第7話 学園案内
エミリア様に謝罪に行ってから、早くも数日が経過していた。
あれから不思議と、私の心は凪いでいる。
お母様に療養を許されてからも、何かとゴタついていた。
こんなにも心が穏やかなのは、久しぶりだ。
最近、私は毎日のように日記をつけている。
レオン様への気持ちを整理するためだ。
エミリア様に謝罪をしに行った日のレオン様の、私を見下ろす冷酷な目。
レオン様がエミリア様の肩を抱き、去ってゆく姿が、繰り返し脳裏にフラッシュバックしては心を蝕んだ。
謝罪に行くと決めたのは自分自身でも、それでも悲しかった。その昔、いくつも暖かい言葉を私にかけてくれていた方に、あんなにも態度を変えられてしまうことがあるとは。
これまでの日々で悲しかったこと、辛かったこと、その中でも嬉しかったこと、たくさんの感情を文字にしてみた。思ったことを、思ったままに書き綴る。
そうしていると、不思議と心が落ち着いた。
辛く苦しい出来事も、少しずつ日が経つにつれて、鮮明さが失われていく。
レオン様とエミリア様の前でどんな会話をしたのかも、1日ごとに記憶がおぼろげになっていった。
いつかこの感情に、けりをつけることができるだろうか。
温泉地で転んだときにできた傷も、治りつつある。お母様の朝稽古はいまだない。
学園は夏の長期休暇に入り、お母様に「そろそろ学校に行きなさい」と言われるのもまだ先だ。
(......なんだか、こんなにも暇なのね)
静寂が訪れていた。あまりにも静かで、そして、日々の喧騒の中で忘れていた、美しい日々。
ノックがして、侍女のニナがゆっくりと入ってくる。
「シイラ様、お手紙が届いております」
厚みのある上質な封筒に、左隅に小さく百合の花が描かれている。
開けてみると、ユリナ様からのお手紙だった。
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シイラ・フォン・ヴァレンシュタイン様
先日は温泉地にて誠にありがとうございました。
シイラ様とお友達になれましたことを、とても嬉しく思っております。
おかげさまで、これから始まる学園生活への不安が和らぎました。
度々のお願いで恐縮ですが、もしご都合がよろしければ、ぜひ今週か来週のどこかで、王立アカデミーをご案内いただけないでしょうか。
これから通うことになる学園を、入学前に少し見ておきたいと思っています。
それから、兄のユリウスも一緒に学園を見てみたいと申しております。
ご迷惑でなければ、兄もご一緒させていただけると嬉しいです。
お返事をお待ちしております。
ユリナ・ラヴェル
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「......お、お、お兄様も?!?」
私は手紙のラスト数行に目が釘付けになった。ニナが、どうされましたか、と心配そうに声をかけてくれる。
(ど、どうしましょう......あれからずっとお返事をできていなかったんだわ......。でも、もう破滅フラグは回避できたはずですし......)
「ねえニナ、ユリナ様が学園を案内してほしいって......それに、お兄様も一緒に。......どう思う?」
私はニナにその手紙を見せながら言う。
「なるほど...... 私が聞いたところによると、学園長はこの留学に大変期待されているようですので、見学に関してはすぐに許可が降りると思います。
それに今は長期休暇中ですし、エミリア様に出くわすこともないのでは」
「そうよね、危険はないわよね......」
「ぜひお出かけになってはいかがでしょうか。いい気分転換にもなるのではないかと」
(そうね......ここめっきり、家にいてばかりでしたし......)
「では、ご案内しようと思います」
私はさっそくユリナ様宛に、お返事の手紙を書いた。
(それにしても......ユリウス様も、いらっしゃるのよね......)
♢♢♢
王立アカデミーの正門前で、私はユリナ様とユリウス様の到着を待っていた。
(は、早く着きすぎてしまいましたわ......)
