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ぺんぎん  作者: kikuna
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第四章 鑑定士02

部屋がうす暗く、中央に置かれた座卓に目が行く。

 「そこへお座りなさい」

 にこやかな茶々丸に促され、座布団も何もない所へぺたりと坐るが、何となく落ち着かなかった。

 「茶々丸。あなた、ずっとここで暮らしているの?」

 向かいに座った茶々丸は笑みを崩さずに、首を傾げる。

 「なぜそんなこと、聞くのですか?」

 「ごめんなさい。なんだか生活感がないなぁって」

 「ああ」

 そう言いながら、茶々丸は部屋を見回し顎を摩る。

 「確かにそう言われてみれば」

 にやりと歯を見せる茶々丸に私は吸い込まれそうになり。目を伏せる。

 「表が賑々しいから、中身はシンプルにしたかったんです」

 「シンプル?」

 その言葉に違和感を覚えた私は、次の瞬間、何が起きたのか分からなくなってしまう。

 不意に視界を奪われ、心をなぞるように蜜が流し込まれる。

 夢中で、私は茶々丸にしがみついていた。

 何もないかび臭い部屋で、私は幸せの絶頂に浸り、茶々丸の甘い囁きによってアルバイト先へと出向く。

 上手く誤魔化されてしまった気がするが、それでもこの幸福に比べたら、問題はなかった。


 「あれ、今日の箕輪さん、少し様子が違いますね」

 事務所から出て来た金森にそう声を掛けられ、私は目を伏せ、足早に通り過ぎる。

 どうしてか、自分でもよく分からなかった。

 ものすごい罪悪感で、金森の顔をまともに見ることができないのだ。

 背中に金森の視線を感じながら、私はロッカーへと向かう。

 俯いたまま入って行く私は、誰かとぶつかりそうになり、顔を上げ驚いてしまう。

 「ユウ」

 「美和子」

 二人の声が重なり、中で着替えていた人たちが、何だろうと顔を覗かせる。

 「どうして? あなた、仕事は」

 「私、この会社の本社で事務しているの。しばらくの間、派遣されたのよ」

 腑に落ちなかったが、私は曖昧な笑顔を返す。

 「それより、ここの責任者、格好いいと思わない?」

 私をグイと引き寄せた美和子が耳元で囁く。

 この手の会話は、大学時代にも幾度も繰り返された。

 またなのという顔をしてみせる私に、美和子は小悪魔的な笑みを浮かべ、

 「先に行っているね」

 と言い残し、倉庫の方へと歩いて行ってしまう。


 呆れた。

 美和子に対してなのか、自分に対してなのか、私は苦い顔をし中へ戻っていく。

 記憶がどんどん消えて行ってしまう中、なぜか美和子の色恋沙汰は、鮮明に残っている。

 そもそも出会ったのも、こんな感じだった。

 入学したての私は、一番後ろの席で、ぼんやりと講義を聞いていた。

 何がしたいとか何かを目指しているとか、そんなものがひとかけらもない私は、どれをとっても面倒くさく、つまらないものでしかなかった。

 入りたくても入れなかった人に悪いから、そんなこと、間違っても口にするな。と誰かに言われた気がするけど、その相手の声は薄らと覚えているのだが、まったく顔が思い出せない。ああそんなことはどうでも良かった。一つのことを思い出そうとすると、必ずと言っていいほど、話がそれて行ってしまう。そして、何かを思い出しそうで思い出せず。頭に靄がかかる。その日も、何かのキーワードが頭に引っ掛かり、考え事をしていた。記憶を辿り、もう少しと思ったその時、誰かに小突かれて、まとまりかけた記憶が蹴散らされる。

 怪訝な顔を向ける私に、美和子は悪びれることない笑顔で、前に座る男子を指さし、話し掛けてきていた。

 「あの人、良いよね?」

 ピーンと来ないでいる私に、美和子はさらに続ける。

 「あの人、どストライク。絶対にものにして見せるから、あなた、取らないでよ」

 とる?

 白い靄がグレーに変わり、黒ずむ。

 理解不能な言葉に、私は気が付かないうちに渋面になってしまっていたらしい。

 「ああその顔、やっぱりね。そうだと思った」

 はぁ?

 「良いよね。あの人、名前、何て言うのかな?」

 「ごめん。さっきから何を言われているのか分からないんだけど」

 「え? もしかしてチャイニーズとか」

 「違います。メイドインジャパンです」

 思いがけず大声で言ってしまった私の声は教室に響き渡ってしまい、教授に叱られてしまった。

 息ができないくらい恥ずかしくって、私は教室を出てしまう。

 

 「……待って、……待ってってば」


 急ぎ足で歩いて行く私の前に立ちはだかった美和子が、肩を抑え、制止を図る。


 「ごめんね。私、てっきり彼狙いでいるのかと思ったから、牽制球投げたんだけど」

 「彼って?」

 「だから。前に座っていた」

 「顔も思い出せないです。そもそも恋愛とかに、私、興味ありませんから」

 「そうなの? 嘘でしょう? 割とかわいいし、周りの男子、放っておかないと思うけど」

 「まったくそんなことありませんから」

 「そうかそうか。それなら良いや。いつもあの席で、じっと見つめていたからさ、てっきり、彼狙いでそうしているのかと思ったよ」

 「あの席は、偶然いつも空いているから、何となく座っているだけです。一点を見つめているのは、考え事をしているからであって」

 「ええーそうだったの?」

 割り込んできた声に、二人は顔を見合わせ振り向く。

 長身の男子が、笑顔を作り立っていた。

 さっきの彼である。

 「てっきり、俺、見られていると意識してたのに。俺、兼松憲之かねまつのりゆき。あの、君さえ良かったら」

 まっすぐ、兼松の目は私に向けられていた。

 「ああ私、浦崎美和子って言うの。何かサークル入っている? 私は」

 二人の間に無理矢理割り込み、有無なしで、兼松の腕を引っ張って行ってしまう美和子を、私は茫然と見送った。

 それからしばらく経ってから、美和子がまた私に話しかけてきた。

 あのあとどうやら二人はすぐに深い関係になり、1か月も経たないうち、別れたらしい。

 薄らとそんな話を聞かされた記憶が少しだけ、私には珍しく残っていた。

 そして、美和子は次々と男を変えていった。

 これは別に私が覚えていたわけではない。美和子が私の顔を見ると、ひとりで勝手に恋の遍歴を聞かせはじめるのだ。美和子にとっては便利だったのだろう。恋愛にほとんど興味がなく、聞かされたことなどすぐに忘れてしまう。たとえ三分後に違う相手を連れているのを、私に見られても責められることはないのだから。

 それなのにどうしてだろう。偶然茶々丸と一緒の時に再開してから、次々と走馬灯のように、美和子の恋の遍歴が頭に浮かんでは消えて行く。

 人のものにしか興味が持てない、ビッチな女。

 

 嫌な予感が走る。

 

 「ねぇ、あの彼とは一緒に住んでいるの?」

 兼松の時と同じ目を、美和子はしていた。

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