第8話 お気に入りスポット
「し、失礼いたしました、私ったら、すっかり取り乱してしまいました」
私は新着図書を前に取り乱してしまったことを詫びた。
今は2人のご案内が先だ。この新刊の棚をじっくり眺めに来るのは明日以降にしよう。
「気を取り直して、館内をご案内いたしますね」
「シイラ嬢は、本がお好きなのですか?」
「え?」
ユリウス様からそう尋ねられたのが意外で、私はその場で足を止めた。
「え、ええ、実は、そうなんです......」
「へえ。いつもどんな書籍をお読みになるんですか?」
「ええっと、色々と読むんですが、多いのは小説とか、旅行記とか......あ、あと、歴史書も好きです」
「あら、お兄様も似たような感じよね」
「そうだな」
私は目を見開いた。
「ユリウス様も、本がお好きなんですか?」
「ああ、小説も好きだし、旅行記もよく読んでいる。行ったことのない土地の景色や文化を知るのが、昔から好きでな」
驚いた。
冷静沈着だと思っていたユリウス様が、本好きで、それにこんなにも熱く語る方だったなんて。
「ええ、本当にそうですよね! 遠い国のことでも、本から想像するのが楽しくって、まるでその場所にいるかのように思えて......
そうだ、2階に旅行記のコーナーがあるので、ご案内いたしますね」
すぐそばの中央階段から上がることにする。なんだか、普段よりも足取りが軽い気がした。
(急に舞い上がってしまいましたわ。......そして、頬が熱い......)
2階に着くと、さっそく私は旅行記の棚をご案内した。
「旅行記はこの辺りになります。国内と国外で分かれているほか、テーマごとにも分類されています。
あ、これなんかはたしか、南の方の国の旅行記で......」
私は目の前の本棚に刺さっていた本を抜き出し、表紙が見えるように両手で持つ。
両脇から2人が覗き込んでくる。
「へえ、知らなかった。でも、とても興味深いです」
ユリウス様が興味深々といった様子で聞いてくださる。
「シイラ様、とってもお詳しいんですね。私も何か読んでみようかしら......」
ユリナ様は館内マップの看板を見つけると、何やら熱心に眺め出す。
「まあ、植物の本のコーナーがあるんですか?! ちょっと見てきます!」
「あっ、ええ!」
ユリナ様は目にも留まらぬ速さで行ってしまう。その後ろ姿に声をかけたが、届いていないかもしれない。
(好きなものに対して、あんなに一直線で向かって行かれるなんて......なんて素敵な方......)
「すみません、そそっかしくって」
ユリウス様が遠くを見つめて言う。
「いえいえ、謝らないでください。あんなに行動力があって、素敵ですね」
「......シリア嬢は優しいですね。
こうして妹と仲良くしてくださってありがとうございます。
ずっと留学を嫌がっていたのですが、こちらに来てからは様子が変わって、毎日楽しそうです」
「あら、そうだったんですか?」
意外だ。温泉で初めて会った時にも、ユリナ様は社交的な方だという印象があった。そんなユリナ様でも、住んでいた場所を離れ、遠い隣国で新しい生活を始めるのには、かなりの不安があったということか。
そんなことを考えていると、ユリウス様が足を止めた。
「これは......」
ユリウス様の視線の先には、温泉の本のコーナーがあった。
「まあ、こんなに沢山......!」
気になったものを手に取り、ページをめくっていく。フルカラーの、写真付きのものが多い。
「こんなところにも温泉があるのか」
「あら、本当、気になりますわ」
「ここも良さそうだな」
「本当に。あら、私が気になっていた温泉もありますわ」
「どんなところなんだ?」
ユリウス様は目の前の本から顔をあげ、私の手元を覗き込む。自然と顔が近づき、ドキッとする。
(どうしてこんなに緊張するのかしら......
そういえば、気がつかなかったけど、今って2人きりなんだわ......)
ちらりとユリウス様の様子を伺うと、ページをめくる大きな手が目に入った。細長くて大きな、綺麗な手。
初めて会ったときには、その手を優しく貸してくださった。
鍵をなくした私に、靴を買ってきてくださって、靴が履きやすいように手を貸してくださったのだ。
あの日のことを思い出すと、自然と口角が上がってしまう。
「シイラ嬢は本当に温泉がお好きなんですね」
「あっ、いえ、ちが、いえ、そうですね」
受け答えがしどろもどろになってしまう。ユリウス様は不思議そうな顔だ。
(やだ、一人で思い出してにやにやしてしまっていたの?)
