第6話 婚約破棄の真相
「エミリア様が、噂と関係があるの?」
「それがですね......」
可愛らしい桃色のミディアムヘアに、吸い込まれそうな紫色の瞳のエミリア様を思い出す。
侍女のニナの話を聞いているうちに自室にたどり着いた。荷物を置いてもらうと、私は椅子に腰を下ろす。
「その、侍女ネットワークをツテに、話を聞いてきたのですが、ええっと、なんと申し上げていいものか......」
「ニナ、今回は婚約破棄の真相を知るということが目的なんですからね。遠慮せず、聞いてきたことをそのまま教えていただけるかしら」
ニナは思い詰めた顔をあげ、小さな声で話し始めた。
「シイラ様、私はシイラ様がそのようなことをする方ではないと知っております。
その上でお伝えいたしますが......どうやら、シイラ様がエミリア様をいじめた、という噂が出回っております」
(いじめた......? 私がエミリア様を......?
どうしましょう、まったく思い出せない......)
「つ、続けてくださる?」
「はい。......それでどうやら、エミリア様はレオン様に、いじめられていることをご相談されていたようで......」
(レオン様に相談......?)
「誰にも言えないことだと言って、何やら2人きりで会われていたようなのです......
そして、次第にその回数が増えていったようで......」
「......2人きりで......会っていた......」
胸の奥で何かがぷつんと切れた。
大好きだったレオン様。
初めてお会いしたあの日から、私に優しく声をかけてくださった。
あれはまだ、私が14歳だったころ。
王太子殿下との婚約のため、両家の顔合わせが行われた。
そうそうたる方々が揃った会食の席で、緊張してうまく食事をとることができなった私。
そんな私を見かねたのか、レオン様は私を連れ出し、庭をご案内してくださってーー。
横に並んで歩くうちに、次第に緊張がほどけていった。
婚約が正式に決まってからも、私をとても大事にしてくださっていた。
いつしか私は、レオン様に惹かれ、レオン様がとても大切な存在になっていてーー。
でも、まるで私の気持ちとすれ違うように、レオン様は私に冷たくなっていった。声をかけてもどこかよそよそしく、時々ぼんやりと上の空のような様子で、何を考えているのか掴めない。
その間に、エミリア様とよろしくやっていたなんて......。
(でも、もし私が、エミリア様をいじめていたのだとしたら......)
私は拳をぎゅっと握りしめ、心配そうにしているニナに声をかけた。
「ねえニナ」
「は、はい」
「私、エミリア様と直接話そうと思う」
「え、ええ?」
「私、婚約破棄の後からどうも混乱していて、エミリア様に何をしてしまったのか、まるで記憶がないの。でも、もし私が何かしてしまっていたなら、謝らなければいけないわ」
とにかく、エミリア様がいじめられたとおっしゃっているなら、できるのは謝りに行くことだけだ。
それに、前世の記憶を思い出しても、いまだなお、婚約破棄の後に破滅フラグとして何が起きるのかが分かっていない。
これまでは、極力あの2人を避けていれば大丈夫だろう思っていた。
でも、このまま何もせずいては、反対に破滅への道を進んでいっている可能性もあるのではないか。
そんなことを、思ったのだった。
「すぐにでも、エミリア様にお手紙を出そうと思う。悪いけど、便箋を用意してくださる?」
「かしこまりました。探して参ります。一度失礼いたします」
そう言ってニナは部屋を出て行った。
♢♢♢
その晩、私はエミリア様宛てに手紙を書いた。
どうしても直接伝えたいことがある、と。
手紙を書きながら、レオン様との日々を思い出していた。
そして、2人が私に隠れて会っていたという事実を、まるで直接この目で見たかのように、ありありと想像してしまった。
何度も涙が頬を伝って、ボールペンで書いた手紙の文字がにじむ。
そのたびに書き直していたら、完成した頃にはずいぶん夜も更けてしまった。
でも、それからどれだけ待ってみても、エミリア様から手紙の返事が届くことはなかった。
♢♢♢
(ほ、本当にいらっしゃったわ......)
それから数日後、私はレオン様の邸宅に出向いていた。
エミリア様が、頻繁にレオン様の邸宅に出向いているという噂を、ニナが掴んだのだ。
ニナと護衛の者とともに、レオン様の邸宅の正門そばの生垣に隠れ、張り込みをしていた。
(まさかこんなことをするハメになるなんて......お母様にバレないといいけれど......)
