第四章 鑑定士03
美和子の甲高い声が、倉庫中に響く。
三日もすれば、男の手が腰に回される。
うんざりした顔で商品をボックスに詰め込む私の傍に、いつの間にか来ていた志津恵さんが、小突く。
「あの女、あんたの知り合い?」
目白志津恵。
ここを仕切る大ボス。
恰幅がよく、ブルドッグのような顔立ちで、笑っていても、目が笑っていないことが多く、気に入られないと、三日もここでは働かせて貰えないらしい。
どうやら私は志津恵さんに嫌われていないようだ。
「あたしゃ気に入らないね」
きょとんとする私の横で、志津恵さんはエプロンのポケットへ商品をすべり込ませる。
元々、人に興味がない私は、一切関心を持たずにいた。
無言でいる私を見て、フンと鼻を一度鳴らした志津恵さんは、だんだん近づいて来る、二人の声がする方へ一度目をやり、そのまま立ち去って行く。
去り際、私のポケットにも物を忍ばせる手口。
昔にも、似たようなことがあった。
さほど仲が良いわけでもなかった女子グループに誘われて、渋々付き合わされた駄菓子屋の前、お金を持っていない私は、つまらなくしていた。
一緒に中へ入っても良かったのだが、一人の子が飼い犬を連れて来ていて、話の流れで、私がその犬を見ていることになった。
数分して、欲しいものがなかったらしく手ぶらで出て来た彼女たちは、屈託のない笑顔で、私に話しかける。
「ちょっと待って、あなたたち」
その瞬間、私の着ていた上着のポケットへ、何かが放り込まれる。
「あなたたち今持って行ったもの、返しなさい」
「どういう意味ですか?」
「店の物、黙って持って行くのは犯罪よ」
「酷い。私たちを泥棒扱いするなんて」
「私たち、ちゃんとお金持っています。欲しいものがなくて、出て来ただけなのに、どこにあるんですか? 身体検査してもいいですよ。でも、この子は関係ないから可哀相よね」
「そうよね。犬を連れているから中に入れなくて、待っていただけですものね」
険悪な雰囲気が取り巻き、眉間を寄せる店主の前で、彼女たちは上着を脱ぎ、ポケットを裏返して見せた。
何も出て来るはずがない。彼女たちが盗ったものは私の上着のポケットの中になるのだから。
ばつが悪くなった店主が、私を訝る目を向ける。
「あなたのポケットも」
と言いかけた時、店の奥の電話が鳴り、一瞬躊躇いを見せた店主はそのまま奥へと下がって行く。
人の目がなくなった場所で、私から商品を取り戻した彼女たちは、共犯者という濡れ衣だけを着せて、立ち去って行った。
喩え、ここで自分の中にある正義感を出した所で、叶う相手ではない。関わらないのが一番である。
「それでいいの?」
ふと頭に中に浮かんだ言葉に、私はハッとなる。
あの日も、誰かに同じ言葉を言われた気がする。
顔がはっきりと思い出せない。
泣きたい気持ちで、その相手を私は怒鳴りつけていた。
「仕方がないじゃない。面倒は嫌なの」
「面倒って、待って」
どうして急に忘れていたのに……。
「……箕輪さん?」
心配顔をする金森に気が付き、私は目を見開く。
「暑さにやられちゃった?」
隣に立つ美和子の笑みを数秒見つめてしまってから、言葉を繕う。
「ごめんなさい。少し立ちくらみしてしまって」
「大丈夫ですか?」
「顔色悪いわよ。無理しない方が良いわ。私、更衣室へ連れて行ってあげる」
「そうしてください」
美和子が私を抱きかかえ、耳元で囁く。
「ユウ、今回だけは目をつぶってあげる。貸しだから」
倉庫の出口付近まで来たところで、美和子は私のポケットからはみ出している制汗スプレーを取り出し、にこっと微笑む。
美和子が気が付いたくらいだから、おそらく……。
私は振り返る。
私が置き去りにしてきてしまった仕事の続きを始める金森の姿が、そこにはあった。
頭がグラッと揺らぐ。