昨日は緊張して、なかなか寝つくことができなかった。久々に寝不足である。
「シイラ様、遠くに馬車が見えます。あちらの一行ではないでしょうか」
ニナがいち早く馬車を見つける。
護衛の者とともに、彼女にもお出迎えをお願いしたのだ。
馬車は正門の前まで来ると、音を立ててゆっくりと止まった。
扉には、ラルバ王国の王家の紋章が刻まれている。その扉が音を立てて開いた。
「シイラ様!」
ユリナ様は私を見つけると、嬉しそうにこちらに駆け寄ってくる。
「ユリナ様、ようこそお越しくださいました」
「お待たせしてしまいましたか?」
「いえ、ちょうど先ほど……」
その時、ユリウス様が馬車から降りてきた。
透き通るような銀髪と、コバルトブルーの綺麗な瞳に、目が釘付けになる。
「本日はどうもありがとうございます、シイラ嬢。どうやら、妹がお世話になったようで」
「いえ、いえ、お知り合いになれて大変光栄です。まさかお2人がご兄弟でいらしたなんて、驚きました。
先日は助けていただき、さらに靴まだいただいてしまって、誠にありがとうございました」
緊張からか、一気にまくしたててしまう。かなり早口になってしまった。
「けがの具合はいかがですか?」
「ええ、おかげさまで、順調に回復しております」
(ユリウス様、こんな些細なことを、覚えてくださっていたのかしら……)
それから私は、傍らに控えていたニナを紹介する。
「こちらが侍女のニナでございます」
「シイラ様の侍女を務めております、ニナと申します。本日は、お越しいただきありがとうございます」
「ユリナ・ラヴェルと申します。こちらは兄のユリウスです。どうぞよろしくお願いいたします」
2人は丁寧にも、深々と頭を下げられた。私たちも、同じように頭を下げる。
銀髪に青い瞳のお2人が横並びになられているその姿は、ため息が出るほど美しい。
「で、では、早速ですが、学園内をご案内いたしますね。
今わたしたちがいるのが正門です。登下校時はこちらの門を使ってください。正面に見える、白い石造りの建物が校舎です」
ニナと別れ、2人を連れて校内の正門から校舎に向かって歩いた。
正門からスタートして、教室、体育館、図書館……と順に回る予定だ。
校舎までたどり着き、玄関横にあったインターホンを押すと、年配の職員の方が気前よく鍵を開けに来てくれた。室内は意外にもひんやりしている。
「フロアは学年ごとに分かれています。1年生が1階で、2年生が2階、そして3年生が3階ですね」
玄関ホールを抜け、長い廊下を歩きながら私は説明していく。
「あっ、そうだ。私が2年生、兄が3年生として在籍することになりました。シイラ様は2年生でしたよね?」
「あ、ええ、そうだったのですね。クラスはもう決まっているのですか?」
「いえ、それはまだお聞きしていないんです」
同じクラスだったらいいですね、と言いかけて、私は口をつぐんだ。秋から学校に通えるか、まだ定かではないのだ。
(ユリウス様、最初お会いしたときは、あまり落ち着いていらっしゃったから、20代よね、なんて思ってしまったけれど……私の1つ上だったなんて)
私は物珍しげに天井に施されたレリーフの柄を見つめるユリウス様を目で追った。
電球の光に照らされて、青い瞳が輝いている。
「天井のレリーフ、素敵ですね」
「......ありがとうございます。この学園は歴史がありまして、今から90年ほど前に建てられました。天井はたしか、初期の学園長がかなりこだわっていたようで……」
「ずいぶんと歴史があるんですね」
ユリウス様とも普通にお話しできて、私はホッとする。この調子で、少しずつ打ち解けていけるかもしれない。
私は順番に校舎の中を説明して回った。
そのたびに2人は私に質問をして、私が答える、という形になった。
「こちらが2年生のフロアですね。手前から順に、A組、B、C、と……」
「2何生は、何クラスあるんですか?」
ユリナ様に尋ねられる。
「全部で4クラスございます」
すると、次はユリウス様に尋ねられる。
「1クラスは何人ですか?」
「最近は人数編成があったので、35人ですね」
「まあ、私の学園と同じですわ。それにしても、多いわよねえ」
「全員の名前を覚えられるか不安があるな」
あごに手を当て、真面目な顔をしてそう答えるユリウス様が、なんだか可笑しい。
次に私は、体育館に2人をお連れした。
「こちらが体育館です」
「こちらでは、何を?」
ユリウス様に尋ねられる。
「主に体術や剣術ですね。最低限の護身術を学ぶ授業があるんです」
「シイラ様、護身術を体得されているのですかっ?」
エミリア様に興味津々といった様子で尋ねられる。
「え、ええ、まだ実際に使ったことはないのですが......」
「すごい! かっこいいですね!」
ユリナ様の高いソプラノ声が、体育館の天井に反響した。
(こんなに興味を持ってもらえるとは......)
次に、私のお気に入りスポットである図書館へと向かった。この学園の図書館はその立派さで有名で、校舎とは別の建物になっていた。
「そして、こちらが図書館になります」
私は赤煉瓦の大きな建物を指差した。なんといっても、地下2階から地上6階まであるのだ。
「会員証があればどなたでも入ることができます。今日は申請書を書けば中に入れるとのことですので、向かいましょう」
2人に申請書を提出してもらい、3人で中に入ることができた。
一階の、司書さんのおすすめの本コーナーから案内することにする。
「えっ、新しい本が入ってる......!」
私はずらりと並べられた新着図書の棚に駆け寄った。
(あ、まずい、いきなりはしゃぎすぎたかしら?!)
私は恐る恐る背後を振り返る。
そこには、きょとんとしているユリナ様と、目をいつも以上に輝かせたユリウス様が立っていた。




