの頭を抱えたまま、黙々と伝票を熟している私は、肩を叩かれ、びくっとなる。
「今日のユウ、変だよ」
美和子と金森が二人並んでいた。
「そんなこと」
「え?」
目の前が急に真っ暗になった私は、
「美和子。どうしたの」
「箕輪さん? 誰か、救急車」
二人のそんな言葉を遠くで聞いていた。
何の匂いだろう?
そう思いつつ、私の視界がだんだん明るむ。
「うまそうだな。さゆりも早くこっちへ来なさい。今日はお前たちの好きなものばかりだ」
誰?
はっきりしない意識を呼び戻すため、私は頭を振りながら、食卓に着く。
「やだー、また頭痛?」
「お姉ちゃん、ちょっと手伝って」
「ママ、またさゆり頭が痛いんだって」
お姉ちゃん?
「最後の晩餐だ。残さずに食べなさい」
「この煮物、美味しいでしょ」
私は戸惑うばかりで、一言も発せられずにいた。
「もうそろそろかな」
「そうね」
テーブルの上の物もそのまま放って、私以外の家族は窓辺に立ち、そわそわとし始める。
不意に誰かが振り返った気がして、私はドキッとなる。
何かを思い出し掛けて、すぐに現実へ引き戻された私は、もう不思議とは思わない光景の中、当たり前のように肩を並べ立つ家族の方へ目をやり、すごすごと片づけを始める。
「伏せろ」
父の怒声に、咄嗟的に私は頭を抱え屈む。
一瞬だった。
窓一面が黄色く明るくなり、ガラスがバラバラと落ちて来ていた。
身を屈めたまま、私はその閃光の色と音を焼き付けながら、崩れ落ちる姉の姿を、まるで映画でも見ている感覚で傍観していた。
そして私の中で、一つの疑問が生まれる。
なぜわざわざ危険な窓辺なんかに、姉たちはいたのだろう。共にいた父や母は何ともないのに、姉だけが……。
「運命の矢は放たれた。もう逃れぬ」
父が振り返る。
何が起ころうとしているの?
恐怖が、一気に躰を凝らせていく。
血まみれになった姉……。
「おーいさゆり。こっち来てみろよ」
振り返り手招く男の子。
「待って、お兄ちゃん」
記憶の断片だった。
なぜなぜなぜ。違う、私には姉などいない。
窓の向こう側で、めらめらと真っ黄色な炎が立ち上っているのにも拘らず、逃げる気配を見せない両親に、私は首を傾げる。
それどころか父が私に微笑みかけながら、
「食いだめって言うのは出来ないものなんだな。腹空いた」
などと言うのだ。
母親の腕の中では、姉が瀕死の状態だというのにだ。
「さっきの食べ残しが、冷蔵庫に入っているけど」
そう思っている私も、どうしてかよく分からなかったが、そう冷静に答えてしまっている。
父が冷蔵庫を開け、その灯りを目にした途端、私の記憶が飛ぶ。
鳥のさえずりに、辺りを見回す。
ひんやりとしたものを足元に感じ、私は裸足で川の中を歩いていることに気が付く。
「ここにいる子達は、みんな君の仲間。怖がることはない」
見えない存在にそう言われ、私は少年少女に無言で目を向ける。
少年少女も無言のままだった。
私の視界がぐるぐるとまわりだし、そしてプツリと途切れる。
夢?
いつの間にか、眠ってしまっていたらしく、手に握ったままだったぺんぎんをテーブルの上に戻し、私は伸びをする。
久しぶりに昔の自分の名前を耳にして、ため息を吐く。
どうしてそんなに嫌なの?
母親が切実な顔をして私に尋ねる。
嫌いに、理由などない。
生理的に受け付けないのだから、仕方がない。
すっかっり暗くなってしまった部屋に明かりをともし、さっきまで見ていた夢を思い返す。
何だったんだろう?
姉の顔を思い出し、私は首をひねる。
あれは確かに美和子だった。




