第三章 伴奏者04
単調な仕事だった。
トラックで運ばれてきた商品をチェックし、打ち込みをして行く。在庫管理が私の仕事。
人の関わり合いを持ちたくない私が選んだのは、茶々丸が住む街の隅にある倉庫。
営業の仕事よりもきつく、自由がきかないが、私には一つの目的が生まれていた。それにはどうしてもお金が必要なのだ。
仕事へ向かう前、私は茶々丸が住むアパートを見上げる。
どうしてもその一歩が踏み出せずにいる階段へ、目を向け、ため息を吐く。
「小生の部屋は、人にお見せできる状態ではないもんで」
そう言う、茶々丸の言葉を、うのみにした訳じゃない。
もしかしたら女性がいて、こんな自分を嘲ているのでは、と、疑心に捉われる時もあるが、それ以上に、茶々丸を手放したくない気持ちの方が大きかった。
「箕輪さん」
その声に数秒遅れて、私は反応を示す。
金森哲司がハンディを片手に、やって来るところだった。
「悪いけど、人手が足りなくて、ピッキングの方へ回ってくれる」
ここの責任者。
年齢は30歳そこそこというところだろうか。ガタイが良く、重い荷物を、一人で軽々と持ち運びしてしまうような人物。
面接の時に見せた、あの爽やかな笑顔も作ったものじゃないというのは、入社して間もない私にも、すぐに分かった。
黒々とした髪を後ろに一つで結んでいるあたり、自分に多少なりとも、自信があってのことだろう。などと勝手な推測を立てて、仕事の説明を受けた初日、何を思ったのか、金森は私を食事に誘ってきた。
「志津恵さんに仕事は教わってね」
そう言うと、そそくさと事務所に戻って行く金森の背中を、無意識に追ってしまう自分に気が付き、慌てて目線を戻す。
「そんな構えなくていいよ」
入社初日。
帰り際、声をかけられ戸惑う私を見て、金森は八重歯を見せながら笑っていた。
「歓迎会のつもりだったけど、嫌なら別にいいや」
あっさりと手を上げて、金森は今みたいに事務所へと戻って行ってしまった。
やたらと愛想が良く話しかけてくる金森に対し、少なからず私は警戒心を抱く。
初夏の倉庫。
ムッとした暑さが、身に纏わり付く。
「暑いでしょう」
タオルを首に巻いた志津恵さんが仕事の説明をしながら、吹き出す汗を拭い笑いかけてくる。
冷暖房完備されていると、募集稿には記載されていたはず。
そんな私の意図を読み取った志津恵さんが、商品棚から冷却スプレーを取り、自分の腕に振りかけてから、私にそれを渡してくる。
「騙されたと思ったでしょ。冷暖房完備って言っても、ああやって開けっ放しで物の出し入れをしていたら、意味がないわよね。奥へ行けばだいぶ違うから。これで凌いで」
勝手に、そんな事をしていいのかと思っていると、後ろから声を掛けられ、私たちは飛び上がってしまう。
「また、そんな勝手な事を」
「てっつさん、足音立てて来てよ」
「しっかり、立てて来ましたよ。自分に都合が悪いからって、駄目ですよ。今日は大目に見ますけど、次は給料から引きますからね」
そう言われ、志津恵さんはばつが悪そうな笑みを浮かべ、倉庫の奥へと一人で進んで行ってしまう。
「ああいうのは、真似をしないで下さいね」
志津恵さんを目で追いながら言う、金森に引け目を感じながら、私は見ていた。
「ああそれ、いいですよ、使って下さい。僕が買い取りますから」
視線を戻した金森がそう言って、笑みを溢す。
私の心がざわめく。
見とれてしまっている自分に気が付き、私はハッとなり目を逸らす。
「ジャカジャーン」
急にそんなことを言いだした、金森を私は驚いて見る。
「ここでギターをかき鳴らしたら、響くんだろうな」
ニッと笑った金森は、そのまま立ち去って行く。
遠くで台車を転がす音と、金森が口にしたギターの音が共鳴して、私の中で鳴り響く。
そんな妄想を払うように、私は首を振る。
なぜだか、その時の私の頭の中にあるイメージは、あの日、茶々丸たちと演奏した時のような、青空が広がっていた。