慌てて思考をリセットし、目の前の本に集中しようとする。でもなかなか文章が頭に入ってこない。
(ええっと......露天風呂つきの......サウナもあって......ご飯も......)
「すごい本がありましたー!」
ユリナ様の声で、私は我に返った。
「ほ、本当ですか?! ど、どんな!」
なりふり構わず、私はユリナ様のもとに駆け寄った。
「ええ、これとこれと......」
その後は1フロアずつ見て回り、気になるコーナーがあれば各々足を止めて、ゆっくりと館内を見て回った。
♢♢♢
「まあ、なんて素敵なお庭......!」
図書館を一通り見て回った後、私たちは校舎と校舎の間にある中庭にやってきた。
ユリナ様は、自身でラヴェル家の庭を手入れするほど、大の植物好きらしい。
「まあ、フリージアが咲いてる......!! って、こちらにはクレマチスも!?」
ユリナ様はこの庭に大興奮の様子で、あちこち動き回っては歓声を上げ、花びらをじっくり観察したり、匂いを嗅いだりして楽しんでいる。
ユリウス様も、物珍しげに庭を散策している。
私はそばのベンチに腰を下ろす。
そこに一通り回り終わったのか、ユリナ様が駆け寄ってきた。
「シイラ様、この庭は本当にすごいですね! というか、すごいってレベルではないですわ、これは!
レアなお花がじゃんじゃん見つかるし、お手入れも隅から隅まで行き届いているし、美しい蝶まで飛んでいて......ここに家を置いてしまいたい!って感じですわ」
「家を......? 置く?」
「ええ、せっかく作り込まれた庭ですもの、家を持ってきた方が......」
ユリナ様の発送がユニークで、私は思わず吹き出してしまった。
「ええ? 今何も面白いこと言ってないですよ??」
「ええ、ええ、でも、おかしくって」
(ーーそれにしても、こんなに心から笑ったのは、いつぶりかしら)
今日は、レオン様の婚約破棄のことを忘れて楽しむことができた。
久しぶりにこうして外に出て、お話をして、笑い合って。
「また意味不明なことを言っているのか」
ユリウス様もこちらに歩いてくる。
「いいえ、とても素敵なアイディアですわ」
こんな素敵なお2人と知り合えうことができて。
私の傷は、少しずつ癒えていく気がした。
♢♢♢
正門に戻ると、各々の侍女と護衛の方が待機してくれていた。そばには馬車も停まっている。
「シイラ様、本日は学園をご案内いただき誠にありがとうございました。
ささやかなものではございますが、ぜひ、こちらを受け取ってください。私たちの、故郷の品です」
ユリナ様は私に小箱を渡してくれる。かすかに甘く香ばしい焼き菓子の匂いが広がった。
「まあ、ありがとう。ニナと美味しくいただきますね」
「......あの、差し出がましいことかもしれませんが、なんだかシイラ様、今朝は元気がなさそうでしたので......
もし何か私にできることがありましたら、遠慮なくおっしゃってくださいね」
驚いて、ユリナ様の顔をまじまじと見つめた。
「ま、まあ、バレていたの?」
ユリウス様の方を見ると、彼も小さく頷いている。2人とも、なんて察しのいい方なのか。
「気を使わせてしまってすみません......
でも、ありがとうございます。おかげさまで、今日たくさん元気をいただきました」
「それはよかったです。また今度、ゆっくりお話ししていただけますか?」
「ええ、ええ、もちろんです!」
「では、ユリウス様、ユリナ様、そろそろ日が沈んで参りますので、おいとまいたしましょう」
ラヴェル家の侍女が2人に声をかける。
「ええ、そうね。シイラ様、今日は本当にありがとう」
「シイラ嬢、本当にありがとうな」
ラヴェル家の馬車のドアが開き、お2人が中に入って行かれる。
馬車が出発すると、私は姿が見えなくなるまでユリナ様とユリウス様に向かって手を振った。
♢♢♢
シイラ様に学園を案内していただいて、早くも数日が経った。
あれから、兄のユリウスの様子がなんだかおかしい。
ユリナはこんな兄の姿を見るのは初めてだった。
「お兄様、朝からぼーっとして、どうしたのですか」
「あ、ああ、ちょっとぼーっとしていた」
「だから、どうして?」
「え? いや......」
ソファーでぼーっとしているかと思いきや、突然思い立ったように散歩に出かけたり、いきなり ああ!とおかしな声を発したりする。
(一体どうしてしまったのかしら......?)




