第三章 伴奏者03
現実逃避もいつまでもし続けられるほど、私は裕福ではない。
面接官を目の前にして、なるたけ品の良い笑みを浮かべるように努力しながら、応答質疑を繰り返していた。
「いいでしょう。明日から来てもらえますか?」
にこやかな笑みでそう言われ、私はホッとした笑みで、はいと答える。
茶々丸との距離はまだ微妙だけど、嫌われてないのだけは確信が持てている。
アパートの前、ゴミに埋もれてしまった部屋を訪ねることを、茶々丸は拒んだ。
「中も同じような状態だから、見られたくないんだ」
「それなら私、お掃除してあげる」
「掃除か……」
「小生は、少々散らかっている方が心落ち着くのであります。ユウは分かってくれますよね」
ダークブラウンの瞳が、私の瞳を捕える。
その瞳に吸い込まれそうになりながら、私は、うんと頷く。
茶々丸といられるなら、私は何でも良かった。
それでも私の心は、少しだけよくばりになり、茶々丸の袖を引っ張り俯く。
「もっと近くにあなたを感じていたい」
「小生は、いつでもユウの傍にいるじゃありませんか」
私は首を小さく横に振る。
「私、茶々丸のこともっとよく知りたい」
そう言う私の頭に、フワッと茶々丸の手が置かれる。
「小生もユウのこと、もっと知りたいです」
住宅街の昼下がりである。遠くで生活音が聞こえるほかに何もない、静けさが辺りを包んでいた。それを打ち消す甲高い声。
そのやかましさに、私は眉を顰め、そちらに目をやった。
一羽の烏だった。
何かを訴えるように、そのカラスは泣き喚く。
「なんか、気味が悪いね」
そう言って目を戻した私は、茶々丸を見て、首を傾げた。
今まで見たことがない、険しい表情をしている。
「茶々丸……」
半瞬遅れて、茶々丸が反応を示す。
「小生はこれで」
行き帰た茶々丸は、ん? という顔で私を見る。
私は、離れたくなかった。
今、この手を放してしまったら、茶々丸と二度と会えなくなってしまう気がしたからだ。
袖を抓む私の手は、自ずと力がこもる。
困惑した素振りを、一瞬だけ見せた茶々丸だったがすぐに、ニッコリ微笑む。
「分りました。今日は、一緒に居ましょう」
その言葉が、私にとって、どんなに待ち焦がれていたことか、思い知る。
涙が混じる笑み。
茶々丸と手を繋ぎ、電車へ乗る。
私はてっきり、茶々丸の部屋へ招待してくれるものだと、思ったのだがそれは違っていた。
「ユウの部屋へ、小生を招待してください」
少し期待外れだったが、それでも充分満足だった。
茶々丸の分の切符を買い、ずっと手をつないだまま、私は、私の住んでいる街を案内を始める。
あのビルの前へ差し掛かった時だった。
「ユウ、茶々丸」
その声に、二人して振り返る。
「ショウ君」
息を切らしたショウだった。
「どうしたの?」
「オレの家、ここだから」
ショウはビルを指さし言う。
一階にイタリアレストランが入っている、そのビルは確か、オフィス専門のはず。
訝る私をショウは、口を尖らせ反撃を見せた。
「言い方が悪かった。俺の親が、勤めているんだここ」
それならと納得しつつ、同時に、私はあることを思い出す。
「じゃあ、あなたの親に会えるの?」
ショウの親には言ってやりたいことが、山ほどあった。
「ユウ、今日のところは」
「うん、わかった」
納得できてはいないが、こんなことに時間を取られてしまうのも、もったいない気になり頷く。
「茶々丸、行こうぜ」
「じゃあユウ、また」
茶々丸が屈託のない笑顔で手を振り、ショウと行ってしまう。
絶句だった。
カラスがひと鳴きして、飛んで行ったことにも気が付かないくらい、私はショックを受けてしまっていた。