張り込むこと、数十分。
ついにエミリア様の一行が現れた。馬車が正門前で止まると、中からエミリア様が出てくる。
バクバクする心臓を抑えつつ、私は生垣から飛び出した。
「あの、エミリア様! 少しお時間をいただけないでしょうか」
「きゃっ! び、びっくりした」
一度深呼吸をしてから、口を開く。
「エミリア様、いじめてごめんなさい。あなたの気持ちを分かろうとせず、あなたを傷つけてしまいました。本当にごめんなさい」
私はエミリア様に頭を下げた。
エミリア様は沈黙している。
私は頭を下げたまま、言葉を続けた。
「簡単に許されることではないと思っています。でも、本当にごめんなさい」
「なんの騒ぎだ」
その時、頭上からレオン様の声がした。私は反射的に顔を上げる。
「レ、レオン様......! わ、私、怖くって......」
エミリア様は、レオン様の元に駆け寄っていく。いぶかしげな顔をしているレオン様と目が合った。
レオン様の冷たい目。パーティ会場で婚約破棄されたことが蘇る。
それでも、私が今この状況でできることは、謝ることだけだ。
「本当にごめんなさい。傷つけてごめんなさい。
......それで、弁償させていただけたらと思っています。その、私が壊してしまったものとか......」
再び沈黙が続く。
エミリア様もレオン様も周囲の者も、誰一人口を開こうとしない。
「......か、顔をあげてください。もう、いいんです、大丈夫ですから」
意外にも、エミリア様からあっさりとそう言われ、私は意表を突かれた。
「お、お許しいただけるのですか?!」
「え、ええ、も、もう、大丈夫ですから」
(よ、よかった......許してもらえたわ......)
「エミリア、行こう」
レオン様がエミリア様の肩にそっと手を伸ばし、2人で門の中へ入って行ってしまう。
(ああ、その場所は......
......少し前までは、私の場所でしたのに)
ぴしゃりと音を立てて、目の前で門が閉まる。あたりは静寂に包まれた。
(......でも、エミリア様に許してもらえたんだから、これでよかったのよね......)
「ニナ、ありがとう......もう帰りましょう」
私は生垣に向かって声をかける。ニナと護衛の者が、そっと影から顔を出し、こちらに駆け寄ってきた。
「シイラ様、とても勇敢でございました。私、感動してしまって、つい......」
ニナが目に涙を浮かべているようだ。
「ええ? どうしたのニナ?」
私はポケットに入れておいたハンカチを取り出し、ニナの顔を拭いた。
「あ、すみません、シイラ様、私ったら......」
目の赤いニナと目が合う。
次の瞬間、ニナが吹き出した。
「な、なに? 顔になにかついてる?」
「シイラ様、葉っぱが、葉っぱが髪に」
「あ、あら、やだ、どこ?」
♢♢♢
レオンの暮らす邸宅から帰宅したエミリアは、終始苛立っていた。
「最悪。計画がおじゃんだわ」
「エ、エミリア様、一体どうされたのですか?」
エミリアの侍女が恐る恐る質問をする。
「あの女が突然謝ってきたのよ。しかも、レオン様もいる前で」
「シイラ様が......? それは意外ですね......
エミリア様はなんとお返事されたのですか?」
「いいわよ、許すわよって......だってそう言うしかないじゃない!」
レオン様がそばにいて、許さないなんて無慈悲なことを言えるわけがない。
後からレオン様は、許す必要はないと言ってくださったけれど、あの場では、あのように「顔をあげてください」と声をかけるしかなかったのだ。
実際のところ、エミリアはシイラからいじめを受けていたわけではなかった。
それは全て、エミリアがでっち上げたまったくの嘘である。
エミリアは侯爵家の長女として生まれ、小さな頃から王太子妃になるための教育を受けてきた。
礼儀作法、歴史、政治、社交界での立ち振る舞いなど、お母様に言われたことはなんでもやった。
それに、ダンスパーティでレオンを一目見たときから、エミリアは恋に落ちてもいた。
特別な感情が生まれていき、王太子妃教育にもより集中して挑むことができた。
だが、王太子妃の候補として、一人だけライバルがいた。それがエミリアと同い年のシイラである。
なのに、エミリアが知らないうちにヴァレンシュタイン家が易々と婚約を取り付けてしまうと、エミリアは役立たずのレッテルを貼られた。
お母様に、出来損ないだと叱責される日々が続いた。しまいには、目の色を変えたお母様に、このような言葉を投げつけられた。
「ーーなんとしてでも、その座を奪いなさい」
(だから私は、シイラ様にいじめられたと、嘘の噂まで流したのに......)
ようやくレオン様とようやくお近づきになれたものの、それでもまだ婚約が決まったわけではない。
(シイラ様が謝罪したことをきっかけに、レオン様の心が動いたらどうしよう)
なんせ、3人とも同じ王立アカデミーに通っている。学園で顔を合わせるのだ。
(なんとかして......あの女を......)
「エ、エミリア様、落ち着いてくださいませ」
「落ち着けるわけないじゃない! なんか作戦とかないの?!」
「は、はい......」
「てか、何このお茶、ぬるい! 作り直して!」
「し、失礼いたしました! すぐにお持ちいたします!」
(くっ......なんとかして......なんとかしてあの女を国外追放してやる......)




