第四章 鑑定士01
いつの間にか朝を迎えてしまっていることに気が付いた私は、そっとカーテンを開け、外の様子を窺う。
まだ夜が抜けきれていな空が広がり、ところどころ赤く染まっていた。
昨夜のあれは何だったのだろう?
恐る恐るぺんぎんを手にした私は、朝の光にかざそうとベランダに出て、小さな悲鳴を上げてしまう。
何かが頬をかすめて行ったのである。
飛びのいた足元に落ちている者を拾い上げ、私は辺りを見回す。
カラスのものだろうか?
光沢がある大きな黒い羽が一枚、落ちていた。
訳が分からないことだらけで、急に怖くなった私は、ぺんぎんを捨ててしまおうと考える。
バッグに詰め、早朝の街を急ぎ足で歩いていると、一羽の烏がまるでついて来るように、頭上で煩く喚き散らす。
「いいから止まれって言ってんだよ」
ふと聞こえてきたその声に、私は目を見開き足を止める。
辺りを恐る恐る見回す。
人影など一つもない。空だってまだ薄っすらと夜の余韻を残したままだ。飾りが付けられた外灯の上に一羽の白に灰をかけたようなまだら模様の翼を持つ鳥の他に、見当たらなかった。
「そのぺんぎんをどうするつもりなんだ」
「誰?」
緊迫した私の声が、眠る街に響く。
「それを手放した時、お前の世界が変わっちまうぞ。それでもいいのか」
いよいよ恐ろしくなった私は、悲鳴を上げてその場から駆け出す。
電車が動いている確証はなかった。
最悪は歩いてでもと、私は茶々丸の元へと急ぐ。
小さく舌打ちし、地表に降り立った鳥が弱弱しく立ち上がる。
「そろそろ限界か」
片膝を落としてしまったショウが、ギュッと唇をすぼめ、道の先をいつまでも見つめていたことを知らず、私は、走ってきたタクシーを止め、先を急がせた。
恥ずかしい話だが、手持ちのお金が足りず、もじもじしている私を見て、運転手が負けてくれるという前代未門のサービスを受け、深々と頭を下げる。
かなり若い運転手だった。
気さくで、話しやすい相手だった。
こんな早朝、身軽にタクシーへ乗ってきた私を、彼は彼なりに分析し、心配してくれたのだろう。
空が白みがかり、私はゴミに埋もれた茶々丸がいる部屋を見上げる。
バサバサと大きな音を立て、黒い大きな鳥が手すりに留まり、私の方に向かって喚き散らす。
ついカラスの方へ向けてた私は、目が合ってしまう。
その次の瞬間、鳥のくちばしが襲い掛かってきた。
殺される。と頭を抱えその場に蹲る。
髪の毛が引っ張られ、痛みが頭を庇う手の甲に走る。
「嫌っ」
私は無我夢中で、ぺんぎんが入ったカバンを振り回す。
階段にぶつかったらしく、鈍い音が響く。
クルクル回り始めた背景に、正気を失ないかけたその時だった。
「……ユウ……ユウ、しっかりしろ」
肩を揺すられ、私はやっとその声の主がショウであることに気が付く。
「ショウ?」
目を見開く私に、ショウは険しい顔で見つめる。
「その怪我、どうしたの?」
よく見ると、腕から血が流れていた。
「何でもない。急いでいたからそこで転んで」
転んでできるレベルの怪我ではない。
「それより、ユウこそ、こんな所に蹲って何してんだ? 茶々丸と、かごめかごめでもしてたのか?」
皮肉を言われ、私はムッとなる。
「あなたこそ、学校へ早く行きなさいよ」
「うるせいや。今から行くところなんだよ」
そう言うとぷいと背を向けるショウを、私は呼び止める。
「本当にその怪我、大丈夫なの?」
へん。と言ったきり、ショウは振り返りもせず駆け出して行ってしまう。
「本当に大丈夫なんですかね~」
「びっくりした」
ルーペを掛けた茶々丸が真後ろに立ち、腕を組む。
いつからそこにいたのだろう。
目を見開く私を見て、茶々丸はにっこり微笑む。
「さあ中へお入りなさい」
思いがけない言葉に、私は更に目を大きくする。
「いいの?」
「どうしてです。大好きな人を招くのは当然のことと、小生は思いますが」
カランカランと音を立てながら階段を上がって行く茶々丸の後を、私は慎重に上がって行く。
アルミのドアは、鍵がかけられていないようで、意図も容易く茶々丸によって開けられる。
私は大きく深呼吸をして中へ進み入る。
ありきたりの部屋が、そこにはあった。




